「初めての……」③
注文してすぐにお酒が運ばれてきた。
「美咲ちゃんの失恋に乾杯!」
「乾杯!」
そうだ。
すっかり忘れていたけど、今日は私の失恋の慰め会だった。
とりあえず桃酒を飲んでみよう。
ん!
「んー!美味しい!」
甘いけど甘すぎず、炭酸のおかげかすっきりした感じで美味しい。
カシオレ以外にも飲めるお酒があったのだ。
横を見ると、サブレは喉を鳴らしながらマスターズドリームを飲んでいる。
「ゴクゴクッ!ぷはあああ!うまい!」
「はは!いい飲みっぷりですね」
「いやー!素晴らしいビールですね!静かに飲みたかったのですが、こいつが許してくれなかったようです」
「これだけ美味しそうに飲んでくれるとこっちも嬉しいです」
「恐縮です!」
板前さんがご機嫌だ。
周りのお客さんも笑っている。
やっぱりサブレはすごい。
顔がいいからか、優しいオーラが出ているからか、サブレが何かすると周りが明るくなる。
これは本当にすごいことだと思う。
隣のお客さんが声をかけてくる。
「お兄ちゃんたち、若いのにいい店知ってるね」
「『今日は可愛い子とデートだ』って言ったら先輩が紹介してくれたんですよ」
「そりゃあいい先輩だね。お嬢ちゃんも喜んでるんじゃない?」
「はい!嬉しいです。こんなお店は初めてなので、緊張しています」
「可愛いねえ!こんなに可愛い子が失恋するなんて世も末だね」
……。
私たちの乾杯の音頭が聞かれていたみたいだ。
「まったく、不遜な輩もいたもんですな!」
サブレはいつも通りの変な喋り方だ。
でも、カウンターに座って知らない人と話すことに慣れている感じがする。
……大人だ。
「お兄ちゃんはその隙に乗じて可愛い子を口説こうとしてるんだ!それは邪魔できないなー」
「はっはっは!バレてしまいましたか。かないませんねえ!」
「頑張ってね!横で応援してる!」
「ありがとうございます!俺の未熟な口説き文句を肴にちびちびやってください!」
口説こうとしてる……。
そんな男じゃないのはもうわかってる。
でも、聞いてみたい。
未熟な口説き文句を……。
「ごめんな美咲ちゃん!こっちで盛り上がってしまって」
「全然!楽しいよ!」
「ならよかった!」
「ねえ、ビール一口もらってもいいかな?」
「お?いいけど、大丈夫か?」
「一口なら」
……。
苦い。
「苦い」
「ははは。飲み方がなってないな」
「飲み方?」
「ビールは甘いカクテルや果実酒のように、舌の輪郭起点でちびちび味わうと、苦味を強く感じすぎる」
「???」
「だから、ある程度一気に喉を鳴らして飲むのがビールをうまく飲むコツだ。舌の中心から根本で味わうイメージだな」
「やってみる」
「『ごくっごくっ!ぷはー!うめー!』ってやってみな」
「わかった!」
(ごくっごくっ!ぷはー!うめー!)
「ごくっごくっ!ぷはー!うめー!」
「おお!やるなあ美咲ちゃん!」
「いい飲みっぷりだ!お姉ちゃん!」
「やりますねえお客さん!」
「うまいか!?」
「いつもより美味しい気がする!」
嘘じゃない。
サブレの話す理屈はよくわからなかったけど、ゴクゴク飲んで「うめー」って言ってると、美味しく感じた。
私もビール飲めるかも!
「いつも飲んでるビールより美味しいビールだからな!」
「「「ははははは!」」」
楽しい。
最初は緊張していたカウンター席だけど、他のお客さんも板前さんも気さくでいい人だ。
そんなこんなしているうちに料理が運ばれてきた。
先付け。
「アオリイカと《《このわた漬け》》。特製のジュレと一緒に召し上がりください」
イカだ。美味しそう。
「サブレ?《《このわた》》って何?」
「なまこの内臓の塩漬けだな。日本三大珍味の一つだ」
「へえ。この黒いのは?」
「キャビアだな。チョウザメの卵だ」
「これがキャビアかあ」
「やっさんめ……」
「?」
「美味しいなあ美咲ちゃん!」
「うん!美味しい!こんなの初めて食べたよ!」
「それは何よりだ!」
あ!写真を撮るの忘れてた!
