"新歓荒らし"の功罪④
そのあとしばらくして、酒が回り始めた。
先輩たちの声が大きくなり、誰かがゲームを始める。
俺は『チョモランマ』の飲み会で多少慣れている。
むしろ、さっきより居心地がいい。
「一年生もう一人連れてきたぞー!」
先輩が女の子を一人連れてきた。
「あ、水野真帆です。よろしくお願いします」
さっきまで向こうの卓で、サブレと話していた女だ。
「真帆ちゃん酒飲める?」
「いや、私、今日初めてで……」
「マジ!?初酒じゃん!」
「はい。ちょっとだけなら……」
タイミングが悪い。
「じゃあ山手線ゲームやろうぜ!」
すでにこの卓は、そういう段階へ突入している。
お題に沿った答えを順番に言い、詰まった奴が飲む。
ふと向こうを見る。
サブレがこっちを見ていた。
いや。
俺ではない。
真帆を見ている。
……なるほど。
心配しているらしい。
そして十人ほどで作った輪の順番は、
チャラい先輩。
チンチン女こと石井奈緒。
俺。
水野真帆。
だった。
つまり、俺のところで一度ゲームを切ればいい。
難しいお題なら、真帆まで回る前に俺が負ける。
俺が次のお題を決められるなら、簡単なものを選ぶ。
完璧である。
「じゃあお題、山手線の駅!」
パンパン。
「新宿!」
パンパン。
「渋谷!」
パンパン。
「高田馬場!」
俺の番。
パンパン。
「明大前!」
「タカシ!」
先輩が即座に叫んだ。
「明大前は井の頭線だ!」
「マジか!」
「弱えー!」
「飲め飲めー!」
「くぅー!」
俺はグラスを一気に傾けた。
よし。
予定通りである。
「タカシ弱すぎ!」
好き勝手言っているが、構わない。
これで真帆まで回らなかった。
「タカシ!次のお題!」
「色!」
「簡単すぎだろ!」
「いいんだよ!」
再び手拍子が始まる。
「エメラルドグリーン!」
パンパン。
「青!」
真帆もなんとか乗り越えた。
一周回って次の俺の番が来た。
「青!」
「はいタカシの負けー!」
「青って誰か言った!?」
「むしろなんで一周回って青が残ってると思ったんだよ!」
また笑われた。
よし。
これでいい。
簡単なお題を出して、自分は次の奴がまず思いつかない回答をする。
これなら真帆には簡単な答えが残る。
そのまま俺まで一周してきたら、適当なところでボケて負ければいい。
俺がゲームに弱いと思われる分には、何の問題もない。
『チョモランマ』のホールを舐めるなよ。
とはいえ。
全部を防げるわけではなかった。
俺だって今日が初めての新歓である。
毎回真帆の直前で不自然に負け続ければ、さすがに周囲も気づく。
そして、どう頑張っても守れないお題もある。
「次!日本の硬貨!」
嫌な予感がした。
「一円!」
パンパン。
「五円!」
パンパン。
「十円!」
パンパン。
「五十円!」
パンパン。
「百円!」
俺の番。
「五百円!」
パンパン。
「…………」
水野真帆が泣きそうな顔で俺を見た。
可愛い。
すまん。
千円硬貨の登場は、俺が国家公務員になるまで待ってくれ。
「ないないない!」
「真帆ちゃんアウトー!」
「またー!?」
真帆が笑いながらグラスを口へ運ぶ。
現行の日本円に存在しない硬貨まで作ってやることは、今の俺にはできない。
こういうお題まで毎回俺がわざと間違えるわけにはいかない。
俺だって先輩に目をつけられるのはきつい。
なるべく自然に。
できる限り。
それくらいが限界だった。
結局、真帆も何度か負けて酒を飲んだ。
三回目の敗北を機に、
「ちょっとトイレ行ってきます」
と席を立った。
「いってらっしゃーい!」
その背中を見送り、俺は椅子にもたれた。
「ふぅ……」
疲れた。
自分もゲームに参加しながら、次の女が負けないように回答を調整するというのは、思った以上に頭を使う。
まあ。
一応、義理は果たしたぞ。
しばらくして、真帆がトイレから戻ってくる。
こっちへ戻ってくるのかと思った。
しかし、真帆は俺たちの卓の前をそのまま通り過ぎた。
そして。
サブレのいる卓に座った。
「あれ?」
先輩が振り返る。
「真帆ちゃん、戻ってこないじゃん」
「サブレんとこ行っちゃいましたね」
「せっかくこっち連れてきたのに」
声に、わずかに不満が混じる。
「サブレって、あの金髪の奴?」
「そうです」
「真帆ちゃんと知り合いなの?」
「いや。今日初めて会ったはずですけど」
「マジかよ。……まあ、あいつモテそうだもんな」
少し機嫌が悪そうだ。
俺も向こうを見る。
真帆が何かを話している。
サブレが答える。
真帆が笑う。
「…………」
なんだ。
お前も楽しそうで良かったよ。
「まあまあ、次やりましょうよ」
