生命の光②
普段は自分の話なんか全然しないのに、酒の入った小野ちゃんは絶好調だ。
もはや、俺が聞きたくない話までバンバンしだしてしまった。
「まぁ、そんなわけで、彼氏の頭がどんどんおかしくなってきているところで、目から入る劇薬を見てしまってね」
「なるほど。小猿には毒だね」
「そうそう。そんで『アイツとヤッタノカー』とか言い出して」
「それはきもいね」
「挙げ句の果てには『病気モラッタンジャナイノカー』って」
「失礼な小猿だな。俺をタカシと一緒にするとは」
「そんで、私もブチギレちゃって」
「ええ!?」
「小野ちゃんもブチギレるんだ」
「ねー。自分のことは『理性的な人間』だと思ってたのに」
「自分のことなど案外わからないものだからな」
「『病気なのはお前の頭だろう!今すぐ病院へ行ったほうがいい!付き添いはしないからお母さんに連れて行ってもらえ!』なんてね」
「おお!小野ちゃん言うねー!」
「やるなあ」
「勇敢だな」
「そしたら殴られた」
「!?」
「ええ!?」
「マジか!」
やっぱりあの傷は、それだったんだな。
小野ちゃんは笑い話にしている。
俺が怒るのは無粋だろう……。
「殴り返そうと思って追いかけたんだけど、逃げられた!」
「危ないことはやめるんだ小野ちゃん。逆上したオタクなんてのは何をしだすかわからんぞ」
「そんで、普通に帰ったんだけどさ」
「まだ何かあるのか」
「電車の中でLINEが来て……」
「まさか」
「『今日はごめん。明日ランチ行こう』だってさ!行くわけないでしょ!」
「わああああああ!化け物だああああ」
「そう。チェックシャツを着ていない化け物も世の中にはいることを知ったよ」
「そんで別れたんだ」
「うん。『別れよう』とだけ送ってブロックした」
「大変だったね」
「まぁ、ガリ勉もやしザルのパンチなんて大したことなかったから、特に怪我はしなかったんだけどね」
「だから喧嘩の練習をしているのか……」
「うん!次は殴り返してやる!KOだ!」
小野ちゃんは自分で解決しようとしているのに。
俺には関係のない話なのに。
背中から変な汗が。
やめろ。
「大丈夫?小野ちゃん」
「美咲ちゃん、よしよししてくれる?」
「するよー。よしよし、よしよし」
「美咲ちゃん、いい匂いがする。そして柔らかいよ」
「今日だけだぞー。よしよし」
「サブレもよしよししてくれる?」
「今日だけだぞ。よしよし」
……。
もう、今日の小野ちゃんは使い物にならんな。
こんな小動物をなぜ殴ることができるんだ。
自分が好きで付き合った相手をなぜ殴ることができるんだ。
やばい。
泣きそうになってきた。
「うむ。悪くない」
「アフロ先輩は……彼女がいるからダメだね」
「くそー。今日ほど彼女がいることを後悔したことはないぞー!」
「アフロ先輩は可愛い彼女がいるからダメー!」
「仕方ない!代わりに飲むぞー!ゴクッゴクっ!プハー!」
アフロ先輩……。
もう飲もう。
俺も今日はとことん飲むしかないな。
潰れたってアフロ先輩が二人のことはどうにかしてくれるだろう。
「アフロ先輩。俺も飲みます。飲まなきゃやってられませんよ!」
「そうだな!こんな可愛い子を殴る奴がいるなんて許せねーな!」
「これ以上この話を聞いたら俺はこのまま檻の中に行くことになりますよ!」
「サブレとアフロ先輩のパンチが当たったら……。もやしざるは首から上が吹っ飛んじゃうよ」
「小野ちゃん。絶対にモヤシザルを俺に近づけるなよ!」
「サブレが檻に入ったら黄色いハンカチを吊るしとくね」
「私も!一緒に吊そう小野ちゃん♪」
「俺も吊るすぞ!」
「なら安心して檻に入れるなあ!」
◇
今日の小野ちゃんはフルスロットルだ。
止まることを知らない。
流石にアフロ先輩の行きつけの店でアフロにゲロを吐くようなことはしないと思うが……。
俺も今日は全力で行こう。
前頭葉を破壊して記憶を削除だ。
「サブレ、大丈夫か?」
「アフロ先輩」
「だいぶ酔っているな」
「まだまだいけますよ」
「そうか?ちょっと外の風に当たろうと思うんだが、一緒にくるか?」
「俺はいつでもアフロ先輩にお供しますよ」
「コラーどこにいくー毛玉と犬ー」
「よしよしをしろー」
「ふっ。ちょっと二人でよろしくやっていてくれ」
「よしよしをしろー」
「私もよしよししろー」
二人ともへべれけだ。
仲良く肩を寄せ合って、頭を撫でながら半分寝ている。
小野ちゃんと美咲ちゃんが仲良しでよかったよ。
「行きましょうアフロ先輩」
「あぁ。ちょっと風に当たってきますね!」
「あいよ!お嬢ちゃんたちは見とくよ!」
「ありがとうございます!」
俺も結構酔っ払っているな。
無理もない。
ふぅ。
夜風が気持ちいいなあ。
「アフロ先輩」
「ん?」
「いい店ですね」
「あぁ。一年生の時に先輩が連れてきてくれてから通ってるんだ」
「刺身も美味かった」
「だろ?やっさんとどっちがうまい?」
「流石にやっさんと比較してしまうと難しいでしょう」
「はっはっは!そしたら今度『チョモランマ』にも連れてってくれ!」
「もちろんです!やっさんも喜びますよ!」
「楽しみだなー」
「小野ちゃんの慰め会もちゃんとやらないといけませんからね」
「今日のこれは違うのか?」
「良い店連れていくって、約束してますからね。カズヤも誘ってやらんと可哀想だし」
「はは!さすがサブレ、漢だな」
「アフロ先輩に褒めてもらうと自信がつきますね」
「サブレはいつも俺を持ち上げてくれるなあ」
「全部本心ですよ」
「なら、ここにいるのは漢の中の漢が二人ってわけだな」
「そうなりますね。アフロ先輩にはまだ勝てていませんが、俺だって漢ですよ」
「うむ。では漢の中の漢をとっておきのスポットに連れて行ってやろう」
「ほう?」
「こっちだ」
店の裏に抜ける道を通る。
ちょっと細い階段を登って、山の中に入ってきてしまった。
都内にこんな道があったのか。
知らなかったな。
アフロ先輩について、木々の間を抜ける。
暗い。
足元もよく見えない。
本当にこっちで合っているのか?