サブレに聞いてみよう。
「ここって写真撮っていいの?」
「いいんですか?」
サブレが聞いてくれる。
「いいよ!どんどん撮って!」
「ありがとうございます!」
やった!
次はちゃんと撮ろう!
◇
どんどん美味しいものが運ばれてくる。
お刺身盛り合わせには「のどぐろ」「キンメダイ」「ヒラメ」「ウニ」が出てきた。
「のどぐろ」と「キンメダイ」は初めて食べるお魚だ。
ポン酢と醤油のどちらにつけても良いらしいけど、サブレはポン酢をつけて食べている。
真似してみよう。
ンンン!?
「美味しい!」
「それは何よりだ!」
サブレはいつの間にか日本酒を飲んでいる。
日本酒はまだ飲んだことないなあ。
「サブレ、そのお酒は何?」
「これか?新政という日本酒だ」
「一口ちょうだい」
「お、そしたらおちょこをもらおうか」
サブレが呼ぶ前に女将さんがおちょこを持ってきてくれた。
「好きなのを選んでくださいね」
可愛いおちょこがいっぱいだ。
どれにしようかな。
サブレが今使っているのは……。
なんというか地味な色でやたらと大きいおちょこだ。
無骨な感じがする。
私は白い陶器のお猪口を選んだ。
真ん中にお花が描いてあって可愛い♪
徳利を持ち上げるサブレにお猪口を差し出す。
とくっとくっとくっ
「おとととと」
芝居っぽく言うサブレ。
お約束らしい。
でもそれは私のセリフでは?
「良い酒だ。うまいぞ」
どれどれ。
「むむむ!美味しい!」
嘘じゃない。日本酒ってこんなに飲みやすくて美味しいんだ!?
まだまだ酔ってないし、これは……飲めちゃうな♪
そんな飲んだことないけど、もしかして私ってお酒強いのかも!
「もう一杯もらっていい?」
「いいぞ。他のも飲んでみるか?」
「うん!おすすめある?」
「美咲ちゃんが飲むなら、次は獺祭を頼んでみるか」
「聞いたことあるやつだ!それがいい!」
「すみません。獺祭を徳利で二合お願いします」
料理も美味しい!
日本酒も美味しい!
最高だ!
◇
一通りの料理は出揃ったが、「常連さんばかりの店なので、閉店までは飲んでいたければ留まっても問題ない」と言ってくれた。
正直、こんなに美味しい和食を食べたのは初めて♪
お酒も美味しいし、周りのお客さんもみんないい人ですごく楽しい。
料理とお酒とおしゃべりに夢中になっていたら、リョウの話をするのを忘れていた。
なんか、誰かに話を聞いてもらいたいわけではなかったんだけど、なんとなく話したくなってきてしまった。
私だってせっかくエピソードトークを手に入れたんだから話したい!
「ねえ!私の失恋の話!してもいいかなあ!」
<お!?
<おお!?
<待ってました!
サブレだけじゃなくてお客さんがみんな乗ってきた。
「そう。それは寒い冬のことだった……」
<つい最近の話じゃないのか!?
「そう。それはおとといのことだった……」
<酔っているのか!?
失礼な。酔ってなんかいないもん。
「私は、彼氏に渡すクリスマスのサプライズプレゼントを探しながら、表参道をぷらぷらしていたのだ」
<若いっていいなー!
「指輪は……。あげるよりももらいたい!」
<そうだ!男が買うもんだ!
黙って聞いてるサブレの代わりにオーディエンスがしっかり茶々を入れてくれる。
「靴は……。サイズがわからない!サプライズプレゼントなのでサイズを聞けない!」
<踏みとどまった!えらいぞー!
