"メガネ"で"チビ"で"テニスの下手"なゲロ女③
カズヤは最終的に、最初に格好いいと言っていたラケットを買った。
「まぁ、結局欲しいやつを買うのが一番ではあるな」
とサブレに言われたからである。
「じゃあなんで最初止めたんだよ」
「面が小さいから」
こいつは面の大きさと重さの話しかしない。
「そればっかりだな!」
田村さんが笑った。
美咲ちゃんは、結局サブレが勧めた方のラケットを買った。
私はエメラルドグリーンの、やたらと面が大きいラケット。
サブレ自身は散々売り場を歩き回った末、私たちには違いの分からない二本で十分近く悩んでいた。
「だいぶ悩むね」
「兵器選びに悩むというのも乙ってもんだ」
「乙なんだ」
「小野ちゃんにもそのうち分かるさ」
いつも根拠のないことを言うんだこいつは。
さて。
レジは……。
「ガットとグリップ代込みで25,000円になります」
ラケットとこのあみあみ……ガットは別売りらしい。
ガットもサブレにおすすめされた切れにくいやつにした。
ポリ?ナイロン?よくわからないけど、切れにくい方らしい。
ふむ。
ラケット一本を買っただけなのに、妙な感覚があるな。
借り物ではない。
次の練習からは、これを持ってコートへ行く。
自分で買った、自分のラケット。
……ふむ。
店を出る前、サブレが私の持っているラケットを見た。
「小野ちゃん、それ結構いいな」
「そう?」
「うむ。似合っている」
ラケットに似合うも何もあるのだろうか。
そう思ったが、口には出さなかった。
私はもう一度、買ったばかりのラケットを見る。
派手で、格好をつけていて、そのくせ初心者には妙に優しいという。
運動なんかしたことすらなかった私の、
初めてのマイラケット。
……なるほど。
悪くない。
◇
せっかく五人で集まったので、そのまま飲みに行くことになった。
スポーツ用品店から少し歩いたところにある、学生向けの安い居酒屋。
高いラケットを買った直後なので、ありがたい。
「とりあえず乾杯しようぜ!」
カズヤがジョッキを持ち上げた。
「何に?」
田村さんが聞く。
「ラケット購入記念」
「弱い」
「じゃあリプトンテニスクラブ初心者部門の発展を願って!」
「俺は経験者だが?」
「サブレは顧問」
「二十二歳の一年生がか?」
「給料は出ないけどね!」
「良いだろう。俺が全国に連れて行ってやる!」
「俺、お前とテニスやるの、息苦しいよ」
「俺はゴリではない」
「どうでもええがな!乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
結局、何に乾杯したのかよく分からないままグラスを合わせた。
酒が入れば、買ったばかりのラケットの話など十分も持たなかった。
「え!?田村って実家二俣川なの!?」
「そうだけど……何?」
「つまり『二俣川の田村』というわけか」
「だから?」
「べ、別に」
カズヤが田村さんに変な絡み方をしている。
リプトンだって、別に毎回大騒ぎの飲み会ばかりではない。
少人数でしっぽり飲みをする時だってある。
そんな時、サブレの右に座るのは美咲ちゃん。左はカズヤだ。
このバカどもは乾杯をして、女子がいるのもお構いなしに小学生のような下ネタを話す。
こいつらがこんな話を大っぴらにしてくるのも、
私たちが彼らの恋愛のテーブルには乗っていないからだろう。
楽しそうに笑う美咲ちゃん。
「これだから男子は」みたいな顔している田村さん。
結構楽しみにしている私。
その日もサブレは枝豆を食べながら、
「俺の居酒屋時代のバイト仲間に『おちんちん侍タカシ』ってやつがいてな」
「おちんちん侍タカシ!?」
「あぁ、日吉大学の軽音サークルでボーカルをしていた」
「全然関係ないじゃん」
「出会った当初、あいつは童貞でな」
「カズヤと一緒だね」
「おい!小野ちゃんはどうなんだよ!」
「内緒。セクハラだよカズヤ」
「ずるいぞ!」
「タカシは俺の作るチャーハンを腹の空いた野良犬のように喜んで食べる男だった」
