"揺れるアフロ"と"しじみ汁"②
大学に入学してからは、冒頭の通りとにかくモテた。
それこそ、新歓の時期だけでも二十人以上の男子からアプローチを受けていた。
新歓の時期が終わったところでアプローチが減るわけもなく、私のスマホは一年中忙しそうにしている。
ピコン
……。
ほらね。
「真剣に付き合ってほしい」とピュアな顔で言ってくる奴もいれば、どこかで勉強してきたような薄っぺらい恋愛テクニックで、がむしゃらにベッドへ誘おうとする奴もいる。
だが、表向きのカードが違うだけで、根っこにあるものは変わらない。
この年代の男なんて、己の感情が愛なのか性欲なのかすら識別できていないのだ。
私からすれば、どちらも大差ないくだらない話だった。
熱心なアプローチに折れ、特別好きでもない——かといって生理的に拒絶するほどでもない男と、試みに交際してみたことはある。
しかし、彼らが提示してくる「交際」とは、嫉妬と不信感に満ちた管理体制に過ぎなかった。
「他の男と二人で飲みに行くなんてどういうつもりだ」
「やましいことがないならLINEを見せろ」
「さっき話していたやつは誰だ」
幼稚な支配欲と一方的な価値観の押し付けに嫌気が差し、愛着が芽生えるよりも早く関係は破綻する。
私には、他者と「付き合う」という定型的な関係を結ぶ適性が欠落しているのだろう。
そんな試行錯誤の果てに、完全に疎遠になる者もいれば、互いの都合が良い時だけ都合よく補い合うような、曖昧な関係に落ち着く者もいた。
◇
私と『リプトンテニスクラブ』の出会いは、特に運命的なものかと言われれば、そうではなかったと思う。
高田大学には一千を超えるサークルが存在し、テニスサークルだけでも五十団体を超えているらしい。新歓で配られる大量のチラシを見れば、それが大げさでないとよくわかる。
四月の高田大学は、そこら中で新入生の争奪戦が行われており、正門を抜けただけで両手いっぱいのチラシを渡され、講義棟へ向かう途中でまた増える。
テニス。
フットサル。
軽音。
旅行。
国際交流。
何をするのかよく分からないイベントサークル。
入学式から五月のゴールデンウィークが明けるまでの期間、ほとんど毎日何かしらのサークルが『新入生歓迎会』と呼ばれる催し物を開催している。
新入生の中には文字通り毎日別の『新歓』に飛び込んで、自分と相性の良いサークルを見極める者もいれば、全く興味の無いサークルに出会いを求めて異性を漁りに行く『新歓荒らし』と呼ばれる不届きものもいるらしい。
まぁ、教室の隅でボケっと校庭を眺めているのがお似合いの私にはあまり関係のない話だ。知らない人間に声をかけられれば警戒するし、大人数で騒いでいる集団を見れば距離を取る。
だからって、サークル活動に興味がないわけではない。分厚いメガネをかけたチビ女にだって、大学生活を楽しむ権利はあるはずだ。
千を超える集団があれば、私と相性の良いものもあるに違いない。
そんなことを考えながら受け取ったチラシを整理している時の私は、大学生活は何の障害もなく、楽しいものになることを疑っていなかったんだと思う。
たくさんのチラシの中から五つのサークルに狙いを定め、『新歓』の日程を手帳にメモしていく。
4/8 読書サークル『積読』
4/12 大学付近の飲食店を食べ歩く『馬場歩きの会』
4/18 天体観測『ガリレオ』
4/25 温泉旅行『だいだらぼっち』
4/30 漫画・アニメ『ジャパンサブカルチャー研究会』
んー。
少ないかな?
