だって"後悔"したくない③
夜の飲み会では、しっぽり卓に座った。
同じ卓には小野ちゃん、サブレさん、カズヤ、アフロ先輩。
他にも何人か先輩がいる。
私はカシスオレンジをゆっくり飲んでいた。
いつもは別のテーブルでどんちゃん騒ぎをしているアフロ先輩やサブレさんがこっちにいるのは珍しい。
アフロ先輩とカズヤとサブレさんがしっぽり「チョモランマ」を飲んでいるのはレアな光景だ。
今日は小野ちゃんが久しぶりに来たからかな?
なんだか楽しい。
いつものどんちゃん騒ぎも、見ている分には楽しい。
でも、サブレさんとかアフロ先輩と一緒に飲めないから、ちょっと寂しかった。
私もお酒が強かったら混ざってみたかったなって気持ちもある。
けれど、私はこうやって話しながら飲む方が多分好きだ。
「それで親父が健康診断に引っかかってな」
サブレさんが話している。
「何で引っかかったの?」
小野ちゃんが聞いた。
「タンパクが出たらしい」
「酒?」
「いや。尿だな」
「尿なんだ」
「男の人は時々尿からタンパクが出て再検査になるらしい」
「なんで?」
「人体の不思議だな」
「下ネタじゃねーか!」
カズヤが言った。
今の下ネタだったの?
「待て。まだある」
話は続いた。
正直。
あまり面白くなかった。
サブレさんの話は、いつも面白いわけではないらしい。
少し安心した。
しばらくして、サブレさんが周りを見た。
誰も笑っていない。
「…………」
突然、両手を構えた。
中華鍋を持つような格好だった。
「まず、中華鍋をチンチンに熱する」
「こいつ!チンチンに逃げやがった!」
カズヤが叫んだ。
「逃げてない。チャーハンの話をしている」
「親父の健康診断どこ行ったんだよ!」
「健康診断は終わった」
「話も終われよ!」
<ははは!
みんなが笑った。
私も笑った。
話そのものは面白くなかったけれど、滑りそうになったらチャーハンを作って誤魔化すところは好きだった。
ふと隣を見る。
小野ちゃんも笑っていた。
自分のペースでお酒を飲んで、みんなの話を聞いている。
この前みたいに無理をしている感じはしない。
良かった。
ちゃんと戻ってこれたんだね。
◇
「真帆はなあ……本当にいい女だったんだよ……」
どうしてそうなったのか。
今度はサブレさんが、元カノの話をしていた。
しかも泣いている。
「俺が金なくても文句言わねえし……俺の作った飯、美味い美味いって食うし……誕生日に何が欲しいって聞いたら、俺の飯が食いたいって……」
「そんな女いる?」
カズヤが言った。
私もそう思う。
可愛い。
頭がいい。
真面目。
優しい。
お金を欲しがらない。
フリーターの彼氏を馬鹿にしない。
……。
チェックボックスがどんどん黒くなっていく。
フィクションでは?
