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"筆おろし"してください!③

死にたいと思っても人は簡単に死ねるわけではない。


かと言って、昨日の失態が無かったことになるはずもない。


一度は墓場まで持って行こうとした話だが、一人で抱えるには重すぎる。


舌の根も乾かぬうちに、俺はサブレに全部話した。


多分、誰かに怒られたかったのだと思う。


「あー……」


全部聞き終えたサブレは、しばらく黙っていた。


「筆おろししてください、って言ったのか?」


「言いました」


「土下座もしたのか?」


「しました」


「おしゃれなバーで?」


「しました」


「ハハハハハ!面白すぎるだろ!」


爆笑した。


こいつは腹を抱えて爆笑した。


「ハッ……腹が痛い……お前……土下座で……童貞捨てようとしたのか!?」


「俺は真剣だったんだよ!」


「ハハ……真剣に……土下座で童貞捨てよう……と……するのは……男らしすぎるな!」


「もう忘れてくれ!」


「クゥ……流石にそれは無理があるだろ」


笑いすぎだろ。こっちは真面目に相談してるんだ。


しばらく笑ったあと、サブレは目尻を拭った。


「で、小野ちゃんはどうだったんだ?」


「リプトンの仲間に噂聞いて『じゃあ俺もいけるかも』って思われるのも嫌だって」


「あー」


サブレは頷いた。


「それは良くないな」


「……はい」


怒られたわけではない。


まだ少し笑っている。


それなのに妙に刺さった。


「カズヤ、まさにそれだったんだろ?」


「……はい」


「そりゃ小野ちゃんは嫌だな」


「……はい」


「まあ土下座は面白いが」


「そこはもういいだろ!」


「そこは面白い」


「分けるなよ!」


「そこを分けるのが俺だ」


サブレはヘラヘラ笑った。


「土下座は面白いが、小野ちゃんが嫌がってんのは面白くないな」


「…………」


「そこを分けて考えるところからだ」


「何が?」


「童貞卒業への第一歩だな」


「そっか」


そうか。


俺が土下座したことなんて、死ぬほど恥ずかしいだけだ。


問題は、その前だ。


俺は小野ちゃんの噂を聞いて、自分にもチャンスがあるかもしれないと思った。


その間、本人がその噂をどう思っているのかなんて一度も考えなかった。


「……俺、小野ちゃんに嫌われたかな」


「知らんな」


「そこは慰めろよ!」


「?」


「……」


「なぜ悪さした方を慰めるんだ?」


そりゃそうだ。


「で、謝ったのか?」


「謝った」


「ならば、俺が介入することではないだろう」


「叱ってくれよ」


「バカヤロウ」


そうだ、俺は馬鹿野郎だ。


「童貞」


そうだ、童貞だ。


「クソッタレ」


「クソは漏らしていない!」


「……そうか」


「……?」


クソは漏らしてない。


「小野ちゃんは夏合宿でゲロの話まで出してお前のこと庇ってくれたのを忘れたのか」


こいつ、人の心が無いのか。今それを持ち出すのだけはやめてくれ。


「……うぅ」


「なんだ?」


なんか涙が出た。


「お前、泣いているのか?」


「泣いてねえよ……」


「いや泣いてるな」


「うるせえ……」


小野ちゃんは


「別にどうでも良いと思ってる人に何を言われても気にしない」


そんな事を言っていた。


でも、あの時の小野ちゃんは明らかに悲しんでいた。


都合よく捉えすぎかもしれないけどさ、


俺のことを、


「変な噂をされたら嫌だ」


と思うくらいの仲だと思っていてくれたんだ。


バカすぎる俺は、そんな子を傷つけちまったんだ。


最低すぎる。


「俺……女の子とどう接したらいいのか全然分かんねえ……」


「まあ、童貞だからな」


「関係ないだろ」


「タカシもそうだった」


「タカシも?」


「おちんちん侍として歴史に名を残したタカシも、童貞だった時期はあったんだ」


「そうなのか」


「あいつもバカなことばかりやっていた」


「一緒なのか……おちんちん侍タカシと俺は」


「童貞なんてみんな変わらん」


サブレは暴論を語りながらティッシュ箱を寄越した。


「ほれ」


「サンキュー」


「変なものを拭くなよ」


「拭かねえよ!」


「お前の部屋のゴミ箱は丸まったティッシュでいっぱいだろ?」


「なんでわかるんだよ!」


「童貞の部屋なんてそんなもんさ」


「そうなのか!?」


こいつはエスパーなのか……。


「しかし、来年になれば俺たちにも後輩ができるわけだ」


「……うん」


「可愛い後輩に、小野ちゃんの噂が流れたらどうするつもりだ?」


俺は鼻をかんだ。


「……どうすればいい?」


「別にどうもこうもない。俺たちは本当か嘘か、何もわからんのだ」


「そうだよな」


「しかし、俺たちにもできることはある」


「そうなのか?」


「簡単だ。『本人がそういう話されるのを嫌がってる』と言い、そこで終わらせるだけの話だ」


「終わるかな?」


「少なくとも、リプトンにいる人間で小野ちゃんが傷ついて喜ぶヤツはいない」


「それもそうだな」


「男同士で集まれば、ゲスな噂の一つや二つ当たり前だ」


「あぁ」


「だが、わざわざ嫌がっている子の噂をするのもつまらんだろう」


「……うん」


サブレは軽く言った。


「まあ、童貞あるあるだな」


「サブレも経験あるのか?」


「俺は無いけどな」


「クソが!」


「後輩に、童貞をいじられたらどうするつもりだ?」


「俺、また泣いちゃうかも」


「秀逸な返しの一つや二つ考える時間は残っているだろう」


「たとえば?」


「童貞をお題にしたラップバトルでも挑んでみてはどうだ」


「ラップかぁ。俺やったことねえよ」


「やったことないならできるようになればいい」


「お前、ラップとかやったことあるのか?」


「無いが、俺も一緒に練習してやろう」


「……サンキュー」


「反省したか?」


「反省した」


「ならば飲め!反省したなら誠意を見せろ!」


サブレが俺のジョッキにビールを注ぐ。


そして、自分のジョッキにも。


「大丈夫。俺もチョモランマだ」


……クッ。


もちろん反省はしている。


まだ笑うには少し早い。


ただ、新歓の悪夢『サブレ・レクイエム』を思い出し、堪えきれずに笑ってしまった。


「だから俺は顔《ツラ》のいい奴が嫌いなんだよ!」


「言いたいことは飲んでから♪」


こいつはいつもそれだ。


二人でチョモランマを片付ける。


「そういやカズヤ、今週の呪◯は読んだか?」


「あぁ。来週は虎◯が領域◯開するらしいな」


「お前……それは海外のクリエイターが作った嘘バレだ」


「マジ!?呪力吸収◯リーナは嘘なの!?」


「やはり童貞にインターネットを触らせるのは良くないな」


いつものようにくだらない話で盛り上がる。


サブレはもう、小野ちゃんの話をしなかった。


俺もそれ以上は話さなかった。


ただ、その日から一つだけ決めた。


次にあの噂を聞いた時は。


俺が、そこで終わらせよう。








※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。



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