"顔"のいいやつが嫌いだ⑤
◇7月
夏休みまでに彼女が欲しい。
別に唐突にこんなことを言っているわけではない。
『夏休みまでに彼女』は、俺の中でかなり重要な目標だ。
大学一年生の夏休みといえば、海、花火、祭り、旅行、そして彼女である。
だから俺は思い切って告白することにした。
相手は、同期の森川美咲。
別にこの子じゃなきゃダメだったのかと言われたらわからない。そんなことを童貞に聞かれても困る。俺は可愛い女子は大体好きだし、みんなもそうだろう。
夏休み前に彼女を作る計画に都合がよさそうだったのが美咲だったんだ。
リサリサの服を好んで身につけていてピンクの似合う美咲は、女子校出身で、俺と同じように異性との距離感にはあまり慣れていないように見えた。
そして、巨乳だった。
漫画やアニメの話でも盛り上がれる。
LINEだって返ってくる。
二人で学食を食べたこともある。
完璧だろ?
今日はサークル終わりの飲み会も比較的穏やかに終わってほろ酔いだ。
最高の告白日和ということもあり、帰り道に美咲ちゃんを呼び出した。
よし。
「俺、美咲のこと好きなんだけど。付き合わない?」
「えっ……」
長い沈黙。
「ふふっ」
美咲が笑った?
これは……イケる!
「……じゃあ、付き合ってみる?」
勝った!
巨乳で可愛い美咲ちゃん……いや、美咲が俺の彼女になった!
今日は俺の人生で一番の日と言っていいだろう。
そして、これから彼女の美咲と共に人生で一番の日を更新し続けよう。
手を繋ぎ、ハグをし、キスをし、そして念願の童貞卒業式だ。
卒業式には歌を歌おう。
旅立ちの日に。
名曲だ。
……。
何を見ている。
あっちを向け!
俺は童貞ではあるが、別に獣ではない。
まずは手を繋ぎ、そしてハグだ。
キスは……。
まだ、予習が足りていない。
なるようになるだろう。
それが恋人というものなのだから。
◇
一週間後。
サブレに教えてもらった焼肉屋で美咲とデートした。
まさか、店員が焼いてくれるなんて思いもよらなかったな。
肉はめちゃくちゃ美味かったし、雰囲気も最高だった。
俺の彼女の美咲も、ああいった店に入ったのは初めてだったのか、最初は緊張していたようだが、楽しんでいたと思う。
初回デートにしてはかなり距離が近くなったんじゃないだろうか。
手を……握りたい。
「今日は楽しかったな」
「そうだねー。お肉美味しかった」
「やっぱり人が焼いてくれる肉はいいなあ」
「……そうだね♪」
手を……握りたい。
やばい。駅が近づいてきた。
今日のデートは完璧だった。
しかし、より完璧にするにはエッセンスが必要だ。
俺の彼女の美咲は女子校出身で彼氏ができたことは無いらしい。
俺がリードしなくては。
「もう、駅だな」
「ねー。また明日サークルでね」
まずい、解散してしまっては、今日のデートは90点で終わってしまう……!
俺は東大に1点足りなくて入れなかった。
同じ轍を踏む気はない!
いざ!
「美咲!」
男らしく美咲を呼び止めると、周りの目を気にせず力強く抱きしめてこう言った。
「美咲……愛してるぜ」
渾身のバックハグが決まった。
柔らかい……そしていい匂いだ!