「いる!真帆は実在する!」
「ワ◯ピースみたいに言うなよ!どこにいるんだ真帆は!」
「俺の記憶の片隅で生き続けてるんだよ!」
「死んだみたいに言うなよ!突っ込みにくいだろ!」
みんなが笑った。
たぶん、泣いているのも演技だと思う。
サブレさんの思い出話は、どこまで本当なのかよくわからない。
ただ。
彼女さんの気持ちは、少しわかる。
どれだけ顔が良くても。
優しくて、料理ができて、一緒にいて楽しくても。
二十歳を過ぎてフリーターで、将来のことを何も考えていないとなると、私の採用選考においては書類落ちだ。
もし私が当時のサブレさんと付き合っていたら。
たぶん、彼女さんと同じ答えを出すと思う。
でも。
今、私が出会ったサブレさんは高田大学の学生だ。
二十二歳で入学したから、順調に卒業しても二十六歳。
新卒としてはかなり遅い。
それでも、話を聞く限り、今はちゃんと将来のこともそれなりに考え始めているらしい。
それに。
なんとなくだけど。
この人は二十六歳で新卒になっても、普通に上手くやりそうな気がする。
頭の回転は速い。
人には好かれる。
料理もできる。
運動もできる。
顔もいい。
最後の一つが就職にどれほど役立つのかは知らないけれど、少なくとも損はしないだろう。
エントリーシートのチェックボックスが、全部黒くなっているわけではないけれど。
うん。
アリかも。
「そんなに好きならさあ」
カズヤが言った。
「また付き合えばいいじゃん」
「そうだよ!」
誰かも言う。
「なんでまた付き合わないんだよー!」
サブレさんは少し黙った。
それから、さっきまで泣いていた顔で、妙に格好つけて言った。
「真帆が幸せであるのならば、相手が俺である必要はないのだよ」
「…………」
その時だけ。
水野真帆という人間が、本当にいるような気がした。
私は恋人ができたことがない。
誰かと一緒に暮らしたこともなければ、大好きだった人と別れたこともない。
だから今まで、サブレさんが話す「最高の元カノ」は、どこか物語の登場人物みたいに聞こえていた。
でも。
この人は本当にその人を好きだったのかもしれない。
私だったら、こんなふうに言えるのかな。
好きだった人が、自分ではない誰かと幸せになって。
それでいいなんて。
「ふっ」
サブレさんがグラスを持ち上げた。
「子供にはわかんねーかあああああああ!」
「うざっ!」
「今の返して!」
「はっはっは!大人の恋愛というものを知るがいい!」
そのまま酒を飲んだ。
みんなが笑う。
私も笑った。
この人の話は、嘘か本当かわからない。
泣いて。
格好つけて。
少しだけいい話になったと思ったら、最後には自分で全部ふざけて終わらせる。
なんだろう。
なぜか、それがすごく格好よかった。
「まあ、わかるけどな」
ん?アフロ先輩?
「何がですか?」
「彼女の自慢したくなる気持ち」
「……アフロ先輩、彼女いるんですか?」
「いるよ」
ええ!?彼女がいるの!?
しかも即答か……。
「サークルの人ですか?」
「いや、外」
「どんな人なんですか?」
「めちゃくちゃ可愛い」
即答だった。
「あと優しい」
「へえ」
「俺のアフロも好きって言ってくれる」
「それは相当いい女ですね」
小野ちゃんが言った。
「だろ?」
アフロ先輩が嬉しそうに笑う。
そこから彼女の自慢話が始まった。
何をしてくれた。
どこへ一緒に行った。
こんなところが可愛い。
「写真見る?」
「あるんですか?」
「あるよ」
ええ!
か、可愛い……。
「うわ、可愛い」
「だろ!?」
ものすごく嬉しそうである。
こっちは実在の強度が違った。
「めっちゃ好きじゃないですか」
「好きだよ。俺の彼女だからな」
そりゃそうだ。
背が高い。
顔がいい。
頭もいい。
テニスも上手い。
優しい。
面白い。
アフロではある。
でも、このアフロに彼女がいない方がおかしい。
それに、彼女の話をしているアフロ先輩は、今日一番楽しそうだった。
そっかぁ。
アフロ先輩には彼女がいたのか。
うん。
やっぱりアフロ先輩は素敵だ。
だからこそ。
候補からは外さなければならない。
『高田大学 理工学部 アフロ先輩 評価:S』
顔 :◾️
身長 :◾️
学歴 :◾️
