無断でチチに触れるとは!③
◇
『百年の恋も一瞬で冷める』という格言がある。
私の場合は百年どころか、一週間。それも育てている途中の愛。
突然のバックハグ。
お尻に当たる何か変なもの。
美味しかった肉も、楽しかったデートも全部台無しだよ!
さっきまではカズヤの空回りしながらも頑張っている姿に少し「いいな」と思っている自分がいた。
しかし、それが性欲由来のものであると分かった瞬間、全てが気持ち悪くなってしまった。
キモいし……怖い。
ビールは苦くて飲めないけど、私だってすでに立派な成人女性だ。
刃◯外伝『S◯GA』だって読んだし、女子校時代も友達の家でエッチなビデオをみんなで見たりしたこともある。
自分よりもかなり年上でデリカシーのないお姉ちゃんとも仲が良いから勝手に情報は入ってくる。
付き合った男女が何をするのかなんて、知ってる。
経験が無いだけで知識はあるの。
でも、油断していた。
バカな会話と美味しいお肉のせいだ。
直接襲いかかってくる、その気が無い相手からの性欲は……想像以上の気持ち悪さだった。
もう、インスタどころじゃない。
今日の写真を一枚ずつ消していく。
どうしよう。電車の中なのに泣けてきてしまった。
よかった。人の少ない時間で。
最後の写真を消し終えた。
LINEが来ている。
『今日は楽しかったぜ。愛してるよ』
……無理だ。
『ごめんなさい。やっぱり付き合えません』
我ながら酷い女な気がする。
でも、無理だった。
そして、大学四年間とは思っているより短いはず。
無理な相手と付き合っている余裕など一秒もない。
私は在学中に伴侶を見つけなくてはいけないんだから……。
ブー、ブー、ブー
めちゃくちゃLINEがきてる。
今日は返す気にならない。
寝よう。
◇
最低の初デートから二日後、夏休み前、最後の大学。
同じ学部の莉奈とお昼ご飯を食べていた時のことだ。
「ねえ、そういえば例の彼氏とはどうなの?」
……。
嫌なことを聞いてくる。
「んー、別れた」
「え!?なんで!?」
「なんか違うかなーって」
適当に誤魔化そう。
「美咲ってそんな適当な感じだったっけ?」
私と同じ女子校出身の莉奈はちょっと潔癖でめんどくさい子だ。
五月の入会式までは一緒にリプトンに行っていたのに、あの飲み会を経験してからはアンチリプトンとなり、私があのサークルに入っていること自体気に入らないみたい。
あまり適当なことを言うと変な誤解をされかねない。
「んー、ちょっと怖くなっちゃったんだよね」
「え!?何かされたの!?」
「えと、恵比寿の交差点で突然後ろから」
「胸を触られたの!?」
「いや、ちが」
「最低!無断で胸に触るなんて!」
「そうじゃなくて」
「それは美咲は悪くないよ!うん!」
だめだ。もう莉奈は私の話を聞く気がないみたい。
「とにかく別れたんだよねー」
「それが正解だよ!うん!それが正解!」
ごめんカズヤ。
私にはもう、この子の頭の中で整理されたことを訂正する方法がわからないよ。
◇
『小野朝霞は誰とでも簡単に寝る女だ』という噂は、学部の違う私のところまでも流れてくる。
別に小野ちゃんだけではない。サブレもよく噂になっている。一学年に一万人以上もの学生がいるのに、個人の嘘か本当かわからない噂が流れるのが高田大学の悪いところだと思う。
ある程度賢い学生が集まっているはずの大学で、どうしてくだらない噂話を楽しむ人たちがこんなに多いんだろう。
へんなの。
これまでそんなことを考えていた私だったけど、とうとう私も噂になってしまったみたい。
『中村和也は無断で森川美咲の巨大な胸を後ろから揉んだらしい』
そんな噂が流れていることを友達から聞いた。
しかも、夏休みの真っ最中に。
サブレなどとは違って地味な学生生活を過ごしている私たちの固有名詞が校内で話題になるとは予想もしていなかった……。
んんん。
身に覚えが無いわけではないけど、悪意を感じてしまうなあ。
巨大な胸って……。
流石に言い過ぎだよ。
……。
そんなことより、カズヤだ。
あのあとはちょっと気まずい感じはしつつも、サークルではなんだかんだで普通に接していた。
練習でコートが一緒になることもあるし、飲み会でテーブルが一緒になることもあった。
ただ、二人で話すみたいなことは無かった。
みんなも、私たちが一週間だけ付き合って別れた話はそんなに聞いてこなかった。
気を遣ってくれてたんだと思う。
今日だってそうだ。
普通にボールを出してくれて、普通に打ち返す。
今日のサブレは不良漫画の気分みたいで、ずっと金髪リーゼントのやばい不良みたいな顔して「"待"っていたぜェ!! この"瞬間"をよォ!!」とか言ってるけど、私しかネタについていけてない。
ネタにされがちだけど、普通に面白いんだよね『特◯の拓』。
みんなで銭湯へ行き、汗を流し、飲み会に向かう途中に開いた同じ学部の男子から来たLINEが私の気持ちを盛り下げる。
『美咲、大丈夫?突然胸を揉まれたって噂が流れてるけど。なんかあったら話聞くよ』
キモい。
どういう意図で送ってきたのかわからないけど、シンプルにキモいLINEだ。
いやでも噂を思い出す。
せっかく楽しい気持ちで飲み会に向かっていたのに、噂が流れているという前提でみんなを見てみると……。
なんだか気を遣われている気がする。
心なしかサブレの漫画ネタギャグが多いのですら、気を遣っているような気がしてしまう。
なんかすごい疑心暗鬼だ。
小野ちゃんはいつもこんな感じなの?