いや、たくさんの知らない人と顔を合わせるだけで疲れてしまう私にはこれが精一杯だ。何ならこれでも頑張った方だと思う。
この中のいずれか、もしくはいくつかが、私の大学生活の中心になるのかとワクワクしながらその日は眠りについた。
◇
『積読』は、数年前にできたにもかかわらず、五十人以上の学生が所属する大所帯の読書サークルだ。
主な活動は月・水・金の夕方、サークル塔の505号室に集まり、各々が持ち寄った本を読む。
中には執筆活動をしている人もいて、仲間同士でフィードバックしあうなんてこともあるみたいだ。
この日は新歓ということもあり、自己紹介から始まったが、おそらくいつも通りの光景と言えるのだろう。
上級生も新入生も皆、各々が持ち寄った本を静かに読み、周りの邪魔にならない程度のボリュームで雑談をし、先輩が書いた物語に目を通したりもしていた。
サークル活動のチュートリアルを終えて、『新歓』としての食事会が大学近くのファミレスで行われる。
実に健全なサークルだ。
「小野さん出身は?」
「東京です」
「高校はどこだったの?」
「都立の鷹峰です」
「マジ!?俺も鷹峰なんだけど」
「え、何年卒ですか?」
「20X5年!小野さんは?」
「20X6年です。一個違いですね」
「あーーー」
「?」
「いや、うちの高校から高田に来てる奴は結構いるけど、新歓に来たのは初めてだからびっくりしちゃって」
「そうなんですね」
学年が違うので関わった事はなかったのだが、メンバーの中には同じ高校出身の先輩がいたこともあり、人見知りの私でも少し仲良くなれた気がした。
物語を書いたりしたことは無いけれど、このような環境にいつくのであれば、ちょっと挑戦してみてもいいかもしれない。
なんてことを考えながらその日は帰路についた。
◇
『積読』を第一コミュニティ候補としながら、もちろん他の新歓にも顔を出していく。
次に顔を出した『馬場歩きの会』では、1,000円でランチを食べられる焼肉屋や、名物のラーメンが500円で食べられる老舗の町中華、気難しい店主が客の注文を無視して勝手に「カルボナーラ」のような何かを出してくる店などに連れて行ってもらった。
その次の『ガリレオ』では、天体観測自体は行わなかったが、部室等にある先輩たちが撮影した写真や、旅行の写真を見せてもらい、居酒屋でアルコールも出てくる飲み会を開催していた。
アルコールが出てくると言っても、先輩も新入生もレモンサワーだったり、カシスオレンジみたいなカクテルだったりを飲んでいた。
酒が強いという噂の先輩はなんとアルコール度数15%の梅酒をロックで飲んでいて、周りからは、
「あいつは酒バカだからねー」
なんて言われたりもしていた。
いずれの新歓も先輩は優しくしてくれて、さほど派手な人がいるようなサークルではなかったので、高校まで友達の少なかった私でもたくさんの友達ができた気がした。
サークルのLINEグループにだって入ったし、新入生ともたくさん連絡先を交換した。
どこに入るか、迷ってしまうな。
数百枚のチラシの中から厳選したサークルだけあって、どれも魅力的だ。
しかし、すべてのサークルに参加するには体の数が足りていない。
困ったものだ。
ピコン
『小野さん、今日新歓楽しかったね!』
同期の男子から連絡が来ていた。
『楽しかったね。今日はありがと』
適当に返事をしておく。
ピコン
『明日は行く?ってか、西谷先輩の梅酒ちょっと分けてもらったんだけど酔っ払ってるわ俺』
返事が早い。男子というのはこういうものなのだろうか。
『明日はまだ決めてないかな。大丈夫?』
ピコン
『小野さん行くなら俺も行こうかな!全然余裕!俺酒強いのかも!小野さんは今日何飲んだの?』
返信は……。
明日でいいかな。
ピコン
ピコン
ピコン
◇
三つのサークルの新歓でたくさんの友達ができたせいか、最近やたらとスマホに触れる時間が増えてしまった。
ピコン
『おはよう!小野さん今日はサークル行く?』
連絡を返そうとしているうちに別の連絡が来る。
ピコン
『朝霞ちゃん、サブカル論取るって言ってたよね?』
ピコン
『小野って彼氏とかいたことある?』
高校時代は友達が少なかったので、こんなに頻繁に連絡を取るような事はなかったのだが……。
真面目にすべての連絡を返していたら、一日が終わってしまいそうだ。
それでも私は新しくできた友人たちに律儀に連絡を返していた。
『大学生活は助け合いだよ。過去問や就活の情報なんかはボッチには回って来ないんだから』
高田大学出身の母親も、こんなことを言っていたのだから、友人は大切にしなくてはいけない。
実際、中には同じ学部だったこともあり、一緒に昼食を食べ、講義に出席する人もいたし、彼らから有意義な情報が回ってくることもあった。
しかし、そろそろ『だいだらぼっち』の新歓に顔を出そうというタイミングになると、何やら友達の様子がおかしくなっていた。
◇
ピコン
『小野さんは他のサークルの新歓とかまだ行ってるの?』
積読で知り合った同期の男子だ。
友人Aとでも呼んでおこう。
『今週は温泉旅行サークルの"だいだらぼっち"に行こうと思ってるよ』
『小野さんって旅行系とか興味あるの?なんかそこ、チャラいサークルらしいよ』
『そうなんだ。知らなかったけど、とりあえず行ってみようかな』
『えー、心配だわー。俺もついていこうかな』
『温泉興味あるの?』
『いや、小野さんが心配だから』
すでに私は三つのサークルの新歓に一人で乗り込んで、いずれもそこそこ上手くやってきたし、こうやって友達もできている。
特に心配されるようなことは無いはずだが。
『新歓も何軒か回って慣れてきたし、心配いらないと思うよ』
『それでも心配だよ』
『なんで?』
『小野さんが好きだから』
……?
