"メガネ"で"チビ"で"テニスの下手"なゲロ女②
「サブレ〜、これとこれだったらどっちがいいと思う?」
美咲ちゃんが、大きな胸を揺らしながら、白とピンクのラケットを一本ずつ持ってサブレのところへ駆け寄っていった。
いつの間にか美咲ちゃんの呼び方が「サブレさん」から「サブレ」に変わっていた。
声が普段より少し甘い。
分かりやすい。
美咲ちゃんは、たぶんサブレが好きなのだと思う。
少なくとも、かなり好意的ではある。
「んー」
サブレは二本を受け取って、重さを確かめるように軽く振った。
「美咲ちゃんだったら、こっちじゃないか?軽いし」
「え、ほんと?私もこっち可愛いと思ってた!」
「ならばそれでいいんじゃないか?」
「でもぉ、サブレが選ぶならどっち?」
「やはり軽い方だな」
「ほんとに?」
「うむ」
距離が近い。
美咲ちゃんは嬉しそうに笑った。
サブレも普通に笑っている。
聞かれれば答えるし、ラケットを持ってやったりもする。美咲ちゃんがフレームの色で迷えば一緒に見ているし、女の子にはこのくらいの重さがいいと説明もしている。
ただ、見ている限りでは、それ以上でもない。
女の子に好かれている男というより、初心者の面倒を見ている経験者だった。
保護者に近い。
美咲ちゃんは可愛い。
泥酔した私を見ると毎回水を持ってきてくれる優しい子だ。
読んだことの無い漫画を200冊以上渡されて、一週間で読んで話に混ざる胆力もある。
ふわふわした服が似合って、ピンクブラウンに染めた綺麗な髪、きちんとした薄めの化粧、でかい胸。
本人も自分が可愛いことをそれなりに理解しているし、男の人との距離の詰め方も私より遥かに上手い。
少なくともチェックシャツのガリ勉たちから「イケそう」と付き纏われるレベルではないだろう。
サブレの隣に並んでいても、私よりはずっと違和感がない。
それでも、釣り合っているかと言われると、少し違う気がする。
サブレはたぶん、もっと自然に目立つ女の人と付き合ってきた。
中学や高校の頃から可愛くて、教室の中心にいて、本人も自分が可愛いことを知っていて、イケメンに話しかけられたところで必要以上に緊張したりしないような女の人。
そういう人たちと、当たり前のように付き合ってきたのだろう。
美咲ちゃんですら少し違う。
私など、尚更である。
少し離れたところでは、カズヤがやたらと細いフレームのラケットを持って、鏡のような柱に映る自分を確認していた。
「これフェデラーが使ってるやつじゃない!これがいい!」
「面が小さいな。当たらないんじゃないか?」
「フェデラーは当ててるじゃん」
田村さんが、
「あんたはフェデラーじゃないでしょ」
と即座に切り捨てた。
カズヤは大学へ入ってから髪を金色に染めたらしい。
金色というより黄色に近い。
たぶん彼も、私に寄ってくる男たちと同じ種類の人間だった。
もっとも、カズヤの場合は大学デビューがあまりにも目に見える形で失敗しているので、かえって警戒心が湧かない。
「あ、そうだ。小野ちゃん」
サブレがこちらを向いた。
「なに?」
「小野ちゃんのも選ばないとな」
「私の?」
「ラケット」
そうだった。
人の恋愛事情を勝手に分析するために来たわけではない。
サブレが売り場から二本のラケットを取った。
「これなんかはどうだ?」
一本を受け取る。
「どうって?」
「重さ」
「分からない」
「振ってみな」
振る。
「どう?」
「ラケット」
「このメス、イカれてやがる」
「声に出てるよ」
「出してるんだよ!」
笑われた。
初心者に聞く方が悪い。
「小野ちゃん小柄で力がないし、なかなか当たらないから、面でかくて軽い方がいいだろう。面がデカければ多少打点がずれたとしても、ラケット自体にボールは当たるさ」
「下手な人用?」
「初心者用」
「言い換えただけじゃない?」
「言い方って大事だろ」
それはそうかもしれない。
サブレは何本か持ってきて、一本ずつ私に握らせた。
違いはよく分からない。
重いものと軽いものがあることくらいは分かるが、その差が私のテニス人生に何をもたらすのかまでは分からなかった。
「これは?」
「さっきより軽い」
「お、分かるようになってきたな」
「それくらいは分かるよ」
「じゃあこれは?」
「……ちょっと重い」
「正解だ」
なぜラケットを買いに来てクイズを出されているのだろう。
それでも、何本か持っているうちに、自分にも持ちやすいものと持ちにくいものがあることくらいは分かってきた。
「これ、はどうだ?」
最後にサブレが一本取った。
エメラルドグリーン。
初心者向けにしては、ずいぶん派手な色をしている。
そして、やたらと面が大きい。
「大きくない?」
「大きい方が当たる」
「私が当てられない前提で話が進んでるね」
「まだ当たらない時の方が多いじゃないか」
反論できない。
持ってみる。
軽い。
何度か素振りをすると、サブレが頷いた。
「うむ。良いな!」
「じゃあ、これにする」
「いいのか?」
「私には違いが分からないから。分かる人がいいって言うなら、それでいい」
「もうちょっと悩んでもいいんだぞ」
「悩むための知識がない」
「その心意気や良しだ!」
サブレが笑った。
こういう男は、私には来ない。
高校時代から目立っていて、運動ができて、自然に女性と話せて、わざわざ大学へ入ってから髪を染めて人格まで作り直す必要のなかった男。
黒髪にかかっているウェーブは天然パーマらしい。
左耳のピアスがよく似合うチャラチャラした男前。
一方、私は高田大学の芋っぽい男子から「俺でもいけるかもしれない」と思われている。
棲息する階層が違う。
母親に尻を叩かれる男前の恋愛のテーブルに、私が乗ることはない。
その程度のことは分かる。
だから、この男とは気楽に話せる。
私をどう見ているのか、いちいち考える必要がない。
くそ。
無駄な男前め。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




