スラ◯ムにマダ◯テはどう思う?⑤
そこからの話は早かった。
うちの高校では、ただの喧嘩ならそこまで珍しい話ではない。
渡り廊下で先輩を殴った挙句、「身に降る火の粉を払っただけだ」とか言ってるバカが、校庭の隅で六人の先輩に囲まれてボコボコにされる話なんてのも珍しくない。
盗んだバイクで走り出す奴もいれば、夜の校舎に忍び込んで窓ガラスを割って回った奴もいるらしい。
……とにかく。
突っ張ることが男の勲章だと、本気で思ってる奴らの多い学校だったんだ。
だが、教室と廊下が血の海になり、窓ガラスまで割れた上に、犯人が逃げずにいるような事件は珍しかった。
そういうことをしでかすバカは、大体一年生のうちに学校を辞めるからだ。
どうやら俺は、そいつらよりもバカだったらしい。
しかも今回は血の海だけではない。
窓ガラスは割れた。
喫煙所の扉も壊れた。
そして何より、学校側に存在を黙認されていたわけではない俺たちの共有施設、『喫煙所』の存在までバレてしまった。
当然、中に置いてあった漫画やゲーム、灰皿代わりの空き缶なんかも全部見つかった。
えらい騒ぎになった。
ニュースにはならなかったが、喫煙所に置いてある私物が見つかった奴らも呼び出されていた。
俺と高橋は教師に連行され、マサシと取り巻き二人も別々に話を聞かれた。
田中とタカはその日何もしていない。
本当に何もしていない。
念のためもう一度言っておく。
タカは本当に何もしなかった。
その後、何度か事情聴取のようなものを受けた。
そして数日後。
俺は両親と一緒に、校長室にいた。
退学か。
無期停学か。
どうやらそのどちらかになるらしい。
正直、俺はどっちでもよかった。
別に学校なんてやめてもよかった。
一年の時に仲の良かった奴らは大体辞めていたし、そもそも勉強は嫌いだった。
別に大学へ行くつもりもないし、学歴なんてものは何の役に立つのかもよくわからん。
とはいえだ。
タカですら高校くらいは卒業しておきたいと言いながらまだ通っているわけだから、やはり卒業はした方が良いのだろうな。
だが、その程度の感覚だ。
校長が今回の事件についてまとめられた調査書を読み上げている。
マサシがブスと交際していたこと。
高橋がブスと性交渉があったこと。
動画を撮影したこと。
それを学校で同級生に見せようとしたこと。
マサシが高橋に殴りかかったこと。
高橋がマサシをボコボコにしたこと。
雑魚二人がマサシを止めようとしたこと。
俺も二人を止めようとしたこと。
止めようとしていたにも関わらず、俺が途中から喧嘩に参加したこと。
高橋が負傷したこと。
窓ガラスが割れたこと。
喫煙所が発見されたこと。
その他いろいろ。
校長は淡々と事象を語る。
感情は語らない。
マサシがどう思ったとか、高橋とブスの間に合意があったかとか、とにかく、本件と関わりの無い情報は一切遮断されている。
学校は学校で扱う問題以外に触れないみたいだ。
朝礼で無駄に話が長いだけだと思っていたが、さすが、組織の長まで登り詰めた男。
やる時はやるみたいだ。
だが、最後だけは違った。
ここまで客観的事実をひたすら並べてきたにも関わらず、結論を話す時だけ、
俺の行動は『友人であるマサシを助けるための行動』として記録されていると教えてくれた。
意外だった。
俺自身にそんなつもりは無かったからだ。
俺の中のマサシが勝手に高橋を殴っただけだ。
つまり、俺は俺がスッキリするためにスラ◯ムにマダ◯テを放った結果が今だと思っている。
それは今でも変わらない。
しかしもっと意外だったのは、高橋と一緒にいた二人も似たような証言をしていたことだ。
さっきから校長の話は客観的事実に基づいて話しているらしいし、俺も特に違和感なく聞いていた。
……。
今思い出せば、あの雑魚二人。
最初からずっと高橋とマサシを止めてやがったな。
俺はあのバカ二人よりもバカだったのか。
後で奴らには謝っておかなければいかんな……。
まったく。
そんなわけで、喧嘩の話だけであれば、ある程度情状酌量の余地ありといった判断だ。
俺がどの程度反省しているか。
今後も同じことを繰り返す可能性があるのか。
それによって退学にするか、無期停学にするかが決まる。
そんな話だったと思う。
正直、あまり聞いていなかった。
別に高校なんて辞めてもいい。
そう思っていたからだ。
だが、そこで思わぬことが起きた。
親父が立ち上がった。
何をするのかと思って見ていると、
床に膝をついた。
……。
は?
