"ちゃんとした男"が好きです④
そしてその日の飲み会で、私は『リプトン』のもう一つの本気を知ることになる。
『リプトンテニスクラブ』には、私たちが四月中に見ていたものとは別の顔があった。
お風呂から出て居酒屋へ。
店に着くと、いつものように莉奈と一緒に恵美子さんの近くの席へ座った。
小野ちゃんも少し離れたところで静かに座っている。
金髪の男の子——カズヤ君もいる。
普段私たちがいるマサハル君のグループに、今日初めて現れた三人も混ざって、話していた。
チャラ男はサブレという名前で、二十二歳の大学一年生らしい。
意味がわからない。
新しい子たちが仲間に加わった以外は、いつも通りの平和な飲み会。
楽しいな。
サブレさんの顔。
綺麗だなぁ。
まつ毛が長すぎない?
へんなの。
……。
しばらくすると店の一角だけがおかしなことになり始めた。
<僕たちキウイ♪パパイヤ♪アフロだね♪
「うおおおお!」
<アフロ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪
「うおおおおおおお!!」
アフロ先輩が立ち上がり、馬鹿みたいな勢いでビールを飲み始めた。
周囲から歓声が上がる。
な、何事!?
「ひええ」
「美咲……大丈夫!?」
「……っ大丈夫!」
莉奈と二人で身を寄せ合った。
四月はあんなこと、一度もしていなかった。
『リプトン』も怖いサークルだったの!?
「大丈夫よ」
向かいに座っていた恵美子さんが、呆れたように笑った。
「高田のサークルなんて、大体四月はしっぽりやってるの。新入生に逃げられたら困るから」
「えっ」
「五月になって入会が決まると、みんないつもの顔を出すのよ」
「騙されてた……?」
「騙されてたって言うと、聞こえが悪いわね」
「すみません」
「ごめんごめん!別に怒ってはいないから」
「はい」
「『飲み会の心得 by リプトン』はまだ持ってる?」
「はい」
「そこに書いてあることを守れないと出禁になる」
「え」
「『嫌がる者に飲ませるべからず』」
「あぁ」
「それ以外もだけど、基本的に人が嫌がること系をわざとやっているのを見たら」
「見たら?」
「アフロがあのもじゃもじゃからレッドカードを持って追いかけてくるわ」
「ええ!?」
「これはマジ」
「でもあれは……」
「怖がらなくても大丈夫。あいつらが勝手に飲んでるだけだから」
「へ?」
恵美子さんは騒がしい方の席を顎で示した。
「飲みたい奴はあっち。静かに飲みたい奴はこっち。飲みたくなきゃ飲まなくていい。うちはその辺ちゃんとしてるから安心しなさい」
「……なるほどです」
「むしろ四月の新歓からあれやってるサークルの方が気をつけた方がいいわよ。新入生相手に加減できない奴らは、マジでヤバいのもいるから」
「たしかにそうかもしれませんね」
『プレイジー』の新歓でしつこくお酒を勧められたことを思い出す。
「もし、調子に乗った一年がこっち来たら守ってあげる」
「ありがとうございます!」
恵美子さんがそう言うなら安心だ。
騒ぎたい人は騒ぐ。
静かに飲みたい人は静かに飲む。
それはそれで間違ってないと思う。
ただ、私は間違いなくこっち側である。
莉奈もこっち側。
マサハル君もこっち側。
さっきのお風呂で「ふい〜」とか言っていた小野ちゃんも、見るからにこっち側だ。
こっちはこっちでのんびり楽しんでいればいい。
……。
そう思っていた。
「っぷはー!んまい」
少し離れたところから小野ちゃんの小さい声が聞こえた。
手にはビールの入ったグラスを持っている。
「小野ちゃん、ビール飲めるんだね」
近くにいた女の先輩が言う。
「初めて飲みました」
「えっ、初めて?」
「はい。お父さんが美味しそうに飲んでたので、ちょっと飲んでみたくて」
そう言って、また一口。
「……んまい!」
嬉しそうだ。
へえ。
ビールは一口舐めてみたけど苦くて飲めなかった。
美味しい人には美味しいらしい。
私はカシスオレンジの方がいいな。
しばらく莉奈と話していると、また向こうから歓声が上がった。
「うおおおおおおお!!」
アフロ先輩がビールを飲んでいる。
すごい。
人間ってあんなに早くお酒が飲めるんだ。
ふふ。
馬鹿みたい。
その周りも馬鹿みたいに盛り上がっている。
私は絶対に行きたくない。
でも、ちょっと楽しそうだな。
ふと見ると、小野ちゃんがそちらを見ていた。
「……」
ビールを飲む。
また見る。
「……楽しそう」
え?
小野ちゃん!?
どこへ行くの!?
そっちは危ないよ!
小野ちゃん!
小野ちゃんがグラスを持ったまま、てくてくと騒がしい方へ歩いていってしまった。
誰にも呼ばれていない。
誰にも誘われていない。
自分から行った。
「……え?」
私は思わずその背中を目で追った。
小野ちゃんはそのまま輪の中へ入り、何やら楽しそうに笑っている。
嘘でしょ!?
そっち側なの?
すると、金髪の男の子——確かカズヤ君が小野ちゃんに気づいた。
「小野ちゃん飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」
「まかせろー!うおおおーーー!」
「ええ……」
さっきまで銭湯で「ふい〜」と言っていた小柄な女の子が、ビールを掲げている。
というか。
あのカズヤ君って人、さっきから自分は全然飲んでなくない?
人にばっかり飲ませてる。
怖い。
てか、小野ちゃん飲み過ぎじゃない!?
大丈夫!?
そう思っていると、
「カズヤ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」
今度は別の声が飛んだ。
サブレさんだ。
サブレさんがカズヤ君の肩を抱いている。
顔が近いな……。
「俺、飲ませる側だからさ!」
「カーズヤ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」
「俺はいいんだって!」
「飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」
「くっそ!飲めばいいんだろ!」
カズヤ君がビールを飲み始める。
周囲から歓声が上がった。
怖い。
あの人、カズヤ君を飲ませてる。
ただ、おかげで小野ちゃんへのコールは止まった。
小野ちゃんは何事もなかったような顔でボケっと立ってる。
……助けたのかな?
よく分からない。
そう思って、二十二歳の男を見る。
「大丈夫!俺もチョモランマだ!!」
何を言っているのか分からなかった。
サブレさんの手には、こぼれそうなほどビールが注がれたジョッキが握られている。
「ハハハハハ!」
嬉しそうに笑いながら、それを飲んでいる。
サブレさん……。
人に飲ませていると思ったら、自分の方がたくさん飲んでいる。
しかも、周りを煽っている。
自分から飲んでいる。
ヤバい人だ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




