"ゲロ"と"外道"と"チョコレゐト"①
四年前、俺は大学生のふりをして日吉大学の新歓に潜り込んだ。
当時十八歳。高校を卒業したばかりで、大学に行く予定なんてもちろんない。
タダで酒が飲めて、大学生の女の子と知り合える。
怖くて一人で新歓に行けない。そんな大学生の友達に誘われて、面白そうだから行っただけだった。
学部を聞かれているのに「文系」と答えるくらい、大学について何も知らなかった。
それでも意外とバレなかった。
十八歳なんだから見た目は新入生と変わらないし、本物の新入生だって入学したばかりなのだから大学のことなんてよく分かっていない。
分からない奴らの集団に紛れた異物など、誰も気にする必要などなかったのだ。
そこで真帆と出会えたのだから、偽物の大学生を試みたこと自体には価値があったのだろう。
あれから四年。
二十二歳になった俺は髪を黒く戻した。左耳のピアスは三つとも残している。
入学式の朝、スーツを着てリビングへ降りると、新聞を読んでいた親父が俺を見た。
「新歓荒らしに来たカスみたいだな」
「今日から学生なんだが」
「四年前も似たような格好で日吉に行ったんじゃなかったか?」
「ふっ舐めるなよ。今回は学生証があるからな!」
胸を張る俺を親父が鼻で笑った。
母さんは「祐介、写真撮ろう!」とスマホを持ってきた。
温度差がすごい。
四年前は偽物の大学生だった。
今度は本物である。
◇◇◇
正式に一般入試の合格通知をもらい、学費を支払ったはずの俺だが、小・中・高と真面目に積み重ねてきた人間に向けた授業には全くついていけなかった。
それもそうだろう。受験で使った国語・英語・日本史以外に関しては小学校時代の知識も怪しいし、得意の教科たちさえ試験で点を取るためだけに仕入れた知識で問題を解いていただけだ。
大丈夫。どうにかなるさ。2年の勉強で高田大学に入るより、単位の取得が難しいわけがなかろう。そう思えば自信も湧いてくる。
そんなことより、本物の大学生になったらやりたかったことがある。
サークル活動だ。
高田大学には千を超えるサークルがあるらしい。
テニスだけでも五十以上。
何がそんなに違うのか分からない。
分からないので、見に行くことにした。
スポーツ系、イベント系、漫画、アニメ、料理......。
新歓の時期は飯が安かったりタダだったりするので、見るだけなら損はない。
四年前とやっていることが似ている気もしたが、今回は学生証がある。
合法である。
◇
オーランサークル『パピプリオ』の新歓はフットサルからのバーベキューだった。
サッカーはあまり得意ではないのだが、別にみんなガチでやっているわけではないので、ほどほどに走り回って汗をかき、本番はその後のバーベキューだ。
高田大学生にしては派手なメンバーが多い『パピプリオ』にはすぐ馴染めた。
まぁ、酒も飲めるしツラも良い俺が弾かれる道理はなかろう。
「お前何吸ってんの?」
「マルメラ」
「シャバいな」
「お前は?」
「セッター」
「重くね?」
「サブレくんは?」
「俺はタバコは吸わないです」
「おお!意外だねえ」
「これ食ってます」
「何これ」
「ハイチュウじゃん」
「えー!サブレくん可愛いー」
「いりますか?」
「ちょうだーい」
……。
「サブレ、ミキちゃん狙い?可愛いよな」
「ミキちゃん?」
「さっきハイチュウあげてたじゃん」
何人かいるな……。
「あぁ、ミキちゃん先輩って言うんですね。可愛いですね」
「ミキちゃん面食いだから絶対イケるよ、ほら」
ミキちゃん先輩がこっちをチラチラみている。
「光栄ですね。そしたらあとで声かけさせていただきますね」
「ヒュー!上手くいったら教えろよ!」
「わかりました!」
「まあ飲め飲め」
「ありがとうございます。先輩にもお注ぎします」
「俺は大丈夫!後でな!」
……。
「サブレさん、ミキちゃん狙いはまずいよ」
「そうなんですか?」
「マサキ先輩がミキちゃん狙ってるって」
「マサキ先輩?」
「なんかヤバい人たちと関わりある先輩」
「?」
「タトゥーとかバチバチに入ってて、普通にやばい人」
「なんでそんな人が高田大学にいるんだ?」
「俺、マサキ先輩と話せるから、なんかあったら言ってな!」
「ああ。ありがとう」
……。
そこで繰り広げられる会話には妙な既視感があった。
タバコの話、女の話、なぜか高田大学にもいるらしい怖い先輩の話......。
なんで偏差値70超えの大学にヤンキーもどきがいるんだよ!
