袋小路
「ハッ……! この戸田忠次。命に代えましても、必ずや成し遂げてみせます。」
家康の御前で誓った忠次は、その足で再び東三河へととんぼ返り。今度は密かに二連木城主・戸田宣光とその嫡男である戸田重貞を交え、極秘裏に救出作戦の席を設けた。
灯明の明かりが揺れる狭い一室で三人は額を突き合わせていたが、その表情は一様に暗い。
「……人質交換か。できればそれに越したことはないのだが。」
宣光がぽつりと溢した。かつて松平家康は、今川方に捕らえられていた織田信広との人質交換によって駿河にて生命の安全が確保された。家康の嫡男も同様の手立てで救われた。しかし……と重貞が苦渋に満ちた声を上げる。
「父上、それは今川方に通じる大物をこちらが捕らえていればの話にございます。今から我らが今川の重臣を分捕ろうと動き出した時点で、こちらの意図は今川に筒抜けとなりましょう。その瞬間、吉田の母上の命は潰えることになります。」
強行策も、人質交換も使えない。ならば、別の手立てを講じるしかなかった。
「……であれば、敵を内側から崩すしかあるまい。」
忠次が静かに言った。
「吉田の城主や、城を守る家臣どもをこちら側に引き入れる。奴らが目をつぶれば、人質の救出など容易い。」
「だが……。」
宣光は首を横に振った。
「無理だ。彼らを引き入れるだけの買収資金など、我が戸田家にも、今の一揆で疲弊した松平家にもない。何より奴らは今川から直々に派遣されてきた駿河の者共だ。全員を抱き込むことなど不可能な上に、途中で一人にでも密告されれば、その時点で全てが発覚して終わりだ。」
資金はない。敵は今川の息がかかった派遣組。強行突破も調略も通用しない。
完全に手詰まりだった。人質救出という大前提を前にして、完璧な袋小路に迷い込み、宣光も重貞も途方に暮れて沈黙を落とした。
部屋を支配する重苦しい静寂。
しかしその中で戸田忠次だけは、じっと吉田城の絵図面を見つめていた。全てが閉ざされているなら、やはり残された道は一つ。それも、敵が「絶対にあり得ない」と油断している場所から実行するしかない。忠次は顔を上げ、途方に暮れる二人の主従を見据えて、ぽつりと言い放った。
「ならば……城ごと、こちらへ引き入れてしまえば良いのです。」




