しょーもない女③
あれが真帆かぁ。
……。
私はいつまで真帆のことを考えているのだろう。
思春期の男子じゃあるまいし、なぜ友人の元カノの美女に思いを馳せなければいけないのだ。
私は普通に男が好きだ。
それでもやっぱり、真帆が頭から消えない。
……。
「さっきの人さ」
しばらく歩いてから、彼がボソボソと声をかけてきた。
「真帆さん?」
「いや、男の方」
「サブレ?」
「サブレっていうんだ」
「鳩サブレーから来たらしい」
「意味わかんない」
「意味わかんないね」
「仲いいの?」
「普通かな」
「普通って?」
普通と言ったら普通だろう。
普通……平凡……普遍……一般……。
なんて言えば良いんだ。
「サークルの同期……?」
「こっちが聞いてるんだけど」
「『普通とは?』という質問が要領を得ないんだよね」
「はぁ……話すの?」
「同じサークルだから普通に話すよ」
「二人で?」
「みんなで」
「ふーん……」
コイツは何が言いたいんだ?
数回……。
数回一緒に寝たあたりから、この男の独占欲が増幅し出した気がする。
そして、このように理不尽な不機嫌を隠すことも無くなった。
面倒臭いな。
「何?」
「別に」
「そう」
特に何もないのに不機嫌なオーラをこっちにぶつけないでほしい。
サークルの友人と対面しただけでこれは異常じゃないか。
さっさと今日は帰ろう。
駅は……。
あっちか。
「帰るの?」
「帰らないの?」
「まだ話し合いは終わってないんだけど」
「なんの?」
「さっきの」
「話し合いをしているつもりだったの?」
「はぁ……」
いや、ため息をつきたいのはこっちなんだが。
自分で自分の機嫌を取れないのであれば、せめて家に帰らせてほしい。
このテンションで私を抱く気なのかこのバカは。
「さっきの男、めちゃくちゃチャラそうだね」
「うん」
「……認めるんだ」
「見れば分かるでしょ」
目がついていれば、誰にでもわかることだろう。
私が「あいつはああ見えて、チャラくないよ」なんて言ったら今日は家に帰れなくなるだろうし。
実際自分でも「チャラいよ俺は」なんて言っているやつだ。
「小野、あの人のこと結構見てたよね」
「正面にいて喋ってるんだから見るに決まってんじゃん」
「そういうこと言ってんじゃねーよ」
「どういうこと」
「なんでわかんねーかな」
「エスパーじゃないからね」
「ああああああ」
発狂しだした。
何なんだコイツは。
「声が大きいよ」
「ぅっぜ」
「何?」
「別に」
「あっそ」
もういいや。
駅に向かって歩き出そうとすると、手を掴まれた。
久しぶりに手汗がすごい。
「俺、ああいう男がサークルにいるの嫌だな」
「私に言われても困るんだけど……」
「はぁ」
「何なの」
「イケメンだし、小野と仲いいし、チャラそうだし」
「それが?」
「それがって……」
腕を握る力が強くなる。
痛い。
「あいつとヤッたの?」
……。
頭がおかしいのかこいつは。
「何を言ってるの?」
「否定しないんだ」
「いや、ヤってないが」
「どうだか」
「意味がわからない」
「小野、『誰とでも寝る』って噂になってんじゃん」
「信じてるんだね」
「そういうわけじゃないけど」
「だったら、あのイケメンと付き合えば?」
……。
なんか変な病気でも持っているのだろうか。
こいつ、接続語の使い方すらわからないのか?
『だったら』ってのは『もしも A だったら B』って使うんだよ。
論理標識としては因果だ。
コイツどうやって高田大学に受かったんだ。
……。
一気に熱が冷めていくのを感じる。
「なんで?」
「なんでって……」
「私、サブレと付き合いたいなんて一言も言ってないけど」
「でも好きなんだろ?」
「は?」
だめだ。
完全に病気だ。
右脳か?左脳か?前頭葉か?
いずれにせよ早く病院に連れて行って優秀な外科医に診てもらわなければ手遅れになるぞ。
……。
私は理性的な人間だ。
身の程を弁えている。
恋愛というのは同じ生物同士で発生するものだ。
人間は犬と恋愛をしない。
私は犬ではないので、犬が猫と恋愛をするかはわからないが、おそらくしないと思う。
私とサブレが付き合うというのはそういうことだ。
コイツだって、真帆と自分が付き合うことを想像することもできないだろうに。
だから、そういう奴が私に来るんだろうが。
おとなしそうなチビで目立たないけどちょっと顔がいい。
そうだよ。
私にはお前くらいがお似合いなんだよ。
そんなことはわかってるんだから、くだらないことを言うな。
「好きじゃないよ」
「じゃあなんであんな仲いいんだよ」
「同じサークルだから」
「普通、彼氏いるならもうちょっと距離取るだろ」
もう、こいつはダメだ。
「なんで?」
「俺が嫌だから」
「それはあなたの都合でしょ」
「彼氏が嫌がってるんだけど」
「だから何?」
彼の顔が変わった。
別にどうでもよかった。
帰ろう。
掴まれたうでを振り払って、駅に向かう。
別にバカは嫌いじゃない。
だが、こういうタイプのバカはダメだ。
◇
結局、私はその男と別れた。
別にサブレの一件だけが原因ではない。
付き合い始めた頃は、悪くなかった。
手を繋ぐだけで緊張して、キスをするにもこちらの顔色を窺っていた。
そういう初々しさを、私はそれなりに好ましく思っていた。
ところが、一度やることをやってしまうと、どういうわけか彼の中で私の所有権まで移転したらしい。
男友達と話せば誰なのか聞かれる。
LINEの返信が遅ければ、何をしていたのか聞かれる。
そのうち、誰とLINEをしているのかまで気にするようになった。
私は彼と交際することには同意したが、所有されることに同意した覚えはない。
少し辟易していたところへ、あのサブレの一件である。
『だったら、あのイケメンと付き合えば?』
改めて考えてみても、意味が分からない。
サブレと私が付き合う。
水野真帆という女を実際に見たあとでは、なおさら現実味がなかった。
あの人は、サブレが何度も言っていた通り、いい女だった。
顔がいい。
頭もいい。
しっかりしている。
駄目なものは駄目だと言える。
別れたあとですら、抱かれることなく親しい関係を続けている。
顔だけじゃない女。
ああいう女が、サブレみたいな男と釣り合うのだろう。
では、私はどうなのか。
ちょっとは頑張ってるけど野暮ったさが抜けない服装。
もうこれ以上伸びることは期待できない低身長。
メガネを外すとちょっといい顔。
別れた男を体で繋ぎ止めるしょーもない女。
顔だけじゃない女どころか、しょーもない女。
……。
はぁ……。
私には、あの男くらいがちょうどいいんだ。
……。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




