"顔だけ"の男③
しばらくして、俺は真帆の部屋に転がり込んだ。
こう書くと、大学生の彼女の家に高卒フリーターが住み着いて、生活費まで出してもらっているように見えるが、俺はちゃんと働いていた。
週五日。
忙しい時期は週六日。
夕方から店に入って、客が多い日は深夜まで働くこともあった。
手取りで二十五万くらいはあったと思う。
少なくとも、その辺の大学生よりは金を持っていた。
家賃も入れたし、光熱費も出した。
外で飯を食えば俺が払うことの方が多かった。
真帆は別に高い店で飯を食おうとしないし、身の丈に合わないブランド物を欲しがるような女ではなかった。
誕生日に何が欲しいか聞いても、
「別に何もいらないよ」
と言う。
「流石に何かあるのでは?」
「じゃあ、祐介のご飯」
「それはプレゼントと言うのか?」
「じゃあちょっといいお肉買って」
安い女だった。
いや、いい女だった。
見た目も可愛かった。
いつもニコニコしていた。
あまり怒らない。
俺が仕事で帰るのが遅くなっても文句を言わない。
人の家に行けばちゃんと靴を揃えるし、俺の親に会った時も自然に挨拶ができた。
多分、育ちも良かったのだと思う。
「あー!」
「ん?」
「紫陽花が咲いてるよ!祐介!」
「あぁ。この花か。」
「もうそんな季節なんだね」
「?」
街を歩きながら街路樹を見て、もう紫陽花の季節なんだねとか、訳のわからないことを言い出す変わり者だが、そんなところも嫌いじゃなかった。
最初は俺の顔が好きだったらしい。
モグリの新歓を乗り越えて、後日、二人で遊んだ時に聞いた。
「なんであの時、追い出さなかったんだ?」
「だって祐介、顔めっちゃ好きだったもん」
「ふっ。やはりツラが良いと得するな」
「自覚あるのがうざーい」
「この顔で十八年生きて自覚のないやつは目か脳に異常があるはずだ」
「脳に異常があるとは思うよ」
失礼な女だ。
もちろん顔には自信がある。
背もそこそこ高いし、運動も得意だ。
料理だってできるし、手取りだって二十五万もある。
ただ、真帆は俺の知らない俺の良いところを見つける天才だったみたいだ。
玄関で靴を揃えるところ。
意外と魚を綺麗に食べるところ。
面白い漫画を教えてくれるところ。
困ってる人とか危なそうな人がいたらすぐに助けられるように準備してるところ。
それから、
「祐介って勉強してなかっただけで、頭悪くないよね」
「そうか?」
「うん!記憶力もいいし、回転が速いって感じがする」
「そうか。無敵だな」
「調子に乗るな!」
とも言われた。
嬉しかった。
顔が良くて、運動ができて、料理ができて、二十五万も稼いでる。
それだけでも十分なのに、頭も良いときたらもう無敵だ。
俺は自分が頭の悪い高校にいたことを気にしてはいなかった。
勉強していなかったのだから、勉強ができないのは当たり前だと思っていた。
知らないことは知らない。分からないことは聞けばいい。
それだけの話だ。真帆がいれば俺は日吉大生にだってなれる。
偽物だけど。
俺は真帆が大好きだったし、真帆も俺のことが大好きだった。
◇◇◇
真帆と付き合ってそろそろ二年。
こんなに長続きする彼女は初めてだった。
俺はだいたい、
彼女がいない時は適当に遊んで、
やることやって、
「私たちってどういう関係……」
と迫られた時、情に負けて付き合う。
彼女ができると、遊んできた女は整理する。
男のマナーだ。
ただ、整理したからにはちゃんとしたいと言う気持ちが強かった。
十代半ばの田舎女たちにはそれが重かったんだと思う。
バイクで走り回るか、喧嘩をするか、たむろするか、子作りするかぐらいしかやることがない田舎だ。
少し寂しくなったら、相談がてら仲の良い男と飲んでるうちに、何かが何かに入ってしまうことだって珍しくない。
俺の最初の彼女もそうだった。
そのせいかはわからないけど、当時の俺は付き合うとなると、かなり束縛が強かった。
「俺は女と遊ばないのに、なんでお前は男と遊ぶんだ」
「昨日は夜中まで誰と電話してたんだ」
用事があると言って一人で出かけた彼女の後をつけたこともあった。
……その彼女は男の先輩の家に入っていった。
真冬の福島で、鼻水を垂らしながら朝まで見張ったが、彼女は出てこなかった。
翌日40度の熱を出したが、看病してくれたのは彼女ではなく母だった。
こうやってわざわざ被害者を生み出す。
彼女の後なんかつけなければ、浮気を見つけることもないし、40度の熱だって出さない。
……多分、意識はしてなかったけど、相手が悪さをして、自分が被害者のポジションで別れたかったんだ。
付き合ってない時はヘラヘラしながら服を脱いでいた男が、付き合った途端にこれでは溜まったものではない。
女には困らないけど、付き合っている時はストレスでおかしくなる。
それが俺だった。
そんな自分が嫌いだった。
だから女とはあいまいな関係をゆるく続ける方が楽だった。
ただ、真帆と付き合ってからは違った。
もちろん「サークルの飲み会で酔っ払っちゃったから迎えにきてほしい」と言われれば行ったし、バンドで一緒の男に嫉妬することもあった。
それでも真帆のLINEを覗き見する気にはならなかったし、後をつける気になんてなるわけがない。
真帆が違うといえば違うし、そうと言えばそうなんだ。
真帆の大学の男友達は確かに俺よりも勉強はできるはずだ。
それでも真帆が選んだのは俺なのだ。
本当に良い女が俺を選んだ。
それだけで俺の劣等感は消えていた。
俺たちはうまく行っていた。
俺は、
顔が良い。
運動ができる。
料理もできる。
手取り二十五万もある。
頭も良いらしい。
真帆は、
顔が良い。
頭も良い。
性格も良い。
手取りは俺より少ないけど、仕送りがある。
うん。
釣り合ってる。
……釣り合ってるはずだ。
だから俺は、このまま続くのだと思っていた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




