しょーもない女①
◇10月
大学に入って、初めて彼氏ができた。
相手は同じ文学部の一年生。
名前は……別に良いだろう。
彼氏くんとでも呼んでくれ。
知り合ったのは「サブカルチャー論」の授業だったと思う。
新歓期のチェックシャツゾンビ事件以降、LINEの通知オンに怯えながら一人で授業を受けていた私の近くの席によく座っていた。
グループワークなどで一緒になり、何度か顔を合わせるうちに話すようになり、LINEを交換して、たまに一緒に昼を食べるようになった。
別にカッコいいかと言えば普通だし、全然垢抜けていない地味な感じ。
チェックシャツを着ていないだけで、高田大学には比較的よくいる普通のガリベンだった。
ある日の帰り道、彼が言った。
「小野さんって、今彼氏いる?」
「いないけど」
この質問にも、だいぶ慣れた。
「じゃあさ」
彼が一度、息を吸った。
「俺と付き合わない?」
嫌いではない。
話していて不快でもない。
授業には真面目に出ているし、こちらの話も聞く。顔だって別に悪くはない。
そして何より、LINEなどではなく、顔を赤くしながら直接「好き」と言ってくれたことには好感が持てた。
断る理由を考えてみる。
特にないな。
「いいよ」
「え?」
「付き合うんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあ、いいよ」
「……マジで?」
「嘘ついてどうするの」
彼は嬉しそうに笑っている。
なんだか申し訳ないな。
こういう時、もう少し可愛い反応ができると、話は変わってくるんだろう。
ふぅ。
がんばるかぁ。
……。
◇
「ポップコーン、キャラメルでいい?」
「いいよ」
「飲み物は……コーラかな」
「私は烏龍茶にする」
「オッケー」
「お金……」
「いいよいいよ!ここは俺が出す」
「……ありがと」
付き合って一ヶ月ほど経つ。
彼にとっては初めての彼女ということもあり、不慣れながらも男らしさを見せようとする姿には好感がもてた。
高校時代の彼氏は雑な男だった……というよりも、私のことは別に性の吐口としか思っていなかったのだろう。
このようにエスコートされるのは初めてなので、私は私で少し対応に困ってしまった。
映画を観たあとはちょっと良い居酒屋を予約してくれていた。
「小野、日本酒とか飲んでみる?」
「飲む」
「どれが良いかな?」
「これとか、美味しそう」
初めて飲むような顔をして、自分の好きな日本酒の銘柄を指さしてみた。
前、アフロ先輩に連れて行ってもらった店で飲んだ『鍋島』が美味しかったのだが、二人きりではないが、アフロヘアーの男前と日本酒を飲んだ話なんぞ、彼氏にしたところで角が立つだけだ。
日本酒など飲んだこともないような顔して「これとか」なんて言ってるくらいでちょうど良いだろう。
「いいね。あ、すみません」
「はい」
「これ、一つお願いします」
「グラスですか?徳利ですか?」
「あ、えと、こっちで」
「かしこまりました」
……。
可愛いやつ。
今日は土曜日。
つまり明日は日曜日だ。
私もこいつもバイトは無いし、『リプトン』は行きたい時に行けばいいサークルである。
普段行かないような、ちょっと良い店を予約し、普段飲まない日本酒などを頼んだのは……。
まぁ、そういうことだろう。
大学生にもなって付き合った男女がやることなんて決まっている。
別に嫌じゃない。
手を繋ぐ、ハグをする、キスをする、そして……。
このようなお作法に則ってことが進むのは初めてなので、私もちょっと戸惑っているだけだ。
日本酒を二人で三合飲んだ。
私はまぁ、そんなに酔ってはいなかったのだが、せっかくコイツがお膳立てしてくれたのだ。
酔ったふりくらいはしてやろう。
「小野、大丈夫?」
「ちょっと酔ったかな」
「じゃあ、休んでいこうか」
「うん」
……。
彼は私に触れる時、いちいち少し緊張した。
いちいち何かするたびに、
「大丈夫?」
なんて聞いてくる。
これまで雑に体を弄られてきた私にとっては、初めてのことばかりだ。
手を繋ぐときも、キスをするときも、体に触れる時も、常に緊張している。
常に手が汗ばんでいるけれど、別に嫌ではない。
むしろ丁寧なのだと思う。
ただ、少し面白かった。
「何?」
キスのあと、私が笑うと彼が聞いた。
「別に」
「今、笑ったじゃん」
「緊張してるなと思って」
「するだろ、普通」
「そうなんだ」
「小野はしないの?」
「内緒」
ふふ。
私だって人並みには緊張する。
ただ、それを表に出すようなかわいい女じゃないだけだ。
恋愛経験は、私の方が少し多いらしかった。
それ自体は何の問題もない。
人間は何事も最初から上手いわけではない。
初々しく頑張っている彼の姿は、それなりに可愛かった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




