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しょーもない女②

彼氏ができたことは、リプトンにもすぐ知られた。


私が報告したわけではない。


高田大学生は本当に噂好きが多い。


誰が付き合った付き合ってないみたいな話はすぐに広まるのだ。


「小野ちゃん、彼氏できたってまじ!?」


練習前、カズヤに聞かれた。


「できたけど」


「マジかよ!」


なぜあなたがショックを受けるのだろう。


「どこのやつ?」


「文学部の一年」


「イケメン?」


「普通」


「俺と比べると?」


「あっちかな」


「クソが!」


「カズヤに関係ある?」


「同期の一大ニュースだろ!」


「そうかな」


「そうだよ!」


その隣でサブレが笑っていた。


「ほう。彼氏ができたとは。やるなぁ、小野ちゃん」


「ありがとう」


「良い漢《おとこ》か?」


「それなりに」


「うむ。よかったな!」


……それだけだった。


私もそれだけ返した。


◇


『俺の良いところを見つける天才の真帆』


サブレがいつも話している元カノのエピソードトークだ。


日吉大学の経済学部出身、今はIT系ベンチャーでメディアディレクターをしているとかなんとか。


見た目も、性格も、頭も良くって、誕生日や記念日でも贅沢をしたがらない。


そのくせ、サブレの誕生日になると、張り切って準備し出す。


そして、


『将来性のない顔だけの男とは、これ以上付き合えません』


と言ってサブレを振った女。


その一言がきっかけで、二十歳のフリーターが勉強を始め、高田大学に入ったという。


「サブレはそれを言われて怒らなかったの?」


以前、聞いたことがある。


「まぁ、事実だったからな」


サブレは笑っていた。


「真帆はいい女だった。可愛いし、賢いし、将来のこともちゃんと考えていた」


「すごいね」


「そして、愛があると言って情に流されずに、自分の人生の足を引っ張りそうなダメ男を切る決断力もある。」


「ダメ男ってサブレのこと?」


「あぁ。あの頃の俺はダメだったな」


「今は?」


「ちょっと『良い男』になれたんじゃないかとは思っている」


「そうなんだ」


「真帆のおかげだな」


「振られたのに随分褒めるね」


「それだけ『いい女』だったということだ」


サブレは真帆さんの話をする時、よくそう言った。


頭がいい。


しっかりしている。


自分が馬鹿なことをしても、ちゃんと怒ってくれた。


一緒に住んでいた頃のくだらない話も多かった。


給料日前に二人で安いものばかり食べていたとか、サブレが酔っ払って帰って怒られたとか、真帆さんが大学の課題をやっている横でアニメを見ていたら追い出されたとか。


「可愛かったの?」


と聞けば、


「可愛かったよ」


とは答える。


サブレは自分の顔がいいことを知っている。


謙遜するような性格でもない。


女の顔だって普通に見るし、可愛い女は好きだと公言している。


だから真帆さんも、それなりに可愛い人なのだろうとは思っていた。


ただ、彼女についてサブレが熱心に話すのは、いつも顔以外のことだった。


だから私は、勝手にもう少し普通の人を想像していた。


◇


真帆さんと実際に会ったのは、彼氏とのデートの帰り道だった。


「小野ちゃん?」


聞き慣れたバカの声がした。


振り返る。


サブレだ。


隣に、綺麗な女の人がいる。


「やっぱり、小野ちゃんじゃないか」


いつもみたいにヘラヘラしながら隣の彼を見た。


「彼氏?」


「うん」


「おお。お初にお目にかかります。リプトンのサブレです」


「……どうも」


彼が頭を下げる。


サブレも軽く頭を下げた。


それから隣の女の人を示した。


「元カノの真帆。俺のエピソードトークの大半を占めている女の実物だ」


「どんな紹介よ」


やはり。


「小野朝霞です」


「水野真帆です」


「実在してたんですね」


「えぇ!?」


「フィクションの存在かと思ってました」


「祐介、話盛りがちだもんね」


「はい」


……。


めちゃくちゃ可愛い。


話が違うじゃないか。


いや、何も違ってはいないか。


サブレは一度も、可愛くないとは言っていない。


私が勝手に、話の比重から容姿の程度まで推測していただけである。


黒髪で、化粧もそれほど濃くない。


服装も落ち着いている。


それでも、DNAレベルで顔が良いことがよくわかる。


美咲ちゃんのような、分かりやすく甘い可愛さとは違う。


特に飾らなくても成立する顔だった。


……。


顔もいいのか。


「リプトンの小野ちゃんだよね?」


声も可愛い。


「はい」


「祐介から聞いてる」


祐介?