などと言ったくだらない話をずっとしている。
カズヤもサブレも一度マイクを握るとなかなか手を離さない。
面白い話が4割、つまらない話が6割だったが、
私は自分から身の上話をするタイプでもないので、会話のボール支配率が高いバカ達との飲み会が割と好きだった。
その日、
サブレの一発目の話のネタとして使われたタカシの話はかなり面白かった。
おそらく何度も話してきたのであろう、身振り手振りで伝えられるタカシの武勇伝。
自分でも信じられないくらい大きな声で笑ってしまった。
「それでな、月曜日の女は……名前はなんと言ったか……」
二発目のネタとして話していた月曜日の女の話はイマイチだった。
こいつは高校時代、月曜から土曜まで、6人の女の家を泊まり歩き、日曜日は実家に帰ってたらしい。
「当時の俺はまだピュアでな……嫉妬心を隠せないような……」
昔の彼女が何やら不審な動きをしていたから後をつけてみたら、先輩の家に上がり込んで朝まで連絡がつかなかった話は、笑って良いのかわからなかった。
「咳と鼻水が止まらなくてな……帰宅して熱を測ってみたらなんと40度だ……ストーキング行為に精を出している場合ではなかったのだ……」
だけど、真冬に外で鼻水を垂らしながら見張って、翌日に40度の熱を出したという落ちは良かった。
「結局のところよぉ、闘技者の中では誰が強いんだろうな」
「俺は結局のところジャ◯クが最強だとは思ってるんだよな」
「勇◯郎じゃなくて?」
「その名を出すと、この議論に入れるかどうかってところから始めないといけないだろ。前提を崩すというのはバカのやることだ。童貞め」
「勝手に前提を決めて語り出すんじゃねーよ」
「勇◯郎って何?」
「史上最強の生物だ」
「人なのに?」
「あぁ」
「主人公の父であり、師であり、そして母を殺した憎き相手でもあった」
「意味わかんない」
「美咲ちゃんはどう思う?」
「んー。勇◯郎が無しなら武◯かな?」
「美咲ちゃん。それはまた話が変わってくるぜ」
「ジャ◯クは本◯に公園で負けてから格が下がりっぱなしだよー」
「美咲ちゃん。それは過去の話だ。俺は今の話をしている」
奴らのトークショーが終わると、大体漫画やアニメの話をする。
ここにいる五人の共通の話題だ(?)。
サブレとカズヤが二人しか知らないかもしれない漫画の話を始める。
実は読んだことのある私がたまに口出す。
読んだことないのに楽しそうに突っ込んでいって、最後は漫画を借りて行って一週間後には会話に入れるようになってる美咲ちゃん。
とりあえず調べながら漫画自体にツッコミを入れる編集者のような田村さん。
意外と盛り上がる。
時間が過ぎるのも忘れて話していると、
宴もたけなわになってきた頃。
美咲ちゃんが「せっかくラケットを買ったんだからみんなで写真を撮ろう」と言った。
それもそうだ。
せっかくラケットを買ったのに、タカシの話で盛り上がってばかりいた。
そんな発想が自然と出てくるところも可愛い。
それぞれ買ったラケットを手に持って集まる。
フェデラーと同じラケットを持つカズヤ。
国産メーカーの新作を買ったサブレ。
初心者向けとおすすめの棚にあったラケットを早々に選んだ二俣川の田村。
サブレの隣を陣取る美咲ちゃんは面がデカくて可愛いラケットに胸を乗せていた。
エメラルドグリーンの面がでかいラケットに乗せるほどの乳など無い私。
……まあいい。
彼女に浮気されて鼻水を垂らし、40度の熱を出した男。
その男に胸を押し付ける女の子。
大学デビューに失敗した金髪。
すぐに学級裁判を起こしたがる委員長。
少なくともこの場では。
私は「誰とでも寝るらしい小野朝霞」ではなく、
ただの「メガネで、チビで、テニスの下手なゲロ女」でいられたようだ。
それが良いことなのかは、よく分からない。
ただ、
別に嫌ではない。
それだけだ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




