"揺れるアフロ"と"しじみ汁"③
結局。
最初に「小野さんが好きだから」と言っていた友人Aは、『だいだらぼっち』にも、『ジャパンサブカルチャー研究会(JSC)』にもついてきた。
本当に私のことが心配だったのか、自分が新歓を楽しむのもそっちのけで私の近くにいた。
『JSC』では頑張って女性の友人を作ろうと思っていたのだが、そもそも女性自体が私を含めて三人しかおらず、いずれもチェックシャツに囲まれていた。
女友達を作るのがこんなに難しいとは……。
「うちのサークルは全然チャラくないから安心してね」
「そうなんですね」
「先週もチャラい新入生が来て女子にちょっかい出しててさ」
「高田にもチャラい新入生とかいるんですね」
「そうなんだよ!でも俺が追い出してやったんだ」
「そうなんですね」
「でさ———」
チャラい新入生を追い出した武勇伝を語られたところで面白い返事なんかできやしなかったが、『JSC』の先輩とは最終的に連絡先を交換していた。
◇
帰り道に一緒に歩いていた友人Aは、何やら様子がおかしかった。
いや、いつだって彼の様子はおかしいんだが。
今日は特に様子がおかしかったんだ。
「小野さん」
「ん?」
「小野さんっていつも男といるよね」
「女友達がなかなかできなくてさ」
「そうなんだ」
「今日こそはと思ってたんだけど、席がバラバラだったね」
「小野さんが自分であそこに座ったんじゃん」
「空いてるところに適当に座ったのが敗因か」
「いや、わざとでしょ」
「え?」
意識して男の多い場所を選んで座っていた。そう言いたいのだろうか。
そんな事実は無い。空いてるスペースに誘導されて、適当に座っていたら、同じように適当に座ってきた男たちが周りにいた。
それだけの話なのに、何を言っているんだろうか。
「小野さんって、男好きなの?」
「特に意識はしてないよ」
「でもいっつも男といるじゃん」
「女友達がいないんだよ」
「LINEもめっちゃしてるし」
「連絡きたら返すのは普通じゃない?」
「好きでも無い相手に普通そんな返さないよ」
「それは知らなかったな……」
なるほど。
何かがおかしいと思っていたんだが……。
男にメッセージを律儀に返す行為自体が求愛行動として受け取られていたのか。
私に降り注いだ雑な愛情は完全に自然発生したものではなかったみたいだ。
「これを見てほしい」
友人Aはスマホの画面を見せてくる。
男の同士のやり取りだ。
『Aって、小野朝霞と仲良いの?』
『仲良いよ』
『ヤッた?』
『ヤッてないよ。まだ付き合ってないし』
『マジ?あの子って、誰とでも簡単にホテルに行くって噂じゃん』
『その噂はデマだと思うけど……』
『高校時代から有名だったって、小野朝霞と同じ高校の先輩が言ってたじゃん』
……。
何これ。
私の知らないところで『小野朝霞は誰とでも簡単にホテルに行く女』になっていたらしい。
そんな奴は知らないのだが……。
まあいい。
「この小野朝霞は私のこと?」
「そう」
「ここで言われている小野朝霞のことを私はよく知らないんだけど」
「そうやって誤魔化そうとする」
「いや、身に覚えがない」
「小野さんは処女なの?」
「そういうわけではないけど」
「じゃあ、別に間違った噂ではないじゃん」
「そうなの!?」
「小野さんにはがっかりしたよ」
世間と私の常識がずれているのか、変な焦りが出てきた。
男性からの連絡に女性が毎度返事をするのは求愛行動であり、処女でなければ誰とでもホテルに行くと同義である。
そんな常識は私の中にはなかった。
しかし、大学に入ってから、私の非常識がおかしな事象を招いてきた事実だけは揺るがない。
おかしな男がたくさんいると思っていたのだが、おかしいのは私の方だったのか。
「この噂は誰が知ってるの?」
「知らないけど、結構有名だよ」
「そうなの?」
「今日の新歓でも男だけの時に『ヤッた?』って聞かれたし」
「やってないよ」
「そう答えたけど、他のサークルでも聞かれた」
「……」
「小野さんはもっと純粋だと思ってたよ」
「そうなの?」
「だから俺が守らなきゃって思ってたんだけど」
「そう……」
「でもビッチだったんだね」