俺は手を叩いた。
ここで先輩まで不機嫌になられても困る。
「次、何やります?」
「……外来語禁止やる?」
「いいっすね」
すぐに次のゲームが始まる。
俺は一人で新歓に行くのが怖くて、サブレについてきてもらったはずなのに。
気づけばサブレがいなくても、普通にこの卓で笑っていた。
これなら。
俺の大学生活も、なんとかなりそうである。
――そう思っていたところで、問題が起きた。
「おい!サブレっていったか?」
さっき真帆が戻ってこなかったことを少し気にしていた先輩が、グラスを持って立ち上がる。
「お前だけあっちで女の子としっぽり飲んでんじゃねえよ!」
「そうだそうだ!」
「こっち来い!」
数人の先輩が、サブレのいる卓へ向かった。
あ。
まずい。
サブレにそんな変な絡み方したら……。
「お前飲めるんだろ?」
「まあ、それなりには」
「じゃあ飲め!」
「はっはっは!お供しますよ先輩!」
サブレが飲む。
「もう一杯!」
……。
おかしい。
普段のサブレなら、一方的にやられる男ではない。
『チョモランマ』の飲み会でも、飲まされたら飲ませ返すし、絡まれれば相手も巻き込む。
しかし今日は、妙に素直だった。
俺は少し離れたところから、その様子を眺める。
たぶん。
俺がこれからこのサークルでやっていくことを考えているのだろう。
ここで俺の連れてきた友達が三年の先輩と揉めれば、困るのは俺である。
そのくらいのことはサブレにも分かる。
分かる男なのだ。
チンチンの話をしながらチャーハンを作るくせに。
「サブレもう一杯!」
「……おう!」
しばらくすると、返事から妙な喋り方が消えた。
これはまずい。
「サブレ大丈夫か?」
「余裕っす……」
余裕ではない。
目が据わっている。
そして。
ついに限界が来た。
「そういやサブレって何学部?」
誰かが聞いた。
「…………」
サブレが黙る。
まずい。
「何学部?」
「……俺?」
「そうそう」
「俺は……」
やめろ。
サブレ。
今のお前に、その質問は難しい。
「……キッチン」
「え?」
「キッチンで……チャーハン作ってる……」
「学部聞いてんだけど」
「学部……?」
サブレがしばらく考えた。
「俺、大学生じゃないぞ」
「…………」
一瞬。
その場だけ、妙に静かになった。
「は?」
「俺は……チョモランマの……キッチン……」
「チョモランマ?」
「俺のバイト先です」
反射的に答えてしまった。
全員が俺を見る。
あ。
「え、こいつ大学生じゃないの?」
「違います」
「じゃあ何してんの?」
「フリーターです」
「…………」
終わった。
「お前、新歓荒らしじゃねえか!」
「新歓荒らし……」
泥酔したサブレが、ゆっくり顔を上げた。
「そういう名前だったか……」
「知ってんじゃねえか!」
「真帆ちゃん!こいつ大学生じゃないぞ!」
「さっき言ってましたね」
「知ってんの!?」
真帆が笑った。
「知ってたら言ってくれないと」
「すみません」
「いや、謝って欲しいわけじゃなくて」
笑ってる真帆ちゃんを先輩が責め出した。
「先輩……ちょっと手を出してください」
サブレ、お前まさか……。
「こうか?」
「ありがとうございま……オロロロロロロロ」
「ぎゃああああああああああああああああああ」
「ふぅ。すっきりした」
「すっきりじゃねええええ!」
「先輩。細かいことは気にするな」
「細かくねーよおおおおお!」
やりやがった。
こいつ……やりやがった!!!
他の一年生と一緒に避難する真帆ちゃん。
そのままぶっ倒れるサブレ。
発狂する先輩。
俺は笑えなかった。
なぜなら。
こいつを連れてきたのは、俺だからである。
◇◇◇
結論から言えば。
俺の大学生活は、なんとかなった。
あの日、サブレが勝手にチャーハンを作り始めたおかげで同期とはだいぶ仲良くなり、そのまま軽音サークルにも入会した。
何人かの先輩とも仲良くなった。
だから、サブレを連れていったこと自体は、正解だったのだと思う。
ただし。
新歓荒らしを連れてきた奴。
その肩書きのおかげで、チャラい三年の先輩たちからは干されてしまった。
まあ。
同期とは仲良くなれたし、友達ゼロよりはマシである。
こうして俺の大学生活は、ようやく始まった。
――ちなみに。
俺を救うためについてきたはずのサブレは、この新歓で彼女を作った。
なんでだよ。
そんな俺は、後に別の大学のインカレサークルへ入会することになるのだが……その話は別の機会にとっておこう。
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