スラ◯ムにマダ◯テはどう思う?⑥
残念なことに、これで全部解決したわけではない。
喧嘩については多少酌量された。
問題は喫煙所だった。
こっちに関して俺はとんだとばっちりだが、事実を並べられるとその場にいた時点でアウトだ。
もはやそこは、俺がタバコを吸う吸わないは関係なかった。
俺と高橋は無期停学。
マサシと、高橋と一緒にいた雑魚二人は一週間の停学。
私物が喫煙所で見つかった奴らは証拠不十分で釈放。
タカは何もしていない。
公共の喫煙所を一つ失った程度のダメージだった。
ふっ。
貴様ら。
停学なんて、家でゲームでもしながら学校が始まるのを待っていればいい。
そう思うだろ?
違うんだよ。
それだと出席日数が足りなくなる。
出席日数が足りないと何が起こるか知ってるか?
そう。
留年だ。
しかし、学校としては、停学になるようなバカを長々と居座らせたいという意思があるわけがない。
なので、毎月停学者が何人か出るようなうちの高校には、バカを停学にする際のノウハウが蓄積していた。
バカを収容する施設として『謹慎部屋』というものが存在したのだ。
停学になった生徒は、そこへ入れられる。
そして、その謹慎部屋には本当に鉄格子がついていた。
ハゲ親父め。
嘘をついたな。
俺は未成年だけど檻に入れられたぞ。
話が違うじゃないか。
……まあいい。
この間の借りはこれでチャラだ。
続けよう。
停学中は毎日始発で学校へ行く。
他の生徒が登校するよりも早く謹慎部屋に入り、部活をやっている奴らまで全員帰ったあとに学校を出る。
ケータイも取り上げられる。
友達と連絡を取るのも禁止。
外部との接触はなるべく避けろということらしい。
もちろん、そんなものは適当に誤魔化せる。
学校を出てから田中やタカと会えばいいし、奴らもそのつもりだったみたいだ。
別の携帯を用意することだってできる。
でも、やらなかった。
親父がハゲ頭を床に擦りつけてまで残してくれた学校だ。
だから俺は律儀にルールを守った。
毎日始発で学校へ行った。
そして自習をした。
……。
自習と言われても、何をすればいいのかわからない。
勉強なんてほとんどしたことがなかったからだ。
仕方がないので大体寝ていた。
起きている時は筋トレをしていた。
囚人のような生活だ。
これも社会勉強といった意味で自習の一種だろう。
それでも先生たちは、俺を強く叱ることはなかった。
タカから聞いたことがある。
謹慎部屋にいる時、先生が変に優しくなる。
実際、その通りだった。
いつも寝ている生徒たち相手に独り言を言っていた尾形は、本を貸してくれた。
暇さえあれば俺の謹慎部屋に現れては
「どこまで読んだんだ?」
「次はどんな本が読みたいんだ?」
「これなんかお前向きじゃないか?」
などと、やたら絡んできた。
そのせいで、最終的には毎日1冊程度は本を読むようになった。
特に好きだったのは、
インドの象の神様が現れて生活習慣を改善させてくる本
哲学者の老人が生意気な若造に説教を垂れる本
賢いバーバリアンが冒険する本
だった。
おかげで筋トレも昼寝もできず、運動不足の睡眠不足になってしまった。
朝礼で話の長い校長は、これまでこの謹慎部屋を使ってきた中で無期停学を乗り越えてシャバに出たやつは多くないから頑張れと笑っていた。
確かに、この檻に入って無事に出られる胆力のあるやつはそういないと思う。
朝から晩までほぼ一人。
俺みたいに素行の良いやつでなければ、先生たちもこんなに遊びには来ないだろう。
それだけじゃない。
校長の話によると、素行の悪いやつはケータイを隠れて持ち込んだり、謹慎部屋でタバコを吸ったりして、強制退場もよくあるらしい。
俺をそんなバカどもと一緒にするな。
一年生の時にやたらと部活を勧めてきた体育教師の大江は、妻との初体験について赤裸々に教えてくれた。
体育教師のくせに身振り手振りでしょーもない話をしてくるから、俺も負けじととっておきのエロ話をたっぷりしてやった。
もちろん、寸劇混じりだ。
確かにタカの言う通り、謹慎部屋では教師が優しくなるみたいだ。
でも、三ヶ月一緒に過ごしていて思った。
優しくなったというのとは、少し違う。
なんだろう。
先生というより、普通のおっさんになった感じだった。