どしたん?話聞こか?
くだらないことを考えていたらいつもの居酒屋の前だ。
◇
今日も平和なしっぽり卓。
ん?アフロ先輩と小野ちゃんが今日はしっぽりだ。
アフロ先輩がテーブルにいると、お酒を飲まないところでも盛り上がるから楽しい。
いつもこっちに来てくれればいいのに、すぐにいろんなところに引っ張られていってしまう。
人気者は辛いね。
ゲロ事件の後は少しの間しっぽり卓にいたけど、いつも最後はサブレと一緒にチョモランマしている小野ちゃん。
最近は最初からチョモランマ卓に行ってたのに珍しい。
……。
あっちではカズヤとサブレとタカマサ先輩が踊りながらビールを飲んでる。
よかった。カズヤは全然気にしていなそう。
◇
アフロ先輩は、サブレみたいにエピソードトークで一人喋り続けるタイプじゃない。
みんなに話題を広げて、みんなが喋って盛り上がる。
会話で飲み会の場を回すのがとても上手。
サブレのエピソードトークも面白いし、漫画ネタも私は好きだけど、人を選ぶのは確かだと思う。
実際、サブレは自分の綺麗な顔とキャラクターを押し付けることで笑いをとるタイプだ。
最初の方はサブレとアフロ先輩は似てると思ってた。
今でも似ているところはあると思う。
でも、根本のところで、サブレはインキャでアフロ先輩はヨウキャなんだよね。
小野ちゃんはあまり自分から喋らないけど、たまにタイミング良く発する一言と、意味のわからないところで負けず嫌いなところが可愛いし面白くて好きだな。
実際、漫画の話もできるし、リプトンの同期で一番仲良い女子は小野ちゃんだと思う。
マサハルと、麻衣子は、ちょっと似てる。どっちもお堅くてしっかりしていて、あんまり面白いことを言うタイプじゃない。
なんならサブレとかカズヤのことを若干ウザがっている感じがするし、そもそも騒がしい飲みに関するアンチみたいなことを公言している。
でも、なんだかんだ練習と飲み会には毎回来て、楽しんでいるような気がする。
いろんな人がいて、なんだかんだみんなが結局楽しくなっているのがリプトンのいいところだと思う。
なんて思っていたら……。
「美咲、カズヤにいきなり襲われたってほんと?」
空気の読めない女。バカ麻衣子がぶっ込んできた。
麻衣子は初対面のサブレに「卒業二十六で就活とか大丈夫なの?」とか「男でピアスって初めて見たわ」とかいきなりぶっ込んでしまう『ノンデリ女』だ。
ノンデリとは知っていたけど、まさか矛先が自分に向くとは思ってもみなかったよー!
困ったバカ女だね。
「え、えと」
「どうなの!?実際のところ!」
「いや、別に」
訂正しなきゃ。
莉奈の時みたいに噂と私の胸が変な方向に巨大化しちゃう。
「あいつ本当にしょうもないね!酒癖が悪いだけかと思ったら痴漢までするなんて」
だめだ、こいつも人の話を聞こうとしない。
私もだめだ。
人の話を聞こうとしない人になんて言えばいいかがわからない……。
とにかく訂正しなきゃ。
「ちが———」
「何ぃ!!カズヤが美咲ちゃんのチチを無断で触っただと!!けしからん!!」
アフロ先輩が叫んだ。
「アフロ先輩!?」
「なんだとぅ!けしからんやつだ!ちょっと来い!」
サブレも乗っかる。
な、何が始まったの……。
小野ちゃんがスッと立ち上がり、どこかへ消えた。
「座れぇ!」
そこにカズヤを座らせるアフロ先輩。
「何を胡座かいてやがる!正座だ!正座!」
姿勢を正させるサブレ。
……仲良しじゃん。
「美咲ちゃんはこっちだ!」
アフロ先輩にカズヤの前へ誘導される。
正座かな?