高校時代、地元の仲間達がしていたヤンキーごっこに二十二歳にもなって混ざるのは流石に気が引けてしまった。
ミキちゃん先輩からは後日LINEが来て、一緒に飯に行ったが、マサキ先輩は別に何もしてこなかった。
◇
漫画やアニメのサークル『ジャパンサブカルチャー研究会』にも行った。
普通にチェーン店の居酒屋の大きめの個室にチェックシャツを着た男たちが鮨詰めになっていた。
「サブレ君って本当にアニメ好きなの?」
「めっちゃ好きですよ。漫画の方が好きですが」
「えー!一番好きなの何?」
「四畳半◯話大系です」
「えー!意外ー!」
「姫ちゃん先輩は何が好きなんですか?」
「私はー、テニ◯の王子様!」
「おお!いいですね!俺も好きですよ。ヘカト◯ケイルの門番」
「ちゃんと最後まで読んだんだ!」
「『新』の方はまだ途中までなんですけど、とりあえず鬼先輩が好きです」
「わかるー!」
チェックシャツたちが割り込んできた。
「姫ちゃんは何飲む?」
「えー、カシオレ」
「オッケー!姫ちゃんはいつもカシオレだもんね!」
「こっちで飲もうよ!」
「カラオケしよ!俺、姫ちゃんの『君の◯らない物語』聞きたいな」
……。
どうやら、チェックシャツ集団の中に一人だけ黒無地のシャツを着てきたことが敗因らしい。
どうやら彼らにとって俺は、ピ◯チ姫を攫いに来たク◯パのように見えたようだ。
女子目当てでアニメサークルに入る奴がいるのかは知らないが、もっと効率のいい場所があると思う。
別に姫ちゃん先輩はタイプではなかったのだが……。
まぁ、後日LINEが来ていたので、食事には行ったが。
◇
料理サークル『Cook Fat』では、レンタルルームのようなところでみんなでカレーを作った。
包丁は……研ぎが甘いな。
まあいい。
「今日のカレーの玉ねぎはどんなふうにしますか?」
「微塵切りかな」
「飴色にするタイプのやつでいいですか?」
「そうそう!」
トントントントン
「え!?サブレくん玉ねぎ切るの速っ!」
「ふふふ。仕事でやっていましたので!」
「えー!すごーい!」
いつの間にか女の先輩が集まってきている。
「サブレくん得意料理は?」
「チャーハンです。コンロ次第ですが、『チョモランマ』の味を再現できますよ」
「何それ!『ちょもらんま』ってー」
<ははは!