そのまま親父は禿げた頭を晒しものにしながら、額を地面にぶつけた。
「卒業させてやってください」
……。
何をやっているんだこのハゲは!?
そもそもなんでここにいる!?
仕事はどうした!?
俺の中では、親父が平日の昼間に学校にいること自体がおかしかった。
これまで何度か学校に親が呼び出されることはあった。
だが、いつも来ていたのはお母さんだ。
親父は仕事をする生き物だったからだ。
横を見る。
マサシが好きな俺のお母さんが泣いていた。
そして、そのバカまで親父の隣に座った。
「お願いします」
お母さんまでバカなことをし出した。
何が起こっているんだ。
バカなのか。
いや。
バカなんだろう。
流石に両親が床に頭をつけているのに、俺だけ椅子に座っているわけにもいかない。
俺も床に座った。
まだ髪が生えている頭を下げた。
バカな親子が三人そこにはいた。
……。
結果だけ言えば、喧嘩そのものについてはどうにかなった。
もちろん、俺がやったことが許されたわけではない。
結果はどう考えてもまずい。
血の海だからな。
ただ、校長も担任も、俺が最初から高橋を痛めつける目的で喧嘩を始めたわけではないことは理解してくれていたみたいだ。
友達を助けるためにやったことですから。
結果はまずいですけどね。
よく覚えていないが、大体そんな感じだった。
無関係な俺から飛んでいって高橋に着弾した拳は、俺に関係のないところで勝手に、友達を助けるための行動として処理された。
◇
帰り道。
親父の運転する車の中で、俺は後部座席に座っていた。
お母さんも隣にいる。
しばらく外を眺めていたが、流石に何も言わないわけにはいかない。
「親父、お母さん、ごめん」
「何がだ?」
「俺は親を泣かせるようなことはしないつもりだったんだが……」
「俺は泣いてない。泣いたのは母さんだけだ」
「私も泣いてない」
「なぜくだらない嘘をつく」
「泣いてないわよ」
「俺も泣いてないぞ」
「親父は知らん。俺は見てない」
「なら泣いてない」
「お母さんは見たぞ」
「見間違いよ」
「そうか」
「そうよ」
夫婦でコントを始めやがった。
少し笑っちまった。
「祐介」
「ん?」
「わざとじゃないんだろ」
「うん」
「友達のためだったんだろ」
「わからん」
「なんでだ?」
「頼まれてはいないからな」
「……そうか」
「うん」
「しょーもないやつめ」
「ごめん」
「ちゃんと卒業しろよ。高校」
「流石に親に土下座までさせたら卒業しなきゃな」
「ふっ。頭を下げた甲斐があったな」
「ふふふ」
お母さんが笑った。
親父も笑っている。
「一度やってみたかったんだよな」
「何を?」
「息子のために土下座をする父親」
「何言ってんだよ」
「なかなか父親らしかっただろ」
「知らん」
「まぁ、よかったな」
「何が?」
「未成年で」
「そうなのか」
「成人してたら最善でも檻の中だ」
「それはまずいな」
「だろ」
「ちょっとくらいやんちゃな方が女にモテるとみんなは言うが」
「若い頃はな」
「もう高三だ」
「やんちゃするには育ちすぎたな」
「店じまいだ」
「もうやるなよ」
「わかった」
親父との約束はなるべく守る。
今回の件で、より強くそう思った。
少なくとも、禿頭を他人の見下ろせる位置に下げさせることはもうやらない。
「晩御飯何食べたい?」
お母さんが聞いてきた。
「卵焼き」
「出汁は残ってたかしらね」
「市販のやつでいいよ」
「お父さん、帰りスーパー寄ってくれる?」
「外食するか?」
「焼肉」
「いいわね」
「ちょっといいとこ行くか」
「祐介」
「ん?」
「お前が焼けよ」
「おう」
「親父、お母さん」
「ん?」
「ありがと」
「おう」
俺たちは焼肉を食べに行った。
◇
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




