"新歓荒らし"の功罪③
初めての新歓。
多少の緊張を抱えながら店に入った俺を待っていたのは、想像していたよりもずっと雑多な人間たちだった。
口にピアスが開いている奴。
暖かい季節なのにモコモコした服を着ている奴。
長袖の上に半袖が縫い付けてある、どういう構造なのかよく分からない服を着ている奴。
なるほど。
音楽は、服装という垣根も軽々と飛び越えるらしい。
隣を見る。
金髪に黒メッシュ。
左耳に三連リングピアス。
無駄に男前。
「…………」
大丈夫だ。
この中なら、こいつも普通の大学生に見える。
受付を済ませ、新入生は適当な卓へ振り分けられた。
俺とサブレは隣同士に座る。
問題はサブレである。
大学名も学部も存在しないこの男が、どこまで大学生のふりをできるのか。
少し心配していたのだが、
「俺、最近チャーハンが上手くなってな」
大学の話を一切しないという力技で乗り切るつもりらしい。
「チャーハン?」
「うむ。まずな、中華鍋をチンチンに熱するんだ」
「チンチンって!」
向かいに座っていた女の子が吹き出した。
サブレが不思議そうな顔をする。
「東海や北陸では熱々のことをチンチンと言うのだが、俺は何か変なことを言ったか?」
「いや……別に……」
女の子が少し顔を赤くして目を逸らした。
絶対分かって言ってるだろ。
「それで?」
「うむ」
サブレが立ち上がった。
「チンチンになった鍋に油を入れて、全体に馴染ませる」
何も持っていない左手で、器用に中華鍋を回す。
「そこに卵をぶち込んで、すかさず米をぶち込む」
ジュワッ。
ドンッ。
自分で効果音までつけた。
「ここからはスピード勝負だ。おたまで米を潰しながら、ガッとひっくり返して、ガシャガシャっと混ぜる」
「おおー!」
なぜか歓声が上がった。
なんだこれ。
こいつは何も持っていない。
「業務用コンロにしか出せない最大火力によるチンチンの鍋で、米を卵と油で包むんだ」
「またチンチンって言った!」
「鍋がチンチンなのだから仕方あるまい」
「熱々でいいじゃん!」
「しかし、熱いチンチンの方が良くないか?」
「なんの話してんの!?」
卓が笑いに包まれた。
「チャーハンの話だが?」
「絶対違うでしょ!」
サブレは至って真面目な顔で、再び架空の中華鍋を振る。
……。
こいつはチャーハンの話をしているのか、チンチンの話をしているのかどっちなんだ!?
というか。
一人でチャーハンの鍋を振ってないで、そろそろ俺にも話を振ってくれ。
俺は一人で新歓に来るのが怖いから、わざわざこいつを連れてきたのである。
なのに、サブレは完全に馴染んでいる。
俺はその横で、チャーハン講習会を眺めているだけだ。
そんな俺の視線に気づいたのか、サブレがこちらを向いた。
「タカシ」
来た。
「両手を出せ」
「こうか?」
皿でも受け取るように両手を差し出す。
サブレが架空の中華鍋を大きく振った。
「ほいっ!」
「あちっ!」
反射的に手を引っ込める。
「俺のチャーハンをこぼしたな!?」
「知らねえよ!」
卓がどっと笑った。
「なに今の!」
「こいつ、バイト中ずっとこんな感じなんだよ」
「タカシ君も同じところで働いてるの?」
「うん。俺はホールだけどね」
「じゃあ料理はしないんだ?」
「しない。サブレがたまに試作品食わせてくるくらい」
「いいな。美味しそう」
「この前チャーハン食わせてもらった」
「美味しかった?」
「美味かったよ」
「へえ」
「本人に言ったら三日くらい同じの出された」
「褒めすぎたんだ」
「犬と一緒なんだよ、あいつ」
あれ。
普通に喋れている。
一度笑いが起きてしまえば、次からは俺にも自然と話が振られた。
話しかけられれば普通に話せる。
話してしまえば、俺だってそこまで口下手ではない。
「そういえば今日も、キッチンの先輩にシフト代わってもらってるんだよ」
「今日バイトだったの?」
「俺じゃなくてサブレがね。俺が一人で新歓行くの怖いって言ったら、こいつが――」
隣を見る。
「…………」
いない。
いつからいない?
店内を見回す。
いた。
二つほど離れた卓。
知らない新入生たちに混ざって、普通に笑っている。
……自由だな、あいつ。
俺を助けるためについてきたんじゃなかったのか。
いや。
よく考えたら、連れてきたのは俺の方だった。
サブレは俺に頼まれて、わざわざシフトまで代わってもらってついてきただけである。
そして俺は今、普通に知らない奴らと喋っている。
「それで、サブレ君がどうしたの?」
「ああ。シフト代わってもらう時に、俺のことを勝手に童貞扱いしやがってさ」
「童貞なの?」
「やっさんも同じことをサブレに質問してたな」
「やっさん?」
「キッチンの先輩」
「そんで?」
「『見ての通りです』って」
「ははは!なにそれ!」
サブレのチンチンネタを喜んで聞いていた石井奈緒が笑う。
あいつとやっさんのネタはどこに行っても使える。
「俺って『見ての通り』なの?」
「知らないよそんなの!」
また笑われた。
くそ。
サブレの奴。
本人がいなくなっても、まだ俺を助けているのが腹立たしい。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




