第十六話・古都脱出作戦
さあ、いよいよ十六話の正式公開です。
いやー自衛隊の階級が難しい。
京都駅前に広がるバス乗り場。
行き交うバスや人の波に揉まれるように、白いワンピース姿の女性が地図を片手に彷徨っていた。
地図を持つその細い手も、ワンピースに負けない程白く艷やかである。
肩まで垂れた黒髪は、手入れが行き届いているようで縮れ毛一つ無い。
西陽が彼女をスポットライトのように照らし出す。
彼女は、立川美香である。
「あの、すいません。烏丸御池へはどう行けば良いでしょうか?」
サラリーマン男性に尋ねる美香。
「な、なんでしょうか?」
男性は、いきなり大和撫子のような黒髪美女に呼び止められたので少々驚いたようだ。
「烏丸御池までは、どうやって行けばいいんでしょうか?」
「烏丸御池は地下鉄で行けば直ぐですよ」
「いえ、あの……歩いて行きたいんです」
不思議そうな顔をする男性。
「歩いてねぇ。それなら、烏丸通りを行けばいいんじゃないかな?」と、道路標識に目を移す男性。
「京都御所はその先ですか?」
「御所も同じ方だよ」
「ありがとうございました」
あまり、男性を引き止めるのも良くないと思い、美香は頭をカクンと下げ、男性の向いた方向へ歩き始めた。
長い髪を靡かせながら、去っていく彼女をただ見つめる男性。惜しい事をしたとでも思ったのだろうか?
「後城君、今行くからね」と京都タワーを見上げる美香。
夕日照らし出され、一層魅力を増した古都をひだすら御所に向かい歩く美香。
カメラを持った観光客、行き交う人々。本当に、京都が閉鎖されるのか。美香には些か信じられなかった。
しかし、後城の言った事を信じ美香は歩き続けた。
東本願寺の五重塔を過ぎた辺りで異変に気づいた。
深緑一色に塗装されたトラックが美香の目の前を数珠つなぎに走り去っていったのだ。
今度は、それを追うように同じく深緑のヘリコプターが低空で飛び去っていくのが解った。
その先を目で追うと、更に沢山のヘリコプターが見えた。
点のように見えるヘリコプターは、四方から、´ある一点´を目指しているようである。
「本当だったんだ……」と、胸の前で手を握る美香。
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一方、烏丸と阿武隈三佐は陸上自衛隊の小型四輪駆動車で美香を同じく京都御所を目指していた。
「あの……ありがとうございます」
厳つい顔が綻ろむ阿武隈。
「俺にもな、恋人が居たんだ」
意外な発言に目を丸くする烏丸。
「どうだ、可愛いだろ?」と、財布を取り出し中から写真を取り出す阿武隈。
写真を受け取る烏丸。
烏丸は思わず吹き出してしまう。
「おい、何なんだ!」と怒る阿武隈。
無理もない。写真に写っていたのは、強面の大男に全く似合わないキャミソール姿の金髪ギャルだったからだ。
「こういうの趣味なんですか?」
「わ、悪かったな!」と、アクセルを踏み込む阿武隈。
大学のある嵐山から京都御所までは直線距離にすると、10キロ程であった。
観光バスや行き交う人々の合間を、絶妙なハンドル裁きで進んでいく。
その時、車の無線に連絡が飛び込んできた。
『こちら特別脱出部隊の上田です。感染者の大群が171号線を北上しています』
「上田?」
「知り合いなんですか?」と阿武隈を方を見る烏丸。
慌てて無線を取る阿武隈。
「北上だって?」
『はい。数千、いや、数万は居ます!』
顔を見合わせる二人。
『早く指定ポイントに向かい、脱出してください!』
咄嗟に、阿武隈の腕を掴む烏丸。心配するなと頷く阿武隈。
「上田! 現在、最重要人物を捜索中だ。少しのあいだ時間を稼いでれ!」
『分かりました。こちらで食い止めてみます』
ため息をする阿武隈。
「まもなく、我が部隊の攻撃が始まるだろう」
「攻撃……ですか?」
「さあ、感染者が押し寄せてくるぞ。覚悟しろ」
二人を乗せた小型車は、太秦映画村の看板を過ぎ山陰本線と並走を始める。
辺りは先ほどよりも更に暗くなってきた。
山に囲まれた京都盆地は日が沈むのが早いのだ。
阿武隈はヘッドライトのスイッチを入れた。
残り時間を確かめる為に腕時計を見る阿武隈。
時刻は19時をまわった所だった。
脱出まで一時間を切っている。
「タイムリミットは、午後8時だ!」
古都にジワジワと夜の闇が覆いかぶさろうとしていた。
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美香は歩き続けた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
地下鉄の入口看板には烏丸御池と書かれている。そして、その先には京都御所の重厚な塀が見えていた。
「ハァハァ……やっと着いた」
携帯を取り出し、烏丸後城を呼び出す。
しかし、携帯から聞こえてくるのは通話不能を案内する自動音声だけであった。
「後城くん……何処にいるの?」
ふと前を見ると自衛隊のトラックが、隊員を荷台にいっぱい乗せ走っているのが見えた。
数秒後には今度は別のトラックが、御所を目指し猛スピードで走っていった。
