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"無駄なイケメン"め③

銭湯へ行ったあと、当然のように飲み会があった。


『今日は酒を飲まない』


そう決めていた。


前回は初めての酒だったこともあり、自分の限界を理解していなかった。


運動のあとで喉が渇き、風呂へ入り、冷たいビールが予想以上に美味しかった。


そこへ大学生になったという妙な解放感まで加わった結果、私は自制という機能を一時的に失った。


分析はすでに済んでいる。


ならば対策は簡単だ。


酒を飲まない。


それだけだ。


「小野ちゃん、何飲む?」


「ビールで」


……。


反射的にビールと言ってしまった。


酒を飲まないという対策は、どうなったのだろう。


まあいい。


飲酒そのものと過剰摂取は別の行為である。


危険だからといって完全に排除するのは、適切なリスク管理とは言えない。


失敗から逃げ出すだけでは、『チェックシャツのモノノケたち』に囲まれていた頃の私から何も変わっていないじゃないか。


敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。


『百戦危うからずな私』になるためにも、今日はビールを飲む必要があるのだ。


なるほど。


先ほどの「ビールで」は実に合理的判断だったようだ。


うむ。


「はい!小野ちゃんのビール!」


おおお……。


あの日ぶりのビールだ。


「ゴクッゴクッ!ぷはー!んまい!」


練習終わりだし、風呂上がりだ。


美味しいに決まっている!


「小野ちゃん!」


向かいに座ったタカマサ先輩が私のジョッキを見る。


「今日はアフロに吐くなよ!」


「吐かないです!」


「俺、今日着替え持ってきてるよ!」


アフロ先輩が言った。


「今日はゲロを浴びずに帰ってもらいます」


「ほう?なかなか大口を叩くなあ?」


「すでに計算は終わっていますので」


「頼もしいなあ!飲むかぁ!」


「飲みましょう!」


「「乾杯!」」


みんなが笑った。


私も笑った。


思っていたより、嫌ではなかった。


むしろ、少し楽になった。


誰も触れないように気を遣われれば、私も気にしていないふりを続けなければならない。


笑われれば、笑って終われる。


失敗は消えない。


ならば、必要以上に丁寧に保存しておく理由もない。


「そういえば」


私は斜め向かいに座っていたサブレを見た。


「お父さんの面白い話は?」


「おお、覚えてたのか?」


「約束したから」


「ならば、とっておきのやつを話そう」


サブレがジョッキを置いた。


それから話し始めた父親のエピソードは、驚くほどくだらなかった。


『健康診断で便を提出する必要があるのに普通にうんこをし、


流すギリギリで思い出したらしく、


便器の中に手を突っ込んで回収している姿を目撃した』


とかいう話なのだが、


その時の父親の顔が面白かったという説明にかなりの時間を割いている。


まだこのネタを話し慣れていないのだろう。


その顔を知らない私には、面白さの半分も伝わらない。


「それ、お父さんが面白いんじゃなくて、サブレが面白がってるだけじゃない?」


「いやいや、親父の顔見たら絶対笑うって」


「見たことないから分からないよ」


「今度写真見せるよ」


「そこまでしなくていい」


「うんこのだよ」


「もっといらないよ!」


くそっ。


くだらない下ネタで笑ってしまった。


おのれサブレめ許さんぞ。


……。


サブレ本人は楽しそうだ。


この顔で母親に叱られ、父親のうんこの話を嬉々として語っている。


外見というものは、人間を理解するための情報として随分と不完全らしい。


そう考えてから、改めてサブレの顔を見た。


やはり、綺麗な顔だ。


これは別に好意とは関係がない。美醜の判定くらい、感情とは切り離して行える。


ただ、彼が私のような女を恋愛対象として見るとは思えない。


小柄で、黒髪で、分厚い眼鏡をかけたゲロ女と、ジャラジャラピアスを付けた黒髪ウェーブの男前。


釣り合わないにも程がある。


ならば、彼の容姿がどれほど優れていようと、私には何の利益もない。


無駄なイケメン。


今後はそう認識することにした。


「そういや小野ちゃん、ワ◯ピース読む?」


「読むよ」


そこからしばらく漫画の話をした。


サブレは見た目に反して、かなり面倒なオタクだった。


「っふ。空島の良さがわからないとは小野ちゃんもまだまだだな」


「一番離脱が多いポイントじゃん」


「それは過去編をちゃんと読みきれない子供の意見だよ」


「思想が強いね」


「俺は千を超える漫画を読んできたが、空島ほどシリーズとして完璧なものはなかなかお目にかかれないぞ」


「キメ◯アントは?」


「それを出すのは卑怯だぞ小野ちゃん」


顔がいいくせに、こういうところはアホである。


だから話しやすいのだろう。


多分。


「小野ちゃん、次は何飲む?」


空になったジョッキを見る。


「……ビール」


「チョモランマにするか?」


「……チョモランマで」




その日はちゃんと電車で家に帰った。





ゲロは吐かなかった。





百戦危うからずだ。




※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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