あぁ、サブレのことか。


「何を?」


「すごく可愛い子がいるって」


「そうなんですか」


この美女相手に何を言ってるんだこいつは。


悪ふざけにも程があるだろ。


話を盛る癖があるのは知っていたが。


勝手にハードルを上げられるこっちの身にもなってみろ。


まったく。


……。


何を言っているんだ。


「それと」


「それと?」


「その可愛い子がアフロにゲロを撒き散らしたって」


本当に何を言ってるんだ!?


……。


…………。


………………。


この話は盛っていない。


私はサブレを見る。


「そんな話したの?」


「そりゃするさ!」


「ゲロの話……フィクションじゃなかったんだ……」


「残念ながら……」


まぁ、こいつはするよな。


私の人生で最も大きな失態は、サブレの持ちネタの1ページに見事刻まれたらしい。


誇っていいのかはわからない。


真帆さんが笑った。


「最近、サークル楽しそうだよね」


「楽しいな」


「今度は合法だしね」


「うむ」


合法……?


よくわからないが、この二人の中では共通の言葉なのだろう。


んー。


この二人は今、付き合っていないんだよな?


別れた後の恋人同士っていうのは、もう少しこう……。


気まずいけど、同じコミュニティ内だからまぁ、仲良くするしかないよな。


みたいな感じとかさ。


どっちかが依存していて、別れているのに都合よく呼び出されて、ぐだぐだしている。


とかさ。


……。


別に思い当たる節があるわけではない。


でも、この二人からはそういういやらしさというか、穢《けが》らわしさみたいなものが感じられない。


普通に仲が良い。


多分、お互いに好き合っているのだろう。


しかし、それが性愛によるものなのかはわからない。


手を繋いだりしているわけではないが、実際に手を繋いでいても、腕を組んでいても、いやらしさなど微塵も醸し出さない気がする。


意味がわからない。


「俺ら飯食って帰るところだ。小野ちゃんたちもか?」


「うん」


「そうか」


サブレが私の隣にいる彼を一度見た。


ほんの一瞬だった。


「さて、デートの邪魔をするのも忍びない。また練習で会おう」


「うん。また」


随分と早いバイバイだ。


普段なら、もう少しくらいくだらない話をしていきそうなものだ。


「じゃあね、小野ちゃん!今度一緒にご飯行こうね」


「はい」


真帆さんと食事か。


この美女は何を食って生きているんだろうか。


……。


後ろ姿ですらお似合いの二人だなぁ。


一瞬こちらを振り返った真帆さんと目があう。


そして、何でもない動作のようにサブレの腕へ自分の腕を絡めた。


サブレは特に気にした様子もなく、そのまま歩いていく。


私は去っていく二人をそのまま眺めていた。


妙に収まりがいい。


……なるほど。


あれが良い女か。


私の脳内における『良い女』という言葉が上書きされていく。


少し雑談をしただけで、その人の性格を見抜けるというほど傲慢ではない。


しかし、真帆さんが良い女だということはリアルに感じた。


……。


あの二人はこの後、セックスでもするのだろうか。


一瞬そう考えたが、多分違う。


いや、もしかしたらするのかもしれない。


ただそれは、どちらかが溺れているような。


依存しあっているような何かではないと思う。


恋人ではない。


他人でもない。


友達? 親友? せふれ?


本をたくさん読んできたけれど、彼らの関係を表すような言葉を私は持ち合わせていなかった。


『誰とでも寝る小野朝霞』を作り上げたのは、高校時代に新しい彼女がいる、そんな元彼の呼び出しに応じ続けた私だ。


私が誰かを好きになったとして、体の関係無しにつながり続けることができるのだろうか。


うう……。


あまり考えたくない。


別れたあとでも、一緒に飯を食う理由がある。


セックスをしなくても、会う理由がある。


抱かれなくても、親しくしていられる。


そんな、名前も無い関係。


少し憧れてしまうな……。


人混みに紛れてそのまま消えて行った二人。


なるほど。


あのバカの横にいても、違和感がないってのはこんな女なんだな。


「小野」


「なに?」


あらら。


ボケっとしていたら、彼氏くんがご機嫌斜めだ。


私の彼氏くん。


特別にかっこよくは……ないな。


チェックシャツは着ていないけれど、首が少しよれていてシワのある服を着ている。


数ヶ月前までは、接触するたびに手汗で滲んでいた指の短い手。


一度、二度、抱いた女は徐々に雑に扱うようになってくる感じ。


それでも、私のことを好きだと言っている。


私も、別に嫌いではない。


夜の街に消えた二人の背中を思い出す。


……。


私には、『これ』だな。


失礼な感想だとは思う。


さすがに、口には出さなかった。






※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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