"ゲロ"と"外道"と"チョコレゐト"②
アフロ先輩に連れられて遊びにきた『リプトンテニスクラブ』の新歓には、30人くらいの新入生が来ていた。
五月の頭ということもあり、新入生同士のグループはある程度出来上がっていた。
今日ここに初めて訪れたのは、俺を含めて3人。
一人は……金髪の小人だな。
……ん!?
こいつ、子供用の運動靴を履いてやがる。
……。
まあいい。
他人のファッションに口出しする趣味はない。
もう一人は、ちっちゃいな。
顔も手も全部ちっちゃい。
メガネが顔の半分くらいあるんじゃないか?
ふっ。
可愛い生き物だな。
さて。
この中でテニスの経験者は俺だけみたいだな。
「サブレー!ちょっと打ってみようぜ!」
「はい!」
この間の『プレイジーテニス』で打った時は問題なかったが……。
このアフロ先輩は只者じゃなさそうだ。
胸を借りよう。
「ホイっ」
「せいっ」
「ホイッ」
打ちやすい。
アフロ先輩が打ちやすい場所にコントロールしてくれている。
「アフロ先輩!せいっ」
「なんだ!ほいっ」
「ちょっと振ってもらっていいですよ!」
「お!それじゃあ」
「おお!ふんっ」
「やるなあ!」
「まだいけますよー!」
「やるなぁサブレ!」
「はっはー!アフロ先輩こそ流石です!」
「くらえ!エッグボール!」
「マジっすか!うわお!」
エッグボール!って言いながら本当にエッグボールが飛んでくることがあるんだな。
「これを返すか!?やるなあサブレ!」
「ははは!まだまだ若い者には負けませんよー!」
やばい。
楽しいっ!
ブランクはあるけど……。
アフロ先輩が打ちやすい球を打ってくれるから、自分が上手くなった気分になれる。
ん?
みんなが見ている。
まぁ、俺ほどの男前とアフロ先輩ほどの男前がラリーをしているんだ。
目を奪われてしまうのも仕方あるまい。
ん?
さっきの小さい生き物。
名前は……小野ちゃん。
……。
ラケットにボールが当たっていないじゃないか。
そんなこともあるんだな。
……。
「アフロ先輩!もう一球いいですか!?」
「おおサブレ!やる気だなー!」
「やる気っすよー!アフロ先輩から借りたパンツをびしょびしょにしてやりますよー!」
「はっはっは!できるかなー?吸水性抜群だぞ!」
「目にものを見せてやりますよー!」
「はっはー!」
「ぐはっ!」
「大丈夫かサブレ!」
「ぐぬぬぬ!」
「サ・サブレー!サブレの球が三つになっちまった!」
「なんてこった……」
「大丈夫か?」
「なんとか、二つみたいです……」
「よかった……。本当に良かった」
「さぁ、ラリーの続きをしましょう!」
「お、おう」
ブランクとは恐ろしいものだ。
まさか空振ったボールがイレギュラーバウンドして俺の股間にツイストしてくるとは。
ふっ。
俺も空振りしてしまったな。
こんなこともある。
それがテニスだ。
◇
リプトンの練習会は想像していたよりもずっと本格的で楽しかった。
初心者には初心者用のメニューが組まれていて、俺みたいな経験者には、それなりにラリーができる先輩とのメニューがある。
小野ちゃんみたいにボールが当たらない子は先輩が個別に指導してくれる。
しかも、週5で練習会があるにも関わらず、毎回コートを3面も押さえているから、これが一年継続できるらしい。
なかなかできることではないな。
最後は小野ちゃんもラケットにボールが当たるようになっていたし。
大したものだ。
ん?
金髪の小人……カズヤがボケッとしている。
……。
大学デビューか。
ふむ。
「カズヤ……だったよな」
「ん?」
「カズヤよ。『うんこ』と『うんち』の違いを知ってるか?」
「なんだよいきなり」
「『うんこ』とは、野菜や穀物のみを消化吸収して排出されたものでな」
「ふむ?」
「『うんち』とは、魚や肉などのタンパク質を消化吸収して排出されたものとなるらしい」
「なるほど……」
「つまり人間は『うんち』をしているわけだな」
「知らねえよ!」
くくく。
また一人、迷える子羊を救ってしまったな。
……。
◇
『リプトン』は『テニスも飲みも本気』と言っているが、本当だった。
まず、名札が本気だ。
受付で学生証をチェックしながら、未成年には赤、成人には青の名札を先輩たちが作ってくれる。
他のサークルはガムテープに名前を書いて胸に貼るくらいだ。
俺のガムテープはいつも誰かが持っていってしまうから最後は無くなっていた。
受付をしている綺麗な先輩は……恵美子さん。
「サブレ……二十二歳なの!?」
「はい」
「見えないわね」
「おかげさまで」
「じゃあ、一番青い名札をあげるわ」
「おお!ありがとうございます!」
おお!他のやつの名札よりも青い!
