"新歓荒らし"の功罪①
俺の名前は、鈴木隆史。
日吉大学経済学部の一年生である。
顔は、まあ悪くない。
自分から「俺、顔には自信あるんだよね」と言い出したら周囲が反応に困る程度には普通だが、「俺ってブサイクだからさ」と自虐したら、それはそれで嫌味だと思われる程度には整っている。
運動もそこそこできる。
中学三年間、クラスで一番足が速かったわけではないが、体育祭になると毎年なんとなくリレーの選手には選ばれていた。
高校では将棋部だった。
別にプロを目指していたわけではない。ただ、部活という天才になれなかった者達の戦場においてはそれなりに強かった。
将棋がそこそこ強くて頭が悪いって話はあまり聞かない。
授業を聞いて、試験前には勉強して、受験期には受験生らしく机に向かっていたら、偏差値70を超える日吉大学の経済学部に受かった。
つまり俺は、顔も悪くない。運動もそこそこできる。勉強もそこそこできる。
こうして並べると随分と嫌な奴に見えるが、実際にはどれも「そこそこ」でしかない。
そんな俺が、日吉大学への入学を控えた三月。
大学生活というものには、どうやら金がかかるらしい。
服も買わなきゃいけないし、サークルに入れば何かしら機材も必要になるだろう。
新歓期の飲み会は、新入生は無料ってことも多いらしいが、それも五月までだ。
今時は割り勘が普通。
なんて声もあるが、初デートくらいは漢気を見せたい。
何にいくら必要なのかはまだ分からなかったが、大学生になった先輩たちは口を揃えて「金がない」と言っていた。
ならば、暇なうちに稼いでおけばいい。
俺は入学式までの一ヶ月間、馬鹿みたいにシフトを入れた。
働き始めたのは、駅前にある海鮮居酒屋。
名前を、
『チョモランマ』
といった。
海鮮要素はどこにあるのだろう。
そんな適当な疑問を抱きながら応募した店で、俺はヤツと出会った。
「タカシ、見ろ」
「なに?」
「どうだ?俺のチャーハンの腕前は?」
キッチンから中華鍋を振る音がする。
ガコン、ガコン、と二度ほど鍋が揺れて、米が宙を舞った。
「お前、いつから働いてんだっけ?」
「一週間前」
「俺とほぼ同期じゃねえか」
「才能かな」
高校卒業と同時に福島の田舎から上京してきたコイツはキッチンのサブレ。
金髪に黒のメッシュを入れて、左耳にピアスをじゃらじゃらつけている。
なんか、ごく◯んに出てくる感じのチャラい男。
当時は黒髪に金色のメッシュを入れるような髪型が流行っていたので、初めて見た時に、
「普通、逆じゃね?」
と聞いた。
「普通色に染まる俺だと思うなよ?」
変わった髪色に、変な喋り方。
しかし、似合っているのが腹立たしい。
「タカシ」
「ん?」
「『うんこ』と『うんち』の違いを知ってるか?」
「チャーハン作りながらする話じゃねえだろ」
「じゃあチンチンの話にする?」
「もっと駄目だよ」
だいたい、こんな奴だった。
仕事を覚えるのは早い。
運動神経もいい。
話してみると頭の回転も悪くない。
それなのに口を開けば、うんことチンチンの話ばかりしている。
普通なら、ただの馬鹿である。
しかし世の中というものは、あまり公平にはできていない。
サブレは、顔がよかった。
金髪に黒いメッシュなどという意味の分からない髪型をして、チャーハンを作りながらうんこの話をしている。
それでも、無駄に整った顔が全てを肯定していた。
なんなら、馬鹿なことを言って笑っているだけで、人懐っこい奴にすら見える。
顔というものは恐ろしい。
だから、会って一週間もしないうちに思った。
こいつは絶対にモテるんだろうな。
そして実際、その予想は正しかった。
「じゃあ昨日はどこで寝たの?」
「真希の家だな」
「彼女?」
「いや」
「じゃあ誰?」
「友達だ。たまたま駅前で酔っ払って寝てるところに水をあげたら仲良くなった」
「そんで、今日はどこで寝るの?」
「千尋の家だな」
「彼女?」
「いや」
「じゃあ誰?」
「友達だ。目の前で定期を落としたから拾って渡したら仲良くなった」
「……?」
東京には一応、家賃が馬鹿みたいに安い事故物件を借りているらしい。
ただ、ほとんど帰らず、泊めてくれる友人の家を転々としている。
そのほとんどが、東京に出てきてからさまざまな偶然によって知り合った人だというから驚きだ。
俺は高校まで将棋部だった。
女子とまったく話さなかったわけではないし、彼女ができたこともある。
それなりに普通の人生を過ごしてきたつもりである。
だからこそ分かる。
これは普通ではない。
「お前、ホストとかやればいいんじゃね?」
「あー。体入なら行ったことあるな」
「あるのかよ」
「なかなか楽しかったぞ」
「じゃあなんでやらなかったの?」
「なんか途中で親の顔が浮かんでな」
サブレはチャーハンを炒めながら言った。
「女から金を巻き上げて生活すんのは、佐々木家の家訓に反するからなあ」
「……女の家を渡り歩くのはいいの?」
「女の家を渡り歩くことを禁止する家訓は無いな」
「何が違うんだよ」
「彼女はいらないとは言ってるし、そういうつもりもないとも最初に伝えてる。その上で泊めてくれるんだから、俺に罪はないだろう」
「…………」
どうやら、こいつの中にはこいつなりの線引きがあるらしい。
その線が世間一般と同じ場所に引かれているかどうかは、かなり怪しかった。
「タカシ」
「なに?」
「チャーハン焦げる」
「お前が作ってんだろ」
「あ、俺か」
こいつはモテる。
そして、たぶん馬鹿だ。
この時の俺は、サブレという男をだいたいそんなふうに理解していた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




