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"筆おろし"してください!①

リプトンの幹部候補になってから、俺は少しだけ自分の行動に気をつけるようになった。


来年になれば後輩が入ってくる。


俺はそいつらの先輩になる。


しかも順当にいけば、二百人近い人間が所属するリプトンテニスクラブの幹事長になるかもしれない。


もちろん、まだ正式に決まったわけではない。


夏合宿の飲み会で「やってみたい」と言っただけだし、田村麻衣子は今でも俺より自分の方が向いていると思っているだろう。


俺も、現時点でどちらが向いているかと聞かれれば、麻衣子だと思う。


そこは認める。


認めるが、だからといって最初から諦める必要はない。


サブレも言っていた。


できないことは、できるようになればいい。


だったら、俺も少しずつ変わらなければならない。


人に酒を飲ませるなら自分も飲む。


飲み会では周囲を見る。


時間には遅れない。


連絡はちゃんと返す。


女の子にも紳士的に接する。


来年新しく入ってきた一年生から、


『カズヤさんって、なんか大人な感じがして格好いいですよね』


と言われるような先輩になる。


特に最後が重要だ。


もちろん、幹事長というものは女の子にモテるためにやるものではない。


二百人近い人間をまとめる責任ある立場なのだから、そんな不純な動機だけで務まるものではないだろう。


ただ、俺が幹事長として真面目に働いた結果、後輩の女の子から格好いいと思われてしまう可能性についてまで、俺が責任を負う必要はない。


むしろ困る。


俺は別にモテたくて仕事をしているわけではないのに、


『カズヤさん、頼りになりますよね』


『相談したいことがあるんですけど、今度二人で飲みに行きませんか?』


などと言われたらどうすればいいのだろう。


ふん。まったく、仕方がない。


先輩として相談に乗るしかない。


その結果、何かが起きたとしても、それはもう自然の摂理というものである。


そう。


俺は少しずつ、立派な先輩になろうとしていた。


そんな冬のある日。


高校時代の友人から、小野朝霞《おの あさか》について妙な噂を聞いた。


「リプトンの小野朝霞は誰とでもすぐに寝る」


なんだと!?


あの小野ちゃんが?


まさか......。


俺は考えた。


考えた。


さらに考えた。


(……いけるのでは?)


立派な先輩への道は、一日で終わった。


◇◇◇


何がどう『いける』のか。


今なら分かる。


何もいけない。


しかし当時の俺は童貞だった。


童貞だったんだ。


童貞という生き物は、希望的観測に対してだけは驚くほど高い知能を発揮する。


まず、情報を整理しよう。


小野ちゃんは同期である。


背が小さい。


声が小さい。


テニスは下手だ。


酒は飲める。


地味で貧乳だが顔は可愛い。


そして……男関係がかなり派手らしい。


一方俺はどうだろう。


背は低い。


声は大きい。


テニスは小野ちゃんよりはちょっとうまい。


酒は飲める。


顔はまぁ、サブレやアフロ先輩には負けるが、悪くはないだろう。


そして……童貞だ。噂によるとチチを触ったことはあるらしい。


んーーー。


若干釣り合いが取れてないか?


しかし納得がいかないなぁ。


俺が童貞なのは、経験がないからだ。


経験がないから女の子との距離感が分からない。


距離感が分からないから、美咲ちゃんにも一週間で振られた。


つまり俺に必要なのは経験である。


そして小野ちゃんは、男関係が派手らしい。


経験豊富な女性。


経験のない男性。


見事なまでに生まれる凹凸があれば、嵌め込んで『口』の形状を作り出したくなるのは必然ではないか?


もちろん、これは下ネタではない。


人間には得意不得意というものがある。勉強だってそうだ。数学が得意な奴が数学の苦手な奴に教える。英語が得意な奴が英語の苦手な奴に教える。


サブレだって言ってた。


「わからないことは得意なやつに教われば良いんだ」って。


俺は性経験が苦手である。


苦手というか、ない。


小野ちゃんにはあるらしい。


だったら、教えてもらえばいい。


何もおかしくない。


(……いけるのでは!?)


俺はかなり真剣にそう思った。


今になって考えれば、何がどう『いける』のかさっぱり分からない。


だが、この時の俺にとっては十分すぎるほど筋の通った結論だった。


すけべな事を考えてるとき、童貞のIQは一桁台まで落ちるのだ。


そこで俺は、小野ちゃんを飲みに誘った。


『いいよー。だれ誘う?』


「たまには二人で飲もうぜ。良い店見つけたんだ」


『オッケー!店の情報送っておいて』


完璧だった。


何が完璧なのか。


何も完璧ではない。


ただの飲みの了承である。







※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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