「今いくからね、後城くん」
美香は再び歩き始めた。
御所の周りは人々でいっぱいだった。
「おい! 入れてくれ!」
「裏切り者!」
口々に叫ぶ人々。
塀には自衛隊が脱出しようとしているのを察知した人々が集まっていた。
「すいません、中に入りたいんです」と、入口の隊員に声をかける美香。
「一般人の立ち入りは禁止されています。申し訳ありません」
「烏丸です、烏丸後城の婚約者です! ここに来るように言われました」
「少々お待ちください」と、仮設テントの中に入っていく隊員。
隊員が戻ってくるのを待つ間もひっきりなしに自衛隊の車両が内部へと入っていく。
直ぐに隊員が戻ってきた。
「現在、そのような情報は入っていません」
瞳孔を大きくし美香が叫んだ。
「嘘よ! ちゃんと調べてよ!」
「申し訳ありません、お引き取りください」
悲しみに満ち溢れた表情で美香は、入口にしゃがみ込む黒髪美女。
その時、チェック柄の服を着た男が叫んだ。
「向こうの門から中に入れるらしいぞ!」
一斉に走り出す人々。
如何にもオタク風の男であったが、勇気を振り絞り美香はその男に問いかけた。
「ねえ、一体どうなってるの」
「大阪から、感染者が向かってきてるんだ」
「何故それを?」
「無線だよ、ほら聞いてみな」
レシーバーにつながったイヤホンを渡すチェック柄の男。
無線からは銃声と悲鳴ような声が聞こえている。
「きゃっ!」とイヤホンを耳から遠ざける美香。
それを拾い、自分の耳に装着するチェック柄の男。
「ん? どうやら、防衛線が突破されたようだね」
「これから、どうしたら良いの」と、目を赤くする美香。
「ネットの書き込みにあったんだけど、この先にある門の方が入りやすいらしいよ」
「この中で後城くんが待ってるの」
「えっ、中で?」
「そうよ。彼、ウイルスの研究してるから」
チェック柄の男は頭を回転させた。もしかすると、この女と居れば助かるかもしれない。そう考えたオタク男は、倒れ込む美香に手を差し伸べた。
「一緒に探そう」
その太い手を取り、美香は立ち上がった。
「でも、どうすれば良いの」
「とにかく、ここは駄目だ。向こうの門へ急ごう」
スマートフォンを見るオタク男性。
「19時30分か、急ごう」
二人は、歩き始めた。
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2009年9月11日
19時40分
阿武隈と烏丸の乗った小型車が緑の自衛隊員に守られた京都御所の入口を通過した。
空はすっかり暗くなり、仮説のキセノンライトに照らされ内部は、空さえ黒くなければ昼間と勘違いしてしまう程だろう。
輸送ヘリがひっきりなしに飛び交う様は、まるで蜂の巣に蜜を運ぶミツバチのようにも見える。
阿武隈が隊員に声をかける。
「そこの一等陸士!」
「はい、阿武隈三佐! どうしましたか?」
緊張した面持ちで敬礼する青年。
「立川美香と言う女性が現れたら保護するように」
「保護でありますか?」
「そうだ、彼女は最重要人物だ」
「最、重要ですか?」
「そうだ、今すぐ全ての入口に伝えろ!」
「かしこまりました!」と、再び敬礼する青年隊員。
「烏丸教授、まだ携帯は繋がらないのか?」と阿武隈。
その時、仮設テントから出てきた隊員が振り向いた。
「烏丸? もしかして烏丸後城さんですか?」
「ぼ、僕を知ってるんですか?」
「ええ、先ほど婚約者を名乗る女性が」
「美香は、美香は何処にいる?」
「申し訳ありません、こちらに連絡が入っていなかったので……」
「何だって?」と詰め寄る阿武隈。
「申し訳ありません」と素早く頭を下げる隊員。
「美香は、美香何処にいったんですか?」
頭に手を当て考える隊員。
「そうだ、オタク風の男性と何処かに行ってしまいました」
「それは本当か!」と詰め寄る阿武隈。
「よろしい。もしも立川美香が現れたら保護して俺の所に連れてこい!」
「はい、かしこまりました!」ピシッと達敬礼する隊員。
「烏丸教授、電話してみろ」
烏丸は、リダイヤルから立川美香を選び、通話ボタンを押した。
だが、返ってきたのは美香の声ではなく、無機質な自動放送であった。
「駄目だ、やっぱり繋がらないよ」と落胆する烏丸。
「おい、文化財の積み込みはどうなった?」と最初の一等陸士に問いかける阿武隈。
「積み込みは完了しました。後は、隊員の回収だけです」
仮設テントに設置された無線機にメッセージが飛び込んできた。
それを伝える為に、飛び出してくる通信士。
「西側のバリケードが突破されました」
更に別の通信士が飛び出してきた。
「大変です、感染者の大群がこちらに向かって来ます!」
「距離は!」と阿武隈。
「二条城の部隊から連絡が途絶えました!」
阿武隈は、烏丸教授の手を引き走り始めた。
二条城は、京都御所のすぐ近くにあった。つまり、そこまで感染者が迫っていると言う事だ。
「阿武隈三佐、僕は行きません!」と手を振りほどく烏丸。
「何を言ってるんだ、もう時間切れだ!」
「いいえ、それでも僕は行きません!」
腹わたが煮えくり返るのを必死に抑え「しょうがない、西のバリケードだ」と再び、烏丸を手を取り走り始めた。




