「初めての……」④
……。
ここはどこだ。
外か。
どうやら私は酔っ払ってしまったらしい。
頭が痛い。とても。
吐き気がする。
が、流石に吐くのは勿体無いものを食べた後だ。
全力で我慢しよう。
「美咲ちゃん、大丈夫か?水だ」
「大丈夫大丈夫ー」
渡された水を飲むが、何が大丈夫なのかもよくわかっていない。
「終電はまだギリギリありそうだが、家には帰れるか?」
「帰れるー」
「最寄駅はどこだ?最寄りまで送ろう」
「どこだっけー」
「こ……困ったなあ……」
サブレが本当に困ってる!
困ったなあって口に出して困ってる!
珍しい!おもしろーい!
そうこうしているうちに終電の時間が過ぎてしまったようだ。
サブレは……?
ヘラヘラと意思疎通ができない状態の私に自分のジャンパーを重ね着させて、誰かに電話をかけている。
「恵美子さんは……電話に出ない……」
「小野ちゃんは……彼氏といるかもしれない……」
「タカシは……一番危険だ……」
「参ったな」
独り言を言いながら、次々に電話をかけるサブレ。
ふふふ。
がんばれー!がんばれー!
{{ううっ}}
寒くなってきた。
寒くて少し震えていると、サブレが暖かいお茶を買ってくれた。
優しいなー。
「酔いは覚めたか?」
「覚めた!」
「そしたら、タクシーで家まで送ろう。住所はわかるか?」
「わかんない!」
「そうか……」
わかんないものはわかんないの!
しかたないことなのだ!
「ちょっと今日は頼れる場所が無いみたいだ。カラオケか満喫にでも行こうか」
「うん!いく!」
「歩けるか?」
「歩ける!」
立ち上がったが足取りがおぼつかない。
「無理そうだな」
私の右腕がサブレの首に巻きつき、支えられる。
いい筋肉だなあ。
こんなに毎日飲んでるのに全然太ってない。
なんてことを思っていると、カラオケに着いた。
サブレが受付に行き、何か話している。
戻ってきたが、困った顔をしている。
「泥酔客はお断りだそうだ……」
泥酔客とは私のことかな?
失礼な店員だ!
ふんふん。
漫画喫茶も含めて何軒か回ったが、全部断られた。
どうやら私が思っているより、私は今やばい酔っぱらいに見えるらしい。
「仕方がない、ロータリーで始発を待つか……」
サブレは野宿を覚悟したようだ。
しかし、いい加減寒くなってきた。
鼻水が止まらなくなっている。
サブレがティッシュで鼻を拭いてくれた。
優しい。
「いや、俺は大丈夫でも、女の子の体を冷やすわけにはいかんな……」
この寒空の下でも自分は大丈夫なのか。
「美咲ちゃん、申し訳ないんだが、最終手段だ。ホテルに入ろう」
!?
「行く!」
青ざめた顔のサブレがしてきた提案に全力で乗る私。
「さっきから返事だけは元気だな!」
ようやくこの男も覚悟を決めたようだ!
◇
このラブホテルは空いている部屋のボタンが光っていて、ボタンを押すと鍵が出てくるシステムだ。
いちいち泥酔している客かどうかなんてチェックしていない。
なんでそんなことを知っているかって?
来たことがあるからだ。
私の初めての夜はここだった。
そんなことはどうでもいい。
大事なのはこれからだ♪
サブレに支えられ、無事ベッドに着陸。
「シャワーを浴びたりはするか?」
「浴びる!」
「そしたら、体が冷えているだろうから、お風呂を入れよう。ちょっと待てるか?」
「待てる!」
「布団を被って待っていてくれ」
「待ってる!」
お風呂に入って、温めて……。
シャワーを浴びて体を清める……。
着替えは……いらないか。
それから……。
私の記憶はここまでだった。
◇
知らない天井。
正確には覚えがあるけれども、古い記憶の天井。
……。
ここはどこだ。
頭がいたい……。
?
頭の中身は痛いけど、外は気持ちいい。
……。
サブレがベッドの淵に腰をかけて、ウトウトしながら私の頭を撫でている。
頭を撫でられている!?
一気に目が覚めてしまった。
同時に記憶が蘇ってくる。
あー。
昨日はめちゃくちゃ迷惑をかけてしまったみたいだ。
しかも、体が思うように動かなかったおかげで未遂に終わったものの、私は明確にサブレを襲おうとしてた。
サブレが入れてくれたお風呂で暖まり、身を清めたらそれのあとは……。
なんてことを考えているうちに眠ってしまっただけなのだ。
痴女じゃん!?
顔が赤くなってしまった。
保護者の顔をした男前も、ようやく私が目覚めたことに気付いたようだ。
「お、おはよう。大丈夫か?美咲ちゃん」
おそらくこの男は、私が嘔吐物を喉に詰まらせないよう、一晩中ああやって見張っていたのだろう。
すごく眠そうだ。
「顔が赤いぞ。熱があるのか?」
手をオデコに伸ばしてくるが、途中で引っ込める。
さっきまで人の頭を撫でていたのに、目が覚めた途端に引っ込めるんじゃない!