やるなあ恵美子さん!
ふむ。
小野ちゃんも青。
カズヤも青。
ふふ。
俺が一番青いなあっ!
◇
飲み会の会場に着くと、すでにグループはある程度分かれていた。
むむ。
この辺は青い名札が多いな。
お、こいつもなかなか青いぞ。
『二浪のマサハル』と呼ばれる男も俺ほどではないが、他の奴らよりもちょっと青い名札をつけていた。
それぞれ自己紹介をし、雑談タイムだ。
小さい声で肩を窄めながらボソボソと喋っている小動物は小野ちゃん。
東大に一点足りなくて高田に来たという長い肩書きの小人はカズヤ。
老け顔で眉毛が太いのが二浪のマサハル。
二浪のマサハルがチラチラと、チチを見ている相手が美咲ちゃん。
なかなか個性豊かなメンツだな。
「二浪のマサハルは流石におっさんだな!」
「二浪なんて他にもいるだろ!なんで俺だけ二浪のマサハルなんだよ!」
「なんか語呂がいいじゃん」
「まったく」
まったくなんて言いながら、ウーロンハイを飲むマサハルは、まさしく『二浪のマサハル』の顔をしていた。
「おっさん!ウーロンハイはうまいか?」
「おっさんじゃねえ!」
「はっはっは!俺の方がおっさんだぞ!二浪どころか二十二歳だ!」
「え!?」
……。
一瞬、場が静まり返ってしまった。
「え、サブレ二十二なの!?」
「うむ」
「マジで!?」
「見えない!」
ふっ。
この青い名札を見ろ。
誰よりも青いじゃないか。
「じゃあ、俺よりも年上?」
「おっしゃる通りだ!」
「…………」
カズヤ……。
さっき、「みんなより年上だと思うけど、タメ語でいいぜ!」なんて言ってたな。
でかい声で。
カズヤは何かを考えているようだ。
「佐々……サブレはさ、なんで今大学入ったの?」
頑張ったな。
多分、「佐々木さん」と呼びかけた。
「フリーターやってたら彼女に振られちまったから」
「なんで?」
「『将来性の無い、顔だけの男なんかとはこれ以上付き合えないわ!』って」
「ひど!ひどいこと言われたな!」
「いやぁ、本当のことだし、おかげで勉強するきっかけになったし、いい女だったぞ」
「その余裕ムカつくな!」
なんでだ。
でも、少し嬉しかった。
大学へ入る前は、年下の同級生とどう接すればいいのか考えたこともある。
普通にサブレと呼んで、普通にムカつくと言ってくれるなら、それが一番いい。
「じゃあ就活する時、二十六?」
別の席から突然湧いてきた女が聞いてきた。
「そうなるな」
「新卒って年齢関係ないの?二十六でも普通に採ってもらえる?てか、男でピアスって初めて見たわ」
知らない。
まだ大学に入ったばかりなのに、もう卒業後の心配をされている。
しかし突然どうした。失礼なブスだな。
「田村ちゃん、新歓で就活の話してる奴初めて見たぞ!」
アフロさんが笑った。
「だって気になるじゃないですか」
「意識高いな!田村ちゃんは就職とかなんか入りたい会社とかあんの?」
「一応、商社とか大手出版とか入れたらいいなと思ってますけど......」
「すげえじゃん!」
「それなら、あっちに大手出版のサマーインターンでなんか知らんが賞とったって自慢してた奴がいるから紹介するよ!」
「え!ありがとうございます!」
アフロさんは他の先輩を紹介すると言って田村を連れて行くと、すぐにこっちに戻ってきて、俺のグラスにビールを足した。
「飲んでるか?」
「はい!飲んでます!」
「二十二歳って聞こえたよ」
「そうなんですよ!同世代にだいぶ遅れをとってしまいました」
「年齢も近いし、タメ口使っていいよ!」
「いやいや!サークルでは先輩じゃ無いですか!敬語使わせてください!」
「そうか?そしたら、人生の先輩がどれだけ飲めるか見せてもらおうかな!」
「……任せてください!」
「いいねえ!」
「ウェーイ!乾杯!」
グラスを合わせた。
◇◇◇
一時間もすると、みな最初に座っていた場所から移動し、それぞれ盛り上がっている。
サークル活動の予定やインターンの話を一足早く先輩から仕入れようとする者。
大学に入って初めて会話するような綺麗な先輩の隣でデレデレしている者。
大盛り上がりで酒を煽り煽られる者。
一番盛り上がっている集団には先ほど仲良くなった小野ちゃんとカズヤが混ざっているのが見えた。
「小野ちゃん飲んでなくないウォウウォウ♪」
カズヤが手を叩き始めた。
「まかせろー!」
意気揚々と小さな体にビールを流し込む小野ちゃん。
「おいおい!小野ちゃん!そんなもんじゃねーだろ!」
どこで勉強してきたのか、レパートリーが少ないコールを繰り返し、さらに煽るカズヤ。
「まかせろー!」
グイグイ飲む小野ちゃん。大丈夫か……?