まだ鍋チンチンのネタを使ってすらいないのに……。
なぜか笑いが起きた。
チョモランマは別にそんな面白いわけじゃないだろう。
まあ、女の子たちが笑っている。
悪い気はしないな。
「はいはーい!喋ってないで手を動かしましょうねー」
「あ、はーい」
「サブレ君、洗い物たまっちゃったんだけど、お願いしていい?」
「もちろんです」
「そんじゃあよろしく」
「私も手伝おうか?」
「あ、アカリちゃんはこっちでタマネギ炒めよっか」
「……はーい」
「サブレ君洗い物一人でできる?」
「バイトしてたみたいだから大丈夫でしょ!サクラちゃんはゆでたまごお願い!」
「……はーい」
ふむ。
俺のツラが良すぎて、長い前髪で顔を隠した雰囲気イケメン風の先輩の自尊心を刺激してしまったようだな。
どうでもいいが、料理をするときくらい、そのウザい前髪をしまえ。
そして、お前の顔がサル顔でブサイクなのは俺のせいではない。
まあいい。
この程度の洗い物……。
秒だな。
チョモランマのキッチンを舐めるなよ。
「ええ!?」
「サブレ君洗い物早い!」
「しかもめっちゃ綺麗!」
「はっはっは。仕事でやっていましたので」
「すごーい!」
「ささ、皆々様。各々の持ち場にてカレーを完成させましょう」
「「はーい」」
先輩たちはちゃんとタマネギを飴色になるまで炒めてくれたようだ。
みんなで作ったカレーは美味しかった。
帰り際に「うちのサークル入る?また来てね!」と誘ってくれた先輩には悪いが、俺が参加して元からそこにいる誰かが気分を悪くするのなら、行かなくて良いだろう。
まぁ、個人的にLINEが来ていた、アカリちゃんと、サクラちゃんと、アカネちゃんとカズミちゃんとは後日食事に行ったがな。
別に新歓荒らしではない。
女性からの連絡を無視するのはマナー違反だろ?
それだけだ。
◇
ピコン
4月の入学式から毎日、多い日には三ヶ所の新歓を梯子して、さまざまなサークルに顔を出したのだが……。
なぜか女性との食事の約束ばかりが増えてしまい、肝心のサークルが決まっていなかった。
オーランも、料理も、オタク系も、テニスも、スキューバダイビングも、登山も、茶道も、温泉旅行も、焚き火も、政治系も、英語劇も……。
どこに行ってもそれなりに楽しいし、仲良くなれはするんだが……。
どうもしっくりこない。
そんなこんなでもう五月だ。
いやぁ、大学生とは難しいものだな。
結局どこに入るか決められないまま、11号館のベンチで途方に暮れていると、なんだか不思議な歌が聴こえてきた。
「テーニス♪テーニス♪」
テニスかー。テニスサークルは二つ見たなあ。
「テーニス♪テーニス♪
初心者歓迎テーニス♪
経験者だって大歓迎♪
ラケットなくてもテーニス♪」
ラケットがないとテニスはできないんじゃないか?
「新入生?テニス興味ない?」
声の方を振り向くと、そこにはアフロヘアーのでかい男が立っていた。
「きみ、テニスはやったことある?」
「あ、中学までやってました」
「お!経験者か!いいね!今日新歓あるから来てよ!」
「まだ新歓やっているんですね」
「そうさ〜♪今日は〜♪新歓日和さ〜♪」
「着替えとかはないのですが」
「俺の〜♪シャツと〜♪パンツを〜♪あげるさ〜♪」
「ありがとうございます!」
うん。
今日は天気もいいし、テニス日和だな。
せっかくのお誘いだし、練習会に参加させてもらおう。
……。
「え!?インターハイとか出てたんですか?」
「おう!シングルスよ!三回戦で負けちまったけど、まあ頑張った方だろう」
「めちゃくちゃ頑張ってるじゃないですか!」
話しているうちに、この毛玉の先輩は、高田の理系に一般で入り、高校ではテニスでインターハイまで行ったと知った。
そして、よく見ると、巨大なアフロの台座となっている顔は驚くほど整っていた。
巨大なアフロで男前……料理研究会のサル先輩とは逆だな……。
しかし、背も高く、知能も高く、テニスも上手く、顔も良いと来たものか……。
俺は昔から、自分より明らかに色々できる奴を相手にすると少し緊張し、目を合わせて話せなくなる小心者だ。
幸いそんな人間はさほど多くないので、目立たない弱点ではあるが、目の前のアフロは簡単にその枠に入り込んできた。
「俺、二年の神谷悠真。みんなアフロって呼ぶからアフロでいいよ」
「佐々木祐介です」
「なんかあだ名ない?」
「地元ではサブレと呼ばれています」
「いいあだ名だな!サブレ!よろしくな!」
この時の俺は、このアフロについて行った結果、自分が植え込みの中で目を覚ますことになるとは知らなかった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