「美咲ちゃん!イスはこっちだ!」
サブレが横向きで土下座のようなポーズで何かを言っている。
小野ちゃんがその背中に座布団を置き、私に座るよう指示を出してきた。
私が綺麗な顔の男でできた人間椅子に座ると、小野ちゃんは満足したのかどこかへ行ってしまった。
「カズヤよ。言いたいことはあるか?」
「はい……」
「言いたいことは飲んでからだ!!!」
アフロ先輩が叫ぶ。
<言いたい〜ことは飲んでから♪
<言いたい〜ことは飲んでから♪
<言いたい〜ことは飲んでから♪
バカたちが乗っかる。
ビールのピッチャーを四つ持って帰ってきた小野ちゃんが、ビールをグラスに注いでカズヤに渡す。
一気に飲み干すカズヤ。
「えー、誠に僭越ながら、私は、森川美咲さんの巨大な乳に触れた記憶はございません!」
やっと本題に入れた。
そこに関してはカズヤが正しい。
「巨大な乳だなんて下品な言い方をするんじゃない!粛清だ!」
粛清を言い渡すアフロ先輩。
「無礼な男は?飲むしかないないナイジェリア♪」
<飲むしかないないナイジェリア♪
乗っかるバカたち。
グラスにビールを注いで渡す小野ちゃん。
「うごおおおお!」
飲み干すカズヤ。
「うむ」
満足げなアフロ先輩。
私の噂が原因で始まった事なのに、なんだか楽しくなってきてしまった。
「美咲ちゃんよ」
「はい」
「何か言いたいことはあるか?」
「はい」
「言いたいことは飲んでからだ!!!」
アフロ先輩が叫ぶ。
<言いたい〜ことは飲んでから♪
<言いたい〜ことは飲んでから♪
<言いたい〜ことは飲んでから♪
バカたちが乗っかる。
小野ちゃんがビールをグラスに注ぐ。
たっぷりだ。
私はビールが飲めない。
しかし、自分が巻いた種だ。
覚悟をして受け取ろうとしたその時。
アフロ先輩がグラスを奪い取り、一気に飲み干した。
<うおおおおおお!
盛り上がるバカたち。
「うむ」
満足げなアフロ先輩が右手のひらを私に向ける。
話せということだろう。
「被告人カズヤの発言に偽りはありません!」
やっと言えた。
あれ……。
なんか知らないけれど、涙が出てきた。
今すごく楽しいのに。
言いたいことをやっと言えたのに。
みんな笑っているのに、何故か涙が止まらない。
「ごめんねカズヤ!私がすぐに訂正できなかったから!」
カズヤも泣いていた。
「いや、俺もマジで記憶になかったんだけど、もしかしたら触ったんじゃねーかって自分を疑ってたから……」
こいつはしょーもないバカだ。
「せっかく触ってたとしたら、記憶が無いのはもったいねーよ……!」
本当にしょーもないバカだ!
「誰だー!美咲ちゃんを泣かせたのはー!」
アフロ先輩が叫ぶ。
「俺だー!」
人間椅子をしていたサブレが立ち上がる。
「いや!俺だー!」
「俺こそが美咲ちゃんを泣かせた男だー!」
「私だー!」
次々に犯人を名乗るバカども。
……のなかに、珍しく、麻衣子もいた。
こういうところがある。なんだかんだでノンデリなだけで悪い子じゃない。
名乗りをあげるバカ一人一人にビールを渡し余ったピッチャーを構えて乾杯を待つ小野ちゃん。
「粛清だ!乾杯!」
「うおおおおおおお!」
あー。
楽しいなあ。
◇
それから、結局バックハグの話は正しい形でリプトンのみんなには伝わった。
サブレはカズヤに
「乳に触れるか否かは痴漢か否かとは別問題だ。この痴漢野郎め!」
と説教してた。
よくわからない変化を遂げた噂話が仲間内でイジリに使う共通ネタに変わっただけで、すごくスッキリした。
おかげでカズヤとも、付き合ってみる前みたいにくだらない話を二人でできるようになった。
……。
今回の件で、一度広まってしまったデマを正すのは本当に大変なことだと実感した。
私は知らない人が自分の噂をしていること自体がすごく気分悪いし、それを利用しながら味方のふりして近づいてくる男は本当に気持ち悪いと思う。
それでも、言いたい事が言えなくなってしまった時、笑いながら話せる場を作ってくれて、泣いてる時に「自分が泣かせたって言いながら」何故か反省してくれる友達がたくさんいる。
それがすごく心強い。
やっぱりアフロ先輩はかっこいいし、サブレも素敵だ。
カズヤは……。
まぁ、おしりに変なものが当たってたことは黙っておいてあげよう。
貸し一だね♪
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




