"顔"のいいやつが嫌いだ⑥
◇8月
夏合宿の夜。
同期で酒を飲んでいた時、誰かが来年の幹部の話を始めた。
リプトンでは十二月のクリスマス会で三年生から二年生へ運営が引き継がれる。つまり、俺たちが一年生でいられる時間も、思っているほど長くない。
「次の幹事長、誰にする?」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
幹事長。
二百人近いサークルの中心。
新歓を仕切って、飲み会を仕切って、合宿を仕切る。
俺が高校時代に思い描いていた『大学の中心人物』そのものではないか。
「俺、やってみたい!」
思い切って言った。
「和也は無理でしょ」
ノンデリ女の田村が即答した。
早い。
「なんでだよ!」
「だってカズヤじゃん」
「理由になってねえだろ!」
「大学デビューだし」
「別にいいだろ!」
「痴漢だし」
「痴漢はしてないっての!」
田村は、よく言えば面倒見がよく、悪く言えば仕切りたがりである。
俺とサブレが話していると必ず割ってきて自分の意見を押し通して帰っていく。
一年生の春の時点で就活に向けて情報収集をしたり、長期インターンに参加している堅物のブス。
お前は自分が幹部になりたいだけだろう。
「童貞だしな」
「童貞ではあるが、それは関係ないだろう!」
サブレが口を挟んできた。
「田村ちゃんは幹事長候補、やりたいの?」
小野ちゃんが聞いた。
「私は……まあ、やる人いないならやってもいいけど」
やりたい顔だ。
めちゃくちゃやりたい顔だ。
「麻衣子、普通に向いてそう」
「仕切るの上手いしな」
「まあね。誰かがやらないと回らないし」
こいつめ。
俺を噛ませ犬にしやがったな!?
くそっ。
悔しいことに世論は同期のチチを無断で触ったと噂される俺よりも、しっかり者の仕切りたがり屋に向いているようだ。
む。
新歓期は一つのグループの長にもなったが、その後童貞バレして都落ちしたはずの、二浪のマサハルがソワソワしている。
ぐぬぬぬ。
ライバルは多そうだ。
「サブレはやらないの?」
俺の彼女では無い美咲ちゃんが聞いた。
全員がそちらを見る。
あぁ……。
確かに、こいつで良いかもな。
少なくとも、俺や田村よりは幹事長になった時の姿が想像できる。
みんなよりも年上で、人付き合いも上手いし、テニスもできる。
それだけでも十分だというのに、飲み会でバカやりながらも周りを見ているし、何より女にモテる。
こいつがやるというのであれば、田村でさえも納得せざるを得ないだろう。
「俺はちょっと違うんじゃないか」
?
「なんで?」
初めて田村と意見が一致した。
「確かに、顔が良くて、頭も良くて、運動もできて、性格も良い。そんな男に頼りたくなるのは自然の摂理だ」
何を言ってるんだこのバカは。
「しかしながら、俺は二十二歳の一年生だ。若者たちに与えられた『成長の果実』を盗み食いすることはできない」
「成長の果実?」
「席が限られたポジションに就くのは、いわば成長イベントだ。俺は高校を卒業してから働いて、すでにバイトリーダーまで経験している」
「なるほど?」
「つまり、責任を負って失敗するという美味しいイベントを、俺は一度消化済みということだ」
「美味しいの?」
「美味しい。失敗すればするほど経験値が入る」
「じゃあ成功したら?」
「もっと美味しい」
「無敵だね」
「うむ。だから、まだ食ってないやつが食えばいい」
こいつはいつも訳のわからんことを言いながら、会話の主導権を持っていきやがるな。
おい、見てみろ、美咲ちゃんがニコニコしながら困っているじゃあないか。
こいつと一緒に過ごすようになって長い俺には、なんとなく言いたいことは分かるが……。
「つまり、自分はやりたくないということね」
小野ちゃんが雑にまとめた。
<ははは!
みんなが笑っている。
こいつが関わるといつもこうだ。
「……んで、どうするの?」
田村が聞いた。
「何が?」
「幹部候補」
「カズヤで良いんじゃないか?」
「え?」
俺!?
なぜ俺なんだ!?
「情報を整理しよう。
現在候補に挙げられるのは、
『できるはずだと推薦された二十二歳の一年生』
『他にやる人がいないならと言うしっかりもの』
『やりたいと手をあげる童貞』
で間違いないな?」
「そうね」
もう、誰も俺を童貞と呼ぶことにはツッコまない。
おい、二浪のマサハル!