普通に好きなモノの話をする。
普通に雑な言葉を使う。
普通に猥談を楽しむ。
そこで初めて気づいた。
あぁ。
こいつらは『先生』という生き物じゃなかったのか。
先生という役をやっている、一人の人間だったんだな。
考えてみれば、みんなそうなのかもしれない。
家ではただのハゲ親父、会社に行けばセンター長、学校に来る時はバカの保護者だ。
俺だって高校生のサブレでもあり、息子の祐介でもある。
人間は役を使い分ける生き物なんだ。
なんて、本を読みすぎてバカになってしまったみたいだ。
要は、いろんな自分がいるということだ。
誰かにとっては良いやつでも誰かにとっては悪いやつになる。
それは、人格だけじゃない。
行動一つ一つがそうなっているんだ。
俺から見るタカと、高橋から見えてるタカは全く違う生き物のはずだ。
ふむ。
そんなわけで、檻の中は意外と退屈しなかった。
結局、無期停学が解けたのは三ヶ月後だった。
俺の夏休みは、ほとんど停学で終わった。
ちなみに、もう一人の無期停学野郎である高橋は、そのまま高校を辞めたらしい。
校長の言った通りになった。
無期停学になった奴は、基本的にそのまま学校を辞める。
むしろ三ヶ月檻に入ったあと、何食わぬ顔で教室に復帰する奴の方が珍しい。
ふむ。
俺は珍しい生き物だったらしい。
謹慎が明けて、教室に戻ると、
「お!来たな無期停野郎!」
と言いながらバカたちは笑っていた。
クラスの女子たちは
「サブレ!ハイチュウちょうだい!」
とか言いながら群がってきた。
マサシは相変わらず菓子パンを食っていた。
その日は俺に一本だけ分けてくれた。
元気そうで何よりだ。
余談だが、俺が律儀に学校のルールを守っている間に、当時付き合っていた彼女は別の男を作っていた。
……まあいい。
それは別の話だ。
◇
「サブレ?」
小野ちゃんの声が聞こえた。
意識が現在に戻る。
小野ちゃんが少し心配そうな顔で俺を見ている。
可愛い。
「おお!ちょっとボケッとしていたみたいだ」
「めっちゃボケッとしてたよ」
「それは失礼なことをしてしまったな」
「困りものだよ」
「して、どうした小野ちゃん?」
「サブレって喧嘩とかしたことある?」
「まぁ、それなりに」
……。
やっぱり顔が腫れている。
見間違いじゃないようだ。
まぁ、一旦昔を思い出して頭が冷えたみたいだ。
小野ちゃんは喧嘩を教えて欲しいらしい。
やめておけ。
小野ちゃんが勝てそうな男なんてマサシくらいだ。
一日三食食ってるだけの高橋にすら負けるだろう。
かといって俺がでしゃばるとロクなことにはならん。
一応軽く教えたが……。
ふむ。
これではマサシにも負けそうだ。
流れで聞いてみる。
「誰か殴りたい奴がいるのか?」
「今はいないよ」
「誰かに殴られたことがあるのか?」
「別にないよ」
ふむ。
小野ちゃんが無いというのであれば、無いのだろう。
俺は俺の中で暴れ回りそうになっている『俺の中の小野ちゃん』を黙らせた。
「でも、殴られたら殴り返したい」
「そうか。拳は人類最古の武器だからな」
「力を握るんだよね」
「そうだ。しかし、現代で最古の武器を使う必要はない」
「!?」
「殴りたかったら、これを使え」
俺は持っていた虫刺されの薬の瓶を渡した。
「これは簡単には割れないし、当たった時のダメージがでかいが、大怪我をさせるほどではない」
「なるほど」
「持ち運んでいても職質されないし、小さな拳でも握り込むだけで硬くなる」
「すぐれものだね」
「さらに、こいつが目に入るとめちゃくちゃ痛い」
「帰りに薬局で買う!」
「ふっ。これを託す。俺の力を込めておいた」
「ありがとう!」
「だが、過ぎた力は災いを生む。手痛い反撃を喰らう恐れもある」
「そうだね」
「使う時は俺でもアフロ先輩でも、頼れる奴がいる時にしてくれ」
「人前で女を殴るような胆力がある奴に殴り返そうとは思わないよ」
「まぁ、最悪の場合の安全を確保してから反撃してくれ」
「わかった」
「ところで小野ちゃん」
「ん?」
「あぁ。スラ◯ムにマダ◯テはどう思う?」
「それはオーバーキルもいいところだね」
「そうだよな」
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