「そういえば持っている財布はもうクタクタだったな!マフラーなんかも良いな!初めての彼氏のクリスマスプレゼント選び自体を私は楽しんでいたのだ!」
<切ねえ!オチがわかるが故にすでに切なくなってきた!
<初めての彼氏だったのか……!
「二人目じゃないか……一応」
黙って聞いていたサブレがボソボソ何か言っているが無視して続ける。
「そう!初めて手を握られたのも、初めてキスをしたのも、それ以上のことも!私の初めてはこいつが全部持って行った!」
<うおおおおお!
<なんてやつだ!
<ここに連れて来い!
「まあまあみなさん。話はまだ始まったばかりです」
<そうだ!続けてくれ!
「私がワクワクで表参道を練り歩いているとそこに見慣れた人影が!」
<まさか!?
「そう!そのまさか!リョウがいたのだ!」
<おおおお!
「流石の私も驚いた!自分にだ!この人混みの中で一人の男を見つけてしまうくらい、参っちまってたわけだからね!」
<愛だなあ
「そんな運命を感じたらやることは一つ。『ちょっと驚かせてやろう!』と、可愛く後ろから抱きついてやったのさ!」
<わー!俺にもやってくれー!
「いいですよー!えいっ!こんな感じ!」
<うおお!参ったなー!板長!この子に『十四代本丸』を!
「ありがとーおじさん♪」
<続けてくれー!
「私がリョウに『何してーんの?』と可愛く飛びつくと……『誰?』返事をしたのはリョウではなく、隣の女だった!」
<なんてこったああああ!
「なんと私は彼氏の浮気現場に文字通り飛び込んでいたのだ!」
<お、おおおお……
ちょっとワクワクしながらもオーディエンスが引いているのがわかる。
そっと日本酒の徳利が目の前に置かれた。
マイク代わりにそれを持ち、そのまま口に運ぶ。
美味しい!十四代!
「美咲ちゃん!ちょっと多いんじゃないか!?俺にも少し分けてくれ!」
「だめ!私がもらったの!」
「ぐぬぬぬぬ」
十四代を一気に飲み干し話を続ける。
「『誰?』はこっちのセリフだー!人の男に何をしているんだこの女めー!」
<やっちまえー!
<リョウはなんて答えたんだー!
「『第二外国語で一緒の子』」
<……
「『たまに飯食ったり遊んだりする人』」
<ぎゃああああああ!
<やべえやつだあああ!
<イカれてやがる!
「『なんだこいつ!私は彼女だろう!』と思いながら、話を進めていくと、だんだんおかしなことになっていった……」
<ま、まさか……!
「そう!浮気相手は私の方だったのだ!」
<ぎゃああああああああ
「私の初めてを全て持って行った男には、付き合って三年になる彼女がいたのだ!」
<酷すぎるぞ……!
「寒空の下、彼女一号の強烈なビンタで吹っ飛ぶリョウ」
<やるなあ!
「走り去る一号!」
<やるなああ!
「追いかけるリョウ!」
<クソ男ー!
「見送る二号はこの私!」
<美咲ちゃーん!
「こうやって、秋の高田馬場で始まった私の恋は、冬の表参道で終焉を迎えたのだった!ちゃんちゃん」
ぱちぱちぱちぱち!
<おおおお!
<ナイスファイトだ!
<元気だせー!
「だが!見ての通り私は元気だー!」
<強いぞー!
「なんでだと思う?」
<なんでだー!
「この出来事のおかげで!今日ここにきて!みんなに出会えたからだー!」
<うおおおおおお!
<俺も美咲ちゃんに会えて嬉しいぞー!
<よく連れてきてくれたぞ男前のにいちゃんー!
「みんなー!杯を掲げよー!」
カウンターに座る全員はもちろん、板前さんも女将さんもお酒の準備をしている。
「素晴らしい出会いに!乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
「素晴らしいトークだったな!美咲ちゃん!恐れ入ったぞ」
ふふふ。
初めてのエピソードトークで大成功を納めたせいか、緊張の途切れた私の記憶は一旦ここで途切れた。
◇
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