将来性 :◾️
金銭感覚:◻️
性格 :◾️
誠実さ :◾️
結婚願望:◻️
子供願望:◻️
備考:彼女あり(すごく大好きみたい)。アフロ(似合っている)。
……。
アフロ先輩のエントリーシートの備考欄に「彼女あり」と記入し、そっと鍵のついた棚の中にしまった。
◇◇◇
飲み会も終わりに近づいた頃。
「そういや小野ちゃん、ワ◯ピース読む?」
「読むけど」
そこからしばらく漫画の話をしていた。
サブレさんはこの見た目で漫画の話が大好きだ。
「っふ。空◯の良さがわからないとは小野ちゃんもまだまだだな」
「一番離脱が多いポイントじゃん」
「それは過去編をちゃんと読みきれない子供の意見だよ」
「思想強いね」
「俺は千を超える漫画を読んできたが、空◯ほどシリーズとして完璧なものはなかなかお目にかかれないぞ」
「キメ◯アントは?」
「それを出すのは卑怯だぞ小野ちゃん」
キメ◯アントってなんだろう。
「キメ◯アントってなに?」
話に入ってみた。
「キメ◯アントはハンタ◯ハンターにおける一つの長編だな」
「ハンタ◯ハンター?」
「ワ◯ピースと同じ雑誌で連載している漫画だ。休載を挟みながらも根強い人気を誇っている名作だ」
「そうなんだ」
「まさか読んだことがないのか!?」
「ない。女子校出身だから、少年漫画とか読まないの」
「何をアホなことを言ってるんだ!女子校なんて関係なく履修すべき名作だろう!」
「そうなの!?」
「大丈夫。まだ間に合う!明日俺が全巻持ってくるから読んでおけ」
「あ、ありがとう!わかった!」
「ワ◯ピースもいるか?」
「いる!」
サブレさんが漫画を貸してくれる!
嬉しい!
……。
よし……。
私は自然とサブレさんの太ももに、軽く手を置いた。
触った。
触ってしまった。
別に大したことではない。
「他にも漫画のこと教えて!」
「ならば刃◯も貸してやろう」
「刃◯?」
「漢の中の漢の漫画だ」
「じゃあ貸して!」
「いいぞ」
あっさり了承された。
右膝に置いてある私の左手は完全に無視されている。
刃◯の話の方が重要みたい。
……。
ちょっと悔しい。
「ちょっと待て!多分全部で200冊以上あるぞ!」
カズヤが不吉なことを言っている。
「え?」
「美咲ちゃんの覚悟に水をさすとは野暮な童貞だ」
「覚悟ってか完全に知らなかった感じじゃん!大丈夫か美咲ちゃん!?」
「う、うん。頑張る!」
二百冊の漫画かぁ。
初めて読むなぁ。
てか、初めて男の子に漫画借りるな。
てかてか、男の子とものを貸し借りすること自体が……。
ふふん♪
サブレさんは何事もなかったように、また漫画の話を始める。
私もその話に混ざった。
左手をサブレさんの膝に置いたまま。
……。
◇
マサハル君は、なんか違った。
アフロ先輩には、彼女がいた。
サブレさんには、今のところ彼女はいない。
ワ◯ピースや刃◯を借りれば、また話せる。
返す時にも会える。
感想だって言える。
私はまだ、男の人のことをよく知らない。
恋人だってできたことがない。
こういう時に何をすればいいのかも、よくわからない。
でも。
これって決めたら、全力を出す。
だって、後悔したくないもの。
うん。
頑張ってみよう。
でも……。
二百冊の漫画ってどうやって持ち帰るんだろう。
……。
『高田大学 元フリーターのサブレ 評価:A?』
顔 :◾️
身長 :◾️
学歴 :◾️
将来性 :◻️
金銭感覚:◾️
性格 :◾️
誠実さ :◾️
結婚願望:◻️
子供願望:◻️
備考:22歳一年生。元フリーター。ピアス。料理上手。下ネタ多め。酒の飲み方がおかしい。犬になる。元カノ大好き。顔がすごくいい。
ふふふ。
ボロボロでシミのついた、備考だらけのサブレさんのエントリーシート……。
チェックボックスなんて、あんまり意味がないのかもしれないな。
……。
なんてね。
◇後日談
美咲は二百冊以上の漫画を一週間で読みきった。
「パワー最強はジャ◯クだろう」
「いや、花◯だ」
「これだから童貞は」
「関係ねーだろ」
「美咲ちゃんは?」
「んー、オ◯バかな」
「「あー」」
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




