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壮者の亀鑑-もし戸田忠次が徳川水軍を創設したら-  作者: 俣彦『短編ぼくのまち』


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ミッション

「二連木の戸田宣光を我が味方に引き入れよ。」

「……! 宣光殿を、にございますか?」

忠次の顔に、一瞬で強い緊張が走る。

二連木戸田家といえば、自分たちと同じ戸田一族の本家だ。しかし、一族でありながらその立場は完全に敵味方に分かれている。彼らは今川氏への臣従を頑なに固守しており、豊川・朝倉川の要衝に築かれた二連木城を拠点に、東三河において松平家と激しく対立している最前線の猛者たちであった。

特に現当主の戸田宣光は、義理堅く、一筋縄にはいかない。

「東三河を完全に切り従え、今川の勢力を追い落とすにはどうしても二連木の力。あの地を抑える戸田の拠点が不可欠なのだ。」

家康は身を乗り出し、低く重い声で言葉を続けた。

「だが、宣光らは『今川義元公への大恩、義理あり』と盾を構え、容易にこちらの軍門に降ろうとはせぬ。一度は一揆側に付きかけたとはいえ、同じ血を分けた一族であるお前たちの言葉なれば、あの頑固者もあるいは耳を貸すやもしれぬが……どうだ忠次、成せるか?」

主君からの重い問いかけに、忠次は隣に控える弟の勝則と、そっと視線を交わした。

通常の調略であれば、丁重な書状を送り、高価な手土産を携えて何度も足を運び、何ヶ月もかけて気の長い交渉を重ねていくのが常道だ。しかし、今の松平家には、そんな悠長な時間をかけている余裕はどこにもない。今川の援軍がいつ東三河へ押し寄せてくるかも分からない。

「殿、御安心くだされ。ただ一族の情に訴えかけ、涙を流して説得するだけでは、あの偏屈な宣光殿は絶対に動きませぬ。なれば、これより二連木城へ向かい、我らなりのやり方で……。」

そこまで言うと、忠次の唇が、本證寺の汚水にまみれた排水口を見つめた時とまったく同じ、あの禍々しくも不敵な形に吊り上がった。

「また、私に考えがあります。今度は二連木城の『水の手』の根元、あるいは城内のすべての『下水道』を隠密裏に調べ上げましょう。そして宣光殿をはじめ、籠城する兵どもが再びあの時と同じように厠へ駆け込まざるを得ぬ地獄のような状況を作って見せまする。さすれば戦わずして城は――。」

「待て。頼むから待て。」

忠次が自信満々に胸を張った瞬間、家康が文字通り顔を真っ青に引きつらせて、ピシャリと言葉を遮った。

上座の家康だけでなく、その脇で控えていた猛将・本多忠勝までもが、数日前の中庭での悪夢(激臭)を思い出したのか、あからさまに嫌悪感を剥き出しにして、体ごとズザザッと二歩ほど後ろへ身を引いている。

「……忠次殿。あの戦法は、あの忌々しい本證寺の一度切りだとあれほど固く約束したはずだ。貴殿らが戦功を焦る気持ちは分かるが、我が松平の誇り高き三河武士の軍に、二度とあの世の終わりを連れてくるな。岡崎の城がまた臭くなったら、私は切腹せねばならん。」

忠勝が涙目で必死に訴えかけると、家康も深く、重いため息をついて言った。

「忠勝の言う通りだ。城を落とす前に、こちらの本陣の鼻が曲がって全軍が崩壊するわ。……よいか忠次、今度はそんな汚い真似は一切、断じて、絶対に不許可とする。正々堂々と城へ乗り込み、お前たちの『言葉の刃』をもって、あの頑固者を鮮やかに論破して落としてまいれ。」

「は、ははぁっ! 承知いたしました!」


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