"顔だけ"の男①
今日も『リプトン』の飲み会は絶好調だ。
小野ちゃんは、ちゃんとゲロを吐く時はトイレに行くようになった。
カズヤだって、人に飲ませるだけのクズは子供用運動靴と一緒に卒業したみたいだ。
童貞はまだ卒業できていないが……将来的に卒業も視野に入るかもしれない。
「サブレー!今日はなんか面白い話ないの?」
「美咲ちゃん。欲しがりさんだなぁ」
「へへ」
やはり、飲み会を盛り上げるには、エピソードトークが重要だ。
笑いあり、涙ありのオリジナルストーリー。
よし。
「今日は、『俺の知らない良いところを見つける天才の真帆』の話をしようじゃないか」
◇
佐々木祐介は、自他とも認める男前だ。
小・中・高と、どのコミュニティでも最初に『イケメン』という雑なあだ名がついたのだから、まぁ、間違い無いだろう。
高一の春から急についた『サブレ』というあだ名だが、外見だけで決めた捻りのない『イケメン』よりは幾分か気に入っている。
二十二歳になった今でも使われているし、おそらく三十になっても俺は『サブレ』なんだろう。
ちなみに俺は顔がいいだけじゃない。
身長は百七十五センチくらいでそこそこ高い方だ。
小さい頃からテニスをやっていて、身体もそれなりに締まっていたので、中学、高校と女の子から告白されることも多かった。
高校に入って左耳に開けた三つのピアスは、チャラい顔した男前の俺の顔にはよく似合っていたらしく、さらにモテた。
それにしても顔がいいというのは便利なものだ。
漫画やゲームが好きなオタク野郎な俺でも、
「え、意外!そういうの見るんだ!」
くらいで受け入れられるし、なんなら周りの奴らまでアニメを見出す始末だ。
教室のロッカーには俺が持ち込んだ「刃◯」や「カ◯ジ」はもちろん、「ジョ◯ョ」や「となりの◯物くん」など、様々な名作漫画が貯蔵されていた。
これはあまり人に言ったことがないのだが、俺は人と話すのがそんなに得意ではない。
周りに人が勝手に寄ってきて、勝手に肯定的に捉えてくれるなかで、コミュニケーション能力を鍛える機会を失ってしまったのかもしれない。
とにかく、人の目を見て話すのが苦手だ。
子供の頃、先生に怒られる時に
「怒られている時は人の目を見なさい」
と言われたせいかもしれない。
相手の目を見て話していると、なんだか小っ恥ずかしくなってきてしまう。
ただ、男前はこういう時も便利だ。
浮かれた女が「可愛い」とか言いながら肯定的に捉えてくれる。
そしてもう一つ。自分よりも明らかにスペックが上の人間と話すと、挙動不審になってしまう。
これに関しては、そんな人間はこの社会に多くないので、あまり発動することのない弱点だから、周りの奴らも知らない。
男前に集まってくるのは何も女だけじゃない。男からも、なんとなく目立つグループに誘われる。
勉強はともかく、
顔はいい。
家庭環境も良い。
運動もそこそこできる。
女にもモテる。
喧嘩も弱くはない。
料理も好きだ。
自分で言うのもなんだが、総合すると俺は恵まれているんだと思う。
◇◇◇
俺が通っていた福島の高校は、めちゃくちゃ頭の悪い学校だった。
「勉強なんてしても意味がない」と、一度も宿題を出したことが無く、授業中はずっと寝ていた俺にはお似合いの学校だった。
偏差値は三十くらいだったと思う。
煙草を吸っている奴もいた。
バイクに乗っている奴もいた。
喧嘩もあった。
怖い先輩と知り合いであることを、なぜか自分の強さのように話す奴もいた。
俺も、そういう奴らと一緒にいた。
別にヤンキーになりたかったわけではない。
気がついたら、そういうグループにいた。
昔から大体そうだった。
イケメンにも種類があるが、俺は多分チャラいタイプの男前だ。
目立つグループに強制的に配置される顔だったんだと思う。
俺は煙草を吸わなかった。
