"新歓荒らし"の功罪②
このバカと春休み中ずっと顔を合わせていた俺は、大学入学前にやっておくべき大事な準備を一つ忘れていた。
「春から日吉大生グループ」に入っていなかったのである。
今の時代、合格発表が終わる頃には、どこかの行動力に溢れた陽キャが新入生用のSNSグループを作っている。
そこで学部や第二外国語の話をし、気の合いそうな奴を見つけ、入学式が近づけば、
『入学式一緒に行く人いませんか?』
『終わったあと昼食べよ!』
などと話が進む。
大学で初めて会う頃には、初対面ではあるけれど完全な初対面ではないという便利な人間関係が出来上がっているのである。
俺は、それを丸ごとやっていなかった。
「タカシ、東海や北陸では熱々の鍋をチンチンと言うらしいぞ」
「今その話してる場合じゃねえんだよ」
「どうした?」
「俺、大学に、……友達がいねえ」
「まだ入学してないんだから当たり前なのでは?」
「そういう話じゃねえんだよ」
大学生活には金がかかる。
ならば今のうちに稼いでおこう。
その判断自体は、別に間違っていなかったと思う。
問題は、金を稼ぐことに夢中になっている間に、俺以外の新入生たちが友達まで稼いでいたことである。
完全に出遅れた。
今さらSNSのグループに入ったところで、すでに会話の流れがある。
すでに仲のいい奴らがいる。
そこへ突然、
『初めまして!鈴木隆史です!経済学部です!よろしくお願いします!』
と飛び込んでいく。
……。
無理だろ。
このバカがあまりにもバカで、出会って数日で当然のように俺の懐へ入り込んできたせいですっかり忘れていたが、俺は元来、人見知りである。
人と話せないわけではない。
話しかけられれば普通に話せるし、仲良くなってしまえばそれなりに喋る。
ただし、仲良くなるまでが苦手なのだ。
すでに出来上がっているグループへ自分から入っていくなど、俺にとっては将棋で言えば飛車角落ちどころの話ではない。
盤面に俺の駒だけ置かれていない。
戦いようがない。
大学に入れば、サークルに入って、友達ができて、飲み会に行って、彼女なんかもできるかもしれない。
そんな漠然とした大学生活を想像していた。
現実。
入学式前。
友達、ゼロ。
どうやら俺は、華々しい大学生活の第一歩を踏み出すより先に、
ぼっちになってしまったらしい。
◇
これはまずい。
せめてサークルに入り、そこで友達を作らなければならない。
問題は、一人で新歓に行くのが怖いことだ。
誰か一人、一緒に行ってくれる奴がいればいい。
「…………」
サブレがいるじゃないか。
大学生ではない。
ただ、見た目は大学生と大して変わらない。
大学なんていろんな奴がいる。
ちょっとチャラい顔したフリーターが一人混ざったところで、誰も気づかないだろう。
よし。
サブレを連れていこう。
あとは、どのサークルに行くかだ。
将棋はもういい。
せっかく大学に入ったのだから、何か新しいことをやってみたい。
そんなことを考えながらキャンパスを歩いていると、ギターの音が聞こえてきた。
軽音サークルらしい。
「一年生?」
「はい」
「軽音興味ある?」
「楽器やったことないです」
「全然大丈夫。大学から始める奴も多いよ」
渡されたチラシには、明後日の夜に新入生歓迎会があると書かれていた。
「よかったら来てよ。友達連れてきてもいいから」
「ありがとうございます」
軽音か。
悪くない。
高校まで将棋部だった俺が、大学から楽器を始める。
なんとなく大学生っぽい。
まずは明後日、サブレを連れて新歓へ行ってみよう。
◇
「サブレ頼む……新歓についてきてくれないか?」
「新歓とはなんだ?」
「新入生歓迎会。タダで飯食えて酒飲めるんだけど、俺一人で行くの怖くてさ」
「俺は大学生ではないのだが?」
「見た目じゃ分かんないって!バレないバレない!」
「お願いか?」
「お願い!」
「仕方あるまい」
サブレはあっさり了承した。
問題は、明後日サブレにバイトが入っていることだった。
「やっさん、明後日のシフト代わってもらえませんか?」
サブレが仕込み中の先輩に声をかける。
「なんで?」
「タカシを救わねばならんのです」
「何から?」
「童貞からです」
「おい」
やっさんが包丁を止めた。
「こいつ童貞なの?」
「見ての通りです」
「……なるほど」
「この童貞は、一人で新歓に行くこともできず、俺に同行を求めてきました。このままでは一生童貞の可能性もあります」
「お前、俺をなんだと思ってんだよ」
「それはまずいな」
「ええ。俺もそう思います」
「分かった。代わってやるよ」
「ありがとうございます。恩に着ます」
「頑張れよ、タカシ」
「何をですか」
やっさんは答えず、俺の肩を二度叩いた。
なんだこれ。
俺はただ、一人で新歓に行くのが怖いから友達についてきてほしいと頼んだだけである。
いつの間にか、二人の中では俺の人生を左右する一大救済イベントになっていた。
まあ。
バイトまで代わって来てくれるのは、普通にありがたい。
「……ありがとな、サブレ」
「気にするな。友の危機を見過ごすのは紳士ではない」
「……ありがとな」
こうして俺は、大学生ですらない男を連れて、軽音サークルの新歓へ行くことになった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




