第十七話・窓からみた光景
19時50分
自衛隊の完全撤退まで後、10分と迫っていた。
美香はオタク男性に連れられ、書き込みのあった西の入口を目指していた。
しかし、美香の足取りは重い。
なぜなら、今日の為に用意した新しいハイヒールに慣れていないからだ。
明らかに歩くスピードが落ちた美香を見かねて、少し休むようにいうオタク男性。
「ねえ、足、痛いの? 少し休むかい?」
「大丈夫」と、足をさする美香。
すると、オタク男性は道路脇のスポーツショップへ入っていった。
何をしているの分からずキョトンとする美香。
オタク男性は直ぐに戻ってきた。
「はい、これ」
「えっ、これどうしたの?」
オタク男性に白いスニーカーを渡される美香。
「足、痛いんだろ? 早く履き替えろよ」
「ど、どうも」
美香はオタク男性に支えられ、ハイヒールを脱ぎ捨てる。そして、真新しい白いスニーカーをそのか細い足へすべり込ませた。
オタク男性は、その白く細いラインにみとれている。
「あの……どうかしました?」
「あ、いやなんでもない。さあ、早く急ごう」
男性は、少し躊躇したが、そのか細い手を掴んだ。
西の入口にはバリケードが形成されていた。しかし、その壁はもはや効力を失い人々が次々に御所の内部へと侵入していた。
実は、自衛隊員は殆ど脱出しており、残った隊員も御所の一番奥で待機していたのだ。
当然、バリケードの警備は手薄になり一般人にも簡単に突破できた。
「さあ、中についたぞ。君の彼氏は何処にいるんだ」
どうして良いか分からず、あたりを見回す美香。
「解らない」
「えっ、解らない?」
美香の顔を二度見するオタク男性。
「わ、わからない? それ、どう言う事だよ」
「後城くんが、京都御所にって」
「その他は?」
首を振る美香。
「携帯は? 連絡してみろよ」
「繋がらないの」と携帯を取り出す美香。
「それって携帯? それともピッチ?」
「えっ……携帯だけど」
「その彼氏さんの番号教えて」
「えっ、なんで?」
「PHSはアンテナが多いから繋がりやすいんだ。これ、常識」
美香は、オタク男性に携帯を渡した。
烏丸と阿武隈も西のバリケードへ到着していた。
「美香!美香!」
人の波を避けながら、美香を探し回る烏丸。
「立川さん、立川美香さん!」阿武隈も声を上げる。
その時、阿武隈の無線機が鳴った。
『阿武隈三佐、次が最終便です。早く!』
「もはやこれまでだ」
阿武隈はその太い腕で烏丸を掴む。
「嫌だ!僕は絶対に行かない!」
烏丸の腕力が自衛隊で鍛えた大男に叶うはずもない。必死に振りほどこうとする烏丸を無理に引っ張る阿武隈。
二人は、更に奥深くに設置されたヘリポートへ向かった。
「見ろ、最終ヘリだ!」
空を見る烏丸。ライトを点灯した自衛隊のヘリがそこまで迫っている。
その光は神々しく、京都御所に神が舞い降りたようにも見えた。しかし、その神は烏丸の命を握っている。ヘリに乗れなければ感染者に襲われ死んでしまうのだ。
烏丸の携帯が鳴った。見知らぬ番号だった。着信を切る烏丸。
隊員の一人が信号弾を撃った。
真っ直ぐの長い煙を上げ、光る塊が地上を照らした。
烏丸は、昨年見た宇治川の花火大会を思い出した。
美香の浴衣姿、河原の草の匂い、模擬店の煙。全て鮮明に覚えている。
「美香!」泣き叫ぶ烏丸。
更に大きくなるヘリ。
また音がした。
催涙弾を撃ったのだ。
充満する煙。これでもう美香を探すことは出来ないだろう。
ヘリは、仮設ポートに着陸した。
プロペラから出る風で、土煙が上がる。
「早く乗るんだ!」
「嫌だ!」
「このままじゃ、お前も死んでしまうんだぞ!」
無理やり、ヘリに押し込む阿武隈。
必死に叫び続ける烏丸。今の彼には、もはや叫ぶ事しかできなかった。
「離脱しろ!」
阿武隈の声と共に操縦士はプロペラの回転数を増加させた。
低いローター音と砂埃をまき散らしながら、機体は垂直に離陸を始めた。
もう、終わりだ。そう感じた烏丸は、ヘリの鉄壁に頭を叩きつけた。
また携帯がなった。
「出ないのか?」と阿武隈。
「どうせろくな電話じゃないですよ」と通話を押す烏丸。
聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「もしもし、美香なのか?」
「やっとつながった……」
「今、何処にいるんだ」
「私、ちゃんと来たんだからね」
ハッとする烏丸。
「近くにいるのか? 何が、そこから何が見える?」
「え?、ヘリコプターが見えるわ」
「何だって」
急いでヘリのスライドドアを開ける烏丸。
「烏丸、やめろ!」と肩を掴む阿武隈。
「美香、僕はここだ! 美香!」
沢山の人間が居る為、姿を見つける事が出来ない。
一瞬、白いワンピースを着た女性が見えた気がした。
乗り合わせた別の隊員が指をさした。
指の先には迫り来る人の大群が見えた。
「危なかったな」と肩を抱き合わせる隊員達。
放心状態になりしゃがみ込む烏丸。携帯は既に切れていた。
ヘリは東へと進路を向かった。