当時付き合っていた彼女が、「煙草くさい男は無理」と言ったからである。
バイクの免許も取らなかった。
お母さんが許してくれなかったからである。
友達の後ろには乗っていたけど。
万引きもしなかった。
そんなことしたら親父に家を追い出されるだろう。
喧嘩はたまにした。
思春期の男子はやんちゃなくらいが丁度いいと女子も言う。
そんな高校一年の春。
高校でできた友達の田中の家に泊まりに行くことになった。
突然の外泊は俺の高校では珍しいことではない。
家に帰る日と帰らない日が半々くらいの奴もいた。
今日は友達の家。明日は彼女の家。その次は別の友達の家。
三日くらい同じ服で学校に来た奴に、
「お前、家帰ってんの?」
「昨日は帰った」
「一昨日はどこにいたんだ??」
「タカん家」
タカに聞く。
「こいつ一昨日タカん家いたの?」
「知らん。朝起きたらいた」
そういう連中だった。
親もいちいち気にしていない。
俺の家は少し違った。
「今日、田中ん家泊まってくるよ」
「初めて泊めてもらうんでしょ?じゃあこれ持っていきなさい」
「鳩サブレーじゃないか」
「泊めてもらうんだから持っていきなさい」
そういうものなのか。
いや、俺もそういうものだと思っていた。
少なくとも、その日までは。
田中の家に着く。
「お邪魔します」
挨拶をして、靴を揃えて、田中の母親に紙袋を渡す。
「おじゃまします。これ、母からです」
「あら、わざわざいいのに。ありがとうね」
それで終わった。
夕飯を食わせてもらった。
風呂も借りた。
その後は田中の部屋に集まって、何人かでスマブラをやっていた。
「おい祐介!投げハメは禁止だ!」
「っふ。己の未熟さを棚に上げてマイルールを押し付けてくるとはな」
「死ね死ね死ね!」
「はっはっは!死んでいるのはお前のガノンだ!」
「クソガーーーー!」
男子高校生の夜なんて、大体そんなものである。
その時だった。
部屋のドアが開いた。
「祐介くん」
田中の母親だった。
「はい?」
「お母さんから電話」
「…………はい?」
一瞬、部屋が静かになった。
「お前、母ちゃんから電話来てんぞ」
「聞こえてるよ」
「祐介くーん」
「うるせえ」
笑い声を背中に受けながら、居間へ向かった。
最悪だった。
受話器を取る。
「もしもし」
『祐介?ちゃんとご挨拶した?』
「したよ」
『ご迷惑かけてない?』
「かけてないよ」
『田中くんのお母さんに代わって』
「なんで?」
『泊めていただくんだから、ご挨拶するでしょ』
「もう俺がしたって」
『祐介』
「…………はい」
バイトもしていない高校一年生の俺が、母親に反抗し切れるわけもなかった。
「すみません。母親が代わってほしいって……」
田中の母親に受話器を渡す。
「あら、はいはい」
『もしもし。あ、祐介くんのお母さん。いえいえ、こちらこそ。祐介くん、ちゃんとご挨拶してくれましたよ』
後ろを見る。
田中たちが部屋から顔を出していた。
ニヤニヤしている。
殺したい。
「そういえば」
田中の母親が何かを思い出した。
嫌な予感がした。
「祐介くん、お土産まで持ってきてくれたのよ。ほら」
さっき渡した箱を出した。
田中が近づいてくる。
「何それ」
「鳩サブレー。祐介くんが持ってきてくれたの」
「…………」
田中が箱を見る。
俺を見る。
もう一度、箱を見る。
「お前は今日からサブレだな」
笑い声が起きた。
その日から、俺はサブレになった。
最初は田中たちだけだった。
それがクラスに広がって、別のクラスにも広がって、いつの間にか彼女までサブレと呼ぶようになった。
母親が友達の家に持たせた鎌倉銘菓によって、俺は親からもらった名を失った。
高校生のあだ名なんて、大体そんなものである。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