まぁ、本人が楽しいのならそれで良い。
ん?
カズヤこいつ
人に飲ませてばかりで自分は全然飲んでいないな!?
けしからん。全然なっとらん。
そんなんだと大学デビューどころかみんなに嫌われちまうぞ。
サークルでは同期だが、飲み会の先輩として教えてやれることの一つ二つはあるだろう。
あまりうるさいことは言いたくないが、飲み会における不変の真理。
『飲ませて良いのは飲まされる覚悟のあるやつだけだ』ということだけは叩き込んでやろう。
新しくできた友の為に……例え俺も死ぬことになっても。
『サブレ・レクイエム』の始まりだ。
俺はグラスを持って立ち上がり、カズヤと肩を組む。
「かずや♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
突然、狂気の刃が自分に向かったことに驚くカズヤ。
安全なところから石を投げていたつもりか?
戦場で油断し、鎧を脱ぎ捨て剣を振るうとはふざけた男だ。
「俺?俺、飲ませる側だからさ!」
「かずや♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
「いや、そういうキャラじゃ無いし!」
「かずや♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
「話を聞け!クソガァ!」
観念して目の前のグラスを空にするカズヤ。
む?
よく見ると、グラスは空じゃない。
5ミリくらい、底に酒が残っている。
ちょい残しだな。
大罪だ。
カズヤのグラスを指差し、
「ちょい残し♪」
「ん?」
「ちょい残し♪」
カズヤのグラスに酒を注ぐ。
「まて」
「ちょい残しは♪」
「チョモランマ♪」
「おい、多いって!」
「大丈夫。俺もチョモランマだ!」
表面張力で揺れる俺のグラスをカズヤに見せつける。
すると、安全地帯から人を煽り続けるカズヤに恨みを持つ亡霊達が、一人、また一人と起き上がり、囁いた。
「ちょい残し♪」
「ちょい残し♪」
「ちょい残しは♪」
「チョモランマ♪」
夜の高田馬場に響く亡者の歌声から逃れる術はなく、
一杯、また一杯と空いていくカズヤのグラス。
当然俺のグラスもだ。
そして、気がつけば亡者達も同様にグラスを空け、
その中には……小野ちゃんが紛れていた。
どう見てもすでにへべれけの小野ちゃんだが、なぜかレクイエムの中心へと足を進めてくる。
やめろ、こっちに来るな。
腐れ外道は俺が地獄へ連れていく。
だからもういい、休め。休んでくれ……。
亡者の群れに囲まれ、酒を飲む以外のコマンドを封じられた俺は、死地に向かい歩み寄ってくる友人を止められなかった。
誰か……誰か助けてくれ……。
「小野ちゃん大丈夫?」
アフロ先輩が止めてくれた。さすが俺の認める漢。アフロ先輩だ。
「大丈夫でsウオロロロロロロロ!」
大丈夫じゃなかった。
一瞬で人間に戻り、悲鳴をあげる亡霊達。
「ぎゃあああああああ」
「バケツ持ってこい!雑巾も!」
「大丈夫か小野ちゃん!」
汚物を撒き散らした羞恥心からか、単に食道の痛みによる反射か、涙を流す小野ちゃん。
「ガハハハ!俺の後継者が現れたぞ!」
と笑うアフロ先輩。
……これは敵わないな。
と一人で敗北感に打ちひしがれたが、嫌な気持ちではなかった。
こんなかっこいい漢にならば、今のところは負けていても良いだろう。
先ほどまで亡霊だった者たちと一緒にゲロを掃除しながらほくそ笑む。
そこには不快な顔をしている奴が一人もいなかったのが印象的だった。
しかし、
『サブレ・レクイエム』の悲劇はまだ始まったばかりだった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