いいからもっと撫でなさい!
「熱は無いと思う」
「水飲むか?」
「飲む」
「ほい」
「ありがと」
「始発も動く時間だな。帰るか?」
「もう少しゆっくりしていい?」
「いいよ」
「ありがと」
「そしたら、お風呂に入るか?」
「入る」
「入れてくるからちょっと待ってて」
「待ってる」
私は普段シャワーを浴びずにベッドに寝るのを嫌がるタイプだ。
別に潔癖症というわけでは無いんだけど、ベッドに外の菌を持ち込みたくないって人は意外と多いんじゃ無いかな。
そんなことを考えていたらサブレが戻ってきた。
「すぐに沸くからそしたら入ってきな」
「サブレは?」
「俺はさっきシャワーを浴びたから大丈夫」
本当だ。よく見ると昨日と服装が違っている。
「ドンキでスウェットとTシャツを買ってきたから、使ってくれ」
「えー!ありがとう!」
「お風呂が沸いたみたいだ。入っておいで」
「うん!ありがとう♪」
◇
あったかいお風呂。
気持ちいい。
どうやら自覚していたよりも体が冷えていたようだ。
……。
美味しいご飯。
美味しいお酒。
楽しい人たち。
大成功のエピソードトーク。
困ってるサブレ。
焦ってるサブレ。
青ざめた顔で「最終手段だ。ホテルに入ろう」
ふふふ。
多分、今後の人生でホテルにこんな誘われ方することはないんだろうな。
あー。
昨日は大変だったけど楽しかったなあ。
ふふん♪
暖かい湯に浸かっていると、頭痛も寒気も、吐き気すらも引いていった。
やっぱり私はお酒が強いみたいだ。
吐いてないし。
ブブーブブーブブー
スマホがすごく震えてる。
なんだろう。
バスタオルを巻いて、スマホを開くと……。
昨日のお店で撮った写真を載せたインスタにめっちゃ反応がきてる。
『ここって会員制の芸能人とかが行く店だよね!?美味しかった?』
『インフルエンサーとかが挙げてる店じゃん!誰と行ったの?』
『めっちゃ高い店じゃん!』
大体はこんな感じの内容だ。
えええ!?
良いお店だとは思っていたけど、有名なお店だったんだ……。
そういえば昨日のお会計はどうなったんだろう。
サブレが払ってくれたのかな?
まあ大丈夫!
私はお年玉をずっと貯めてきたから貯金は結構あるのだ。
体を拭き、サブレが買ってくれたシャツ、スウェットを身につけてドライヤーで髪を乾かす。
下着はどうしよう。まあいい。ホテルから出る時に考えよう。
「サブレー、昨日の会計ってどうしたの?」
「……」
「サーブレっ♪」
「……」
このバカ。
ベッドの隅っこで小さくなって寝ていやがる。
いや、当然か。
昨日、頑張ってたもんね。
途切れ途切れの記憶だけど、酔っ払った私を家に送ろうとしたり、頼れる人を探したり、泊まれる場所を探していたことは覚えている。
ホテルに入った後だって、無駄にしちゃったけどお風呂を入れてくれた。
寝ていて覚えてないけど、着替えまで買ってきてくれた。
何かが起こらないように、私が起きるまで見張ってていてくれた。
男なんて別の意味で何かを起こすのが普通だろうに。
べつに、何かを起こしたってよかったのに……。
そんなことを考えているうちに……封印されていた記憶が……よみがえった。
寝ぼけながら確かに、私はサブレを誘っていた……。
『サブレー』
『なんだ?』
『サブレは一緒に寝ないの?』
『俺はもうちょっと起きてるよ』
『頭がいたいよー』
『大丈夫か?』
『大丈夫じゃない』
『まいったな』
『なでなでしなさい』
手を引っ張って頭に持っていく私。
『……これでいいのか?』
『うん』
『頭は痛くなくなったか?』
『うん!』
『そうか……それは良かった』
『zzz』
『ゆっくり休むといい』
……!?
寝ぼけて抜け落ちていた記憶が完全に蘇ってしまった。
私が誘ったんじゃん。
……。
まいっちゃったな。
こんなに可愛い私と一緒にラブホテルにいるのに、ベッドの隅で小さくなって寝ているバカがいる。
……。
ふん!
頑張ったおバカにご褒美をあげよう。
えいや!
渾身のバックハグだ。
……。
起きないか。
あーーー。
心臓が……。
すごいバクバクいってる。
こんなバクバクいってたら、サブレも起きちゃうよー!
……。
起きないか。
リョウの時とは全然違う。
あぁ。
初めての手繋ぎも。
初めてのキスも。
初めての……エッチも。
私の『初めて』は全部リョウに持っていかれたと思っていたのに、一個だけ残ってた。
多分残ってた。
いや、絶対に残ってる。
これが……。
『初恋』ってやつだ。
ううう。
やばい。
大好きすぎる。
……。
大好きすぎるなあ!!!
あぁ。
これはもうダメなやつだ。
……。
私の記憶はここまでだった。
眠れないよー!!!
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