女の子は焼肉の煙を浴びたところで、それを上回る良い匂いを身体から醸し出しているものなのか。
それとも俺の彼女の美咲だけなのか。
難しいことは俺にはわからない。
だが、これだけはわかる。
俺の彼女の美咲を抱く権利を持っているのは彼氏の俺だけだ。
この匂いは俺だけのものなのだ。
……。
俺は少しだけ男として成長できた。
美咲の体が固まっている。緊張しているのだろう。
俺の"カズヤ"だってそうだ。
固まっている。
緊張しているのだろう。
俺たちはお互い、初めての彼女と彼氏だ。
同じように緊張して固まってしまうのも無理はない。
ふふ。
一緒に成長していこう。
美咲。
今日、俺たちの最高の一日がまた更新された。
……。
…………。
………………。
はずだった……。
◇
帰りの電車で彼女の美咲に連絡する。
アフターケアは重要だ。
焼肉デートで90点。
男らしさを見せて98点。
最後の2点を埋めにいこう。
『今日は楽しかったぜ。愛してるよ』
これで100点だ。
よし、風呂に入ろう。
服についた俺の彼女の美咲の体臭が取れてしまうのは勿体無い気がするが……。
まぁ、これからは何度だってハグしていい。
次はキスだ。
そうやって俺たちは成長していくんだ。
先を見れば、今この瞬間の快楽を追って風呂に入らないよりも、清潔であることの方が優先度が高い。
俺はわかっている。
◇
風呂に入って身を清めた。
寝る前に彼女の美咲と電話して眠ろう。
お、返事が来ているな。
男らしいアフターメッセージに、さぞ興奮したことだろう。
俺の彼女の美咲よ。
どれどれ。
……。
『ごめんなさい。やっぱり付き合えません』
?
…………。
『ごめんなさい。やっぱり付き合えません』
??
………………。
『ごめんなさい。やっぱり付き合えません』
???
何度読んでも意味が変わらなかった。
美味しくて雰囲気の良い焼肉デートで90点。
美咲も楽しんでいたはずだ。
あれが演技だとしたら俺は女を二度と信用できない。
そして、男らしく抱いた。
98点にはなったはず。
美咲も俺も緊張していたが、お互いの心音をシェアしたことで好感度が下がるわけがない。
彼氏と彼女なのだから。
メッセージだって、完璧だったはずだ。
採点結果が100点なのに落ちるわけがない。
何かの間違いだろう。
直接話して理由を聞こう。
誰かに脅されているのだろうか。
トゥルルルル
トゥルルルル
トゥルルルル
出ない。
トゥルルルル
トゥルルルル
トゥルルルル
出ない。
『俺の彼女の美咲』は、夏休み前に、『サークル同期の美咲ちゃん』に戻っていった。
……。
なぜだ。
◇
サブレと反省会をした結果、俺はステップを一つ飛ばしてしまっていたらしい。
手を握ってからハグ。
この順番を誤った結果、100点のデートは-100点にひっくり返った。
デートとはオセロのようなもの。
恋愛マスターのサブレが言うのだから、そうなのだろう。
そこまでは理解した。
しかし、一つだけわからないことがある。
高田大学の人間は噂が大好きだ。
ちょっとしたゴシップネタが日々校内を飛び回っている。
噂話に出てくるやつらは、割とイケてる、交友関係の広い連中が多く、良かろうが悪かろうが、噂されること自体が上位カーストの条件な気がしていた。
俺もいつか噂になるような人間になれるのだろうか。
そう思っていたんだが……。
『中村和也が路上で突然、森川美咲の胸を触ったらしい』
俺はそんな勇敢な男だったのか……!?
全く自覚はない。
いや、柔らかかったし良い匂いがしたのは覚えている。
『女の子とは柔らかいものなんだな』と思っていたがまさか。
……。
俺はチチを触っていたのか!?
わからん。
一段飛ばしどころか、何段飛ばしたんだ俺は!?
俺は童貞ではあるが、獣ではないと自認していたのだが……。
どうやら獣だったらしい。
いや、わからん。
サブレが俺を睨んでいる。
いや、誤解だ。
いや、誤解じゃないのかもしれない。
ど、どっちなんだ。
まあ、流石に俺も彼女とはいえ、無断で、無自覚のうちに人のチチを揉んだりはしないはずだ!
そんなことをするのであれば、大学よりも病院に行くべきだろう。
「童貞は時に謎の力を発揮するが、お前にはまだそんな度量もないだろう」
などと、不名誉な理由ではあるが、幸いサブレは俺のことを信じてくれたみたいだ。
……。
計画通り、100点のデートをしたはずが、彼女は失われる。
イケてるやつの噂に憧れていたが、不名誉な噂が流れてしまった。
受験というのは、点数さえ取れば合格したというのに。
大学生活とは不可解なものだ。
……。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




