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壮者の亀鑑-もし戸田忠次が徳川水軍を創設したら-  作者: 俣彦『短編ぼくのまち』


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2/10

土産

 松平家康の本陣。

かつてないほどの張り詰めた空気が、天幕の中に満ちていた。

一揆勢の本拠である本證寺に一度足を踏み入れた戸田忠次に対し、若き主君・家康の視線は、凍りつくほどに冷たい。

「今更何の用だ、忠次。」

家康は床几に腰掛けたまま、吐き捨てるように言った。

「一揆勢に加担し、我が守護不入の特権を破る挙に出たと聞いておる。今更、命乞いにでも来たか?」

はねつけるような家康の言葉。だが、忠次の心は折れなかった。

深く頭を下げながら、静かに、しかし力強く言葉を返す。

「お言葉ですが殿。家康公に認められるには、それ相応の土産が必要であること。重々承知しております。」

「土産だと?」

家康が不審げに眉をひそめる。

忠次は顔を上げ、若き主君の目を真っ直ぐに見据えた。

「その土産とは……我が戸田の手で、あの本證寺を落とすことにございます。」

「……何?」

家康の目が驚きに見開かれる。

場面は数日前、本證寺の門前で数珠を叩きつけた、あの屈辱の夜へと遡る――。


 夜風が吹き抜ける、本證寺の裏手。

勝則は不安げな面持ちで、前を歩く兄の背中に問いかけていた。

「兄者、松平の側につくと言うが……我らは一度、一揆側に足を踏み入れた身。おいそれと家康公が信用してくださるでしょうか?」

「勝則の言う通りだ。ただ『正信に腹が立ち寝返りました。』では、家康に鼻で笑われて終わりだな。最悪、諜者と疑われて首が飛ぶ。」

「では、どうするのです?」

「家康に認められるには、それ相応の土産が必要だ。……戸田自らの手で、あの本證寺を落とす。」

「なっ、正気ですか兄者!? これくらいの事をして、やっと戸田家の現状を保つことができるのは分かりますが……あの要塞を、我らだけの兵力でどうやれば……!」

勝則が声を潜めながら激昂するのも無理はない。本證寺は深い堀と頑強な土塁に囲まれた、文字通りの難攻不落の要塞だ。

「だからこそ、今のうちに隈なく探るのだ。あの中にいた我らだからこそ、見つけられる弱点があるはずだ。」

隠密裏に寺の周囲を調べ回る戸田兄弟。

堀の深さ、見張りの死角、城壁の高さ――どれも付け入る隙がないように思えた。

しかし、寺の最裏手に回ったその時、忠次はある一点に目を留め、鋭く足を止めた。

「兄者、何かありましたか? そこはただの、寺の汚水を外へ流し出す……。」

勝則の言葉を遮るように、忠次の唇が不敵に吊り上がる。

そこにあったのは、要塞化された本證寺の、誰もが盲点としている「穴」だった。


 場面は再び、家康の前へと戻る。

冷徹な主君の前で、戸田忠次は微塵の揺らぎもない笑みを浮かべ、一言、こう告げた。

「私に考えがあります。」

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