「ビッチではないと思うんだけど」
「じゃあ俺ともホテル行こうよ」
「因果がわからないんだけど」
「俺が一番小野さんのこと大事にしてるから」
「ホテルには行かないよ」
「俺以外とは行くのに!?」
もう、良い加減何を言ってるのかがわからない。
こいつは私の見ていないところで酒を飲んでいたのだろうか。
いや、私が間違えて誰かの酒を飲んでしまったのだろうか。
二十年間生きてきて、さまざまな難問を解いてきたつもりだったが、ペーパーテストとは違う活きた課題にぶつかるとこうも何もできなくなる。
自分のことをインテリ側だと思っていたのだが、それは勘違いだったみたいだ。
「ねえ」
「なに!」
「人が見てるよ」
「……」
「帰ろ」
「うん」
駅まで一緒に歩いたが、山手線は逆方向なので別々だ。
新宿方面行きの満員電車に乗り込む。
一仕事終えて飲み会帰りなのか、酒臭いサラリーマンの群れでサンドウィッチだ。
物理的にはギュウギュウ詰めでも、頭の中では「やっと解放された」と呟いていた。
ピコン
……24件。
LINEが溜まってる。
返さなきゃ。
……。
まあいっか。
女性から返事をするのは求愛行動らしいから。
重要な連絡事項だけ返事すればいい。
知らなかったな。
ピコン
『今日はごめん。言いすぎた。明日一緒にランチしよう』
返事はしなくていいや。
『好きでもない相手にそんな普通は返さない』らしいから。
ピコン
ピコン
ピコン
……。
◇
雑談などの不要な連絡を律儀に返すのを辞めても、男たちから来るLINEは少し減っただけだった。
友人Aの言っていたことは何が常識で、何が非常識だったのかはいまだに正解がわかっていない。
ただ、唯一間違っていなかったことがある。
『小野朝霞は誰とでも簡単に寝る女だ』
この噂がすでに私の参加しようと思っていた全てのサークルではほぼ皆が知っていたようだ。
別に私の知らない『小野朝霞』の噂を、私の知らない誰かがしているだけなら、ちょっと気分が悪いくらいのものだったのだが……。
ピコン
ピコン
ピコン
この電子音の連続が、私とホテルに行きたい男たちがチケットの争奪戦を繰り広げている音に聞こえてくる。
重症だ。
すでに五月も頭だ。
まだ新歓期とはいえ、すでにほとんどのサークルでは新入生同士のコミュニティが出来上がっている。
直近までは私だってその中にいたはずなのに。
……。
もう、サークルは良いかな。
「テーニス♪テーニス♪」
……。
変な歌が聞こえてきた。
「テーニス♪テーニス♪
初心者歓迎テーニス♪
経験者だって大歓迎♪
ラケットなくてもテーニス♪」
意味がわからない。
ラケットがなければテニスはできないだろう。
「君ーのハートに……スマーッシュ♪」
デカくて黒いボールが飛んできた。
いや、アフロだ。
「お嬢さん。僕と一緒にテニスをしませんか?」
でかいアフロが声をかけてきた。
いや、本当に大きい。
180cmを大きく超えている。
そして、アフロの土台となっている顔が異常に綺麗だ。
アフロヘアーがめちゃくちゃ似合っている。
アフロの似合う人間がいるとは驚きだ。
「テニス……」
「一年生?テニスはやったことある?」
「一年生ですけど、テニスやったことはないです」
「大丈夫!うちは初心者も大歓迎だ!」
「そうなんですか」
「着替えは流石に持ってないよね?」
「はい」
「着替えが無くても大丈夫〜♪レンタルウェアーがあるからさ〜♪」
「ラケットとかも無いです」
「ラケットなくても大丈夫〜♪レンタルラケットあるからさ〜♪」
大きな体で大きなアフロを揺らしながら歌って踊る先輩。
これが、体育会系ってやつか。
「それじゃあ、行こうか」
「え」
「忙しかった?」
「忙しくはなかったです」
「ならば〜♪行こう〜♪楽しい〜テニ〜ス〜♪」
「……」
「ご一緒に?」
「テニスーテニスー♪……合ってますか?」
「最高だぜー!」
歌うアフロに連れられて
テニサー新歓
向かうのは
誰とでも寝る
『小野朝霞』
ちゃんちゃん♪
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