何を笑ってやがる。お前はこっち側だろうが。
サブレが続ける。
「この3人の候補であれば、やりたがっている童貞がやるのが一番だろう」
「関係なくない?」
「なぜだ?」
「カズヤに任せたら普通に事故るでしょ」
「事故ることの何が悪い」
「え?」
「サークル幹部の起こせる事故などたかがしれているだろう」
「んー、たしかにね」
……。
さすがサブレ。
田村を黙らせた。
「新歓で先輩にゲロをぶちまける以上の事故は世の中にそんな無いと思うよ」
<ははは!
小野ちゃんが恥ずかしそうに笑うと、黙っていたみんなが笑った。
ありがとう。
小野ちゃん……。
「ははは!」
俺も一緒に笑った。
「まぁ、事故る前に私がサポートすれば良い話ね」
「さすが田村だ。ただの頭の硬い女ではない」
「褒めてんの?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
「まぁ、悪くないわね」
田村……。
「こいつの足元を見ろ」
「ん?」
「すでに新歓の時に履いていた『子供用運動靴』を脱ぎ捨てているだろう」
「おお!」
「成長しているということだ」
「おおお!」
「カズヤならできる。そう思いながら成長を見守ろうじゃないか」
そう言ってサブレはビールを飲み干した。
<よっしゃー!
<ちゃんとやれよカズヤ!
<女のチチを勝手に触るなよ!
みんなが笑顔で拍手をしている。
小野ちゃんが助け舟を出してくれた。
みんなが認めてくれた。
田村は少し不服そうだけど。
何よりこのバカが俺を選んでくれた。
この、一軍のチャラ男たちですら逃げ出すような化け物が、
「カズヤならできる」
と言った。
……。
「オラァ!なんか言ってみろ!カズヤァ!」
マサハル……お前、だいぶキャラが変わったな。
「学生注目!」
<なんだー!
「えー!誠に僭越ながら!自己紹介をさせていただく!」
<おおー!
「私立鴨台高校出身!」
<名門!
「リプトンテニスクラブにおきましては、華の!」
<華の!?
「華の!」
<華の!?
「華の幹事長候補を務めさせていただきます!」
<おおー!
「性は中村!名は和也!以後!お見知り置きを!」
<パチパチパチパチ
「ゴクッゴクッぷはー!ごちそうさまでした♪」
<わっしょい♪
酒を飲んでバカやってる俺たちを外から冷笑して、美咲ちゃんの胸をチラチラ見ながら『進路と英語の重要さを語る』以外に、何もできなかった二浪のマサハルだって変われたんだ。
俺が成長できない理由なんて一つもないさ。
……。
俺はずっと一軍になりたかった。
安全なところから人をいじって笑いをとって、彼女もいて、童貞ではない。
全てが自分中心に回っているような態度の奴らを妬ましく思っていた。
だから、髪を染めて、おしゃれをして、テニサーに入った。
コールだって覚えたし、年上の男前に酒を飲ませたりもしてみた。
しかし、一軍になれたかって言われたら難しい。
そもそも一軍なんてものは俺が勝手に作り上げた幻想なのかもしれない。
幻想……は言い過ぎか。
俺やマサハルのように、一軍コンプレックスを持っている人間はおそらく少なくはないだろう。
だが、俺たちはしっかりと楽しい大学生活を過ごしている。
んー。
初めてできた彼女には、すぐ逃げられた。
童貞の呪縛からはしばらく逃れられることは難しそうだ。
『レッドリンクス』のチャラ男には泣かされたし、今でもみんなの前で絡まれたら泣いてしまうかもしれない。
『同期のチチを勝手に揉んだ』などという不名誉な噂も消えてはいない。
想像してきた一軍の生活とはかけ離れているが……。
……。
ノンデリの田村に「クソカズヤが。近寄るなセクハラ野郎」などと言われ、
二浪のマサハルに「お前みたいな奴が童貞の評判を落とすんだ!節度を持て!」などと説教され、
サブレや小野ちゃんと漫画の話をしながらバカみたいに酒を飲む。
そんな毎日が俺は嫌いじゃない。
もしも、想像していた一軍のように、『人を呑ませて自分は呑まずに笑っている側』に俺が立ったとしても、その延長にこの世界は無かったんだろうな。
多分。
隣を見ると、何も考えてないような顔で酒を飲み続けるムカつく男前。
気づけばいつも俺は、こいつと酒を飲んでいる。
こいつは、こっちが頼んでもいないのに、自分のいる場所へ人を引きずり込んでくる。
しかも本人は、それを大したことだと思っていない。
……こういうところだ。
だから、俺は顔のいいやつは嫌いなんだ。
「おい、サブレ」
「ん?」
「飲めよオラァ!」
「ンゴごご……やってくれたなぁカズヤ」
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




