序章
新作です!
和風後宮のお話となっています。
感想など頂けたら嬉しいです♪
今でもたまに夢を見る。
あの日もいつも通りの一日を終え、布団にもぐりこんだはずだった。
季節は冬。
外は雪が積もり、夜だというのにほんのり周囲を明るくする。
夜が深まるにつれ寒さが増していくが、自分を真ん中に隣で寝ている父と母のぬくもりに触れていれば、寒さなど全く感じない。
幸せだった。
ふと目を覚ますと、隣で寝ていた両親がいなくなっていることに気付く。
「おとうさま? おかあさま?」
あたりはしんと静まり返っている。突然どこからか冷たい空気が流れ、思わず身体を震わせた。
身体を摩りながら布団から出て襖を開けた途端、表の方から大きな物音が聞こえた。
(な、なに……?)
見に行かない選択もできたと思う。しかし、私の中の何かが前に進めと心に呼びかけた。
足音を立てずに部屋を出る。長い廊下を恐々進み、玄関の引き戸を開けて見えたものーー
それは、鮮やかな紅色の水たまりの真ん中に倒れた父と、すすり泣く母、それから刃物を持った大きな男たちだった。
伏せていて父の顔は見えないが、生臭い香りが鼻に届く。紅色は水しぶきが散ったように、あちらこちらへ飛び散っていた。それに男たちの持つ鋭利な刃物も紅に染まっている。
「なあに、これ……」
状況が理解できず飛び出た言葉に、母と男たちの視線が向いた。泣きはらしたのか赤くなっている母の目。それから、ぎらぎらとまるで獲物を見つけたかのような男の瞳。
「雪花……」
「お、かあさま……?」
頼りない声を出す母の元へ足を踏み出すも、その動きは母の大きな声ですぐに静止された。
「雪花、こっちへ来てはいけないわ! 逃げて!」
普段声を荒げることがない母の声に、雪花は目の前の出来事が只事ではないことを理解した。
「さあ、早く!」
母の言うことを聞きたいが、恐怖で一歩も動くことができなかった。
そうこうしているうちに男たちが雪花の方に身体を向ける。
「こいつらの娘か? 母親と似た容姿をしているな」
「こいつもここで終わらせた方がよさそうだな。この女はもちろん、その血を受け継ぐ娘も抹殺しなくては」
「だな。まとめて処分してしまうか。そうすればあの方により多くの報酬がもらえるぞ」
動けないでいる雪花にじりじりと男たちが距離を詰める。
よく分からないが、ここで自分は殺されるのだろう。八歳の雪花でもそれは容易に想像できた。
「子どもを殺すのは胸が痛むけどな。こればっかりは仕方ないんだ。悪く思うなよ!」
中でも一番大きい男が汚い笑みを浮かべながら刃物を上に振り上げた。
「雪花っ!」
遠くで母の声が聞こえた気がした。雪花はきつく目を閉じて痛みに備えたが、痛みはいつまでたっても来なかった。
代わりに温かい何かが雪花を包み込む。
「おかあ……さま……」
嗅ぎなれた優しい匂い。雪花は母に抱きしめられていた。
「……っ」
ぽたりぽたりと赤い雫が白い地面に垂れていく。赤い雫は止まることを知らずに次から次へと流れていった。
「おいおい、子どもじゃなく母親の方を刺しちまったぜ」
「どっちにしろ殺さなきゃなんねえからどっちも同じさ」
目の前の母は呼吸が浅くなっていた。時々顔を顰めながら呼吸をしている。
「おかあさまっ、大丈夫?おかあさまっ」
母がぼやけて見える。無意識に涙が流れた。
「……雪花、目を瞑っていてちょうだい」
「え……?」
母の顔を覗き込むと、力なく優しく笑んでいた。きっと自分に心配を掛けまいと母も必死だったのだろう。母を困らせたくなかった雪花は言う通り手で目を覆い隠した。
「……っいい子ね」
優しく雪花の頭を撫でた母は、よろよろと立ち上がった。ぬくもりが離れていく。
「……わたくしの大切な人を奪い、傷つけた罪は重い……わたくしはあなた方を決して許しません!」
母が震えた声で呟いた刹那のことだった。
どこからか身が凍るような冷たい突風が吹き付け、雹のようなものが降り注いだ。それと同時に男たちの悲鳴がこだまする。
雪花は強く目を瞑り、風に身体を持っていかれないように耐えた。周囲からは耳障りな音がたくさん聞こえたが、母の言いつけを守る為に微動だにしなかった。
「雪花、大丈夫?」
しばらくして風が止み、頭を撫でられた感覚に気付いた雪花は目を開け、驚愕した。
あの大きな男たちが一人残らず倒れ、雪に埋もれていたのだ。
「これは……」
戸惑う雪花に眉を八の字にして笑う母だったが、大きく身体が傾きその場に倒れた。
「お母さまっ!」
母の顔色はすこぶる悪かった。ただでさえ色白な肌が、消えてしまいそうなくらい青白く見える。
雪花は雪の上で横たわる母の右手を握った。あたたかかった手がどんどん熱を失っていく。
「……ごめんね、雪花。わたくしにはもう、このくらいしかできないわ」
「いやっ! そんなこと言わないで……」
「……本当にごめんなさい。あなたに、わたくしの力を……」
力が抜けていたはずの母の左手が雪花の胸に当てられ、ほんの一瞬、眩い光に包まれた。思わず目を閉じる。
母の手が当てられた胸は温かいような冷たいような不思議な温度だった。
「……愛しているわ、雪花」
白い光が薄れた時、母は力なく笑いその天色の目を閉じたのだった。
「いやっ…… お母さまっ お母さまっ!」
雪花の叫び声が山々に反響する。
目を閉じた母はもう二度とその目を開けることはなかった。
このたった一晩の出来事で雪花は大好きな両親を失った。
そして、亡くなる寸前の母の手から放たれた光は、彼女の心の奥に決して消えない冷たさを残したのだった。