反応に困ってしまった。
高校時代に彼氏がいた事はあるが、あれはなんというか、獲物を探していたハイエナが、狩りやすそうなトムソンガゼルの赤ん坊に噛みついたようなものだ。
まだ出会って数日。LINEのやり取りこそ積み重なっているが、直接会ったのは数えて三回程度。
そんな男に『好き』と言われてしまった。
このような事象が発生するとは全く予想していなかった私が、返信できずに困っていると、
『なんてね、冗談冗談(笑)本気にしちゃった?』
流石にわかる。
これが、勢いで雑に告白した結果、プレッシャーに負けて保守に走った男から捻り出されたメッセージであることくらいは。
……。
結局、雑な告白をしてきた男には、当たり障りのない返事をしておいた。
別に連絡をしなくなるほどのことではない。
冗談だと言っているのだから、冗談ということにしておけばいい。
それだけだ。
◇
こんな雑な告白をしてくる男など、希少種かと思っていたのだが……。
ふむ。
認めたくはないが、私は世間知らずだったらしい。
温泉旅行サークル『だいだらぼっち』の新歓に参加するまでには、ほとんど同じ内容で5人に「好きだ」と言われた。
中には「付き合ってほしい」なんて言ってくる者もいた。
いずれもLINEでだ。
すでに対応にも慣れたものだ。
「好きだ」とか「付き合いたい」というLINEが来たら、二、三時間、連絡を返さなければいい。
次にLINEを開いたとき、彼らが送信した雑な愛情は、『メッセージが取り消されました』の文字に変わっている。
それを確認してから『返事遅れてごめん。充電切れてた。なんかあった?』などと連絡を返しておけば、自然とただのお友達に戻れる。
大学に入って最初に学んだのは、そんなライフハックだった。
そんなものを学ぶために受験勉強をしてきたわけではなかったのだが……。
まあいい。
『だいだらぼっち』の新歓を終えて、『ジャパンサブカルチャー研究会』の新歓に行くまでの期間で、私に降り注ぐ雑な愛情の数は二桁を超えていた。
◇
大学に入れば男友達の一人や二人できて、今度こそ真っ当な恋愛を楽しんだりすることもあるだろう。
そんなことを考えていたのだが……。
甘かったようだ。
どうやら友達ができたと思い、律儀に連絡を返していた相手のほとんどは、性愛由来の何かで私に接していたようだ。
もちろん、性欲は悪ではない。
私にだってそういう感情はあるはずだ。
だが、新しくできた友人のほとんどがそれだと言われたら……。
流石に気持ちが良いとは言えないな。
そして、本当のヤバさに気づいたときにはもう遅かった。
女友達が一人もいない。
先輩、同級生、いずれも男性からは異常なまでに連絡が来ていて、その返信に追われた結果、全く気づいていなかったが……。
大学に入って出会った女性とは連絡先を交換しても向こうから連絡事項以外のLINEが来る事はなかったみたいだ。
サークル活動に参加しても、私の周りにはチェックシャツを着てメガネをかけた男性ばかりが集まっていた気がする。
はぁ……。
大学生って大変なんだな。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