「アフロ先輩……」
「着いたぞ」
「え?」
木が途切れた。
目の前いっぱいに、光があった。
「……うわ」
遠くまで続く街が、夜の底で光っている。
白、黄色、赤。
名前も知らない建物の窓が、数え切れないほど瞬いていた。
冷たい風が吹く。
どこからか、甘い香りがした。
……。
『祐介!茨城の山から見える星空も綺麗だったけど、私は都心の夜景の方が好き!』
『東京の夜景の方が光っているもんな!』
『それもそうなんだけど、ちゃんと見てよ!』
『ん?』
『この光全部!生命の光なんだよ?』
『生命の光?』
『誰かが働いているオフィスの白い光。誰かが運転している車の黄色い光。誰かの安全のために動いてる赤い光』
『あぁ』
『全部が生命って思うと、なんだか負けてられないなって気分になるよね!』
『良いポエムだなっ!』
『えー!!うそでしょー!!』
さっきまで木と暗闇しか見えていなかったのに。
ほんの数歩進んだだけで、生命の光がいっぱいだ。
「すごいですね」
「だろ?」
知らなかったな。
こんなところがあるなんて。
俺の瞼の中で歪み、まつ毛の水滴で乱反射する生命の光。
静かに始まった俺専用、真冬の花火大会は、瞬きをするたびに形を変えていく。
静かな森に響くのは、鼻水を啜る音だけだ。
……。
「サブレぇ」
「…っはい!?」
「立ちションするか!」
「……はい!」
「夜景を見ながらする立ちションは最高だよなあ!」
「そうですね!」
「どっちが遠くに飛ばせるか勝負しようぜ!」
「……グスッ。負けませんよ!」
「ガッハッハ!俺はしょんべん飛ばしで負けたことないぞ!」
「『しょんべんアフロ』の名は伊達じゃないんですね!」
すごい勢いで飛び出したアフロ先輩のしょんべんは、生命の光を反射して、キラキラと瞬いていた。
ふふふ!
台無しだなあっ!
やっぱり最高だ!
アフロ先輩!
「サブレぇ」
「なんでしょう」
「俺、今の彼女に『付き合おう』って言ったの、ここなんだ」
「そうなんですか!」
「あぁ。お前が漢の中の漢だから、連れてきた秘密の場所だ」
「光栄です!」
「サブレが女の子に告白する時も使っていいぞ」
「……ぜひ!」
「他のやつには教えんなよ」
「おす!」
別に何一つ問題は解決していないのに。
今日の記憶を消さなくても、明日を迎えられそうな気がした。
◇
あれから少し経った。
小野ちゃんはテニスよりも拳を鍛えているようだ。
元気そうで何よりだ。
「サブレー」
「ん?」
「手出して」
「おう」
「この間のことさ」
ぺちっ
「おう」
「ほとんど覚えてないんだけど」
ぺちっぺちっ
「それは何よりだ」
「なんか恥ずかしい記憶が……」
パシンッ
「おお!?」
「おお!」
「今、良い音したな」
「やった!」
「モヤシザルくらいなら仕留められるかもしれんが、まだだめだ」
「まだだめなの?」
「アフロ先輩は無理でも、俺を仕留めるくらいはしてもらわないとな」
「それはまだまだ修行が必要だね」
「うむ!道は長いぞ」
「ぐぬぬぬ!負けない!」
アフロ先輩と立ちションをして、俺は記憶を失わなかった。
しかし、どすけべ小動物の小野ちゃんは、あの日の記憶を失ったらしい。
まぁ、覚えていない方がいいことだってある。
がんばれ。
でもあまり危ないことはするなよ。
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