"顔"のいいやつが嫌いだ③
リプトンの掲げる一つのスローガン。
『テニスも飲みも本気』
文武両道を掲げる高校のように、耳当たりの良いことを言ったものの、実態とはかけ離れているなんてことはよくある。
というか、それが普通だろう。
しかし、リプトンは本当にどちらも本気だった。
アフロ先輩のようにテニスが異次元に上手い人だけでなく、皆が勝ち負けにこだわらず、自分なりにうまくなろうと練習していることは、さっきの練習会で理解した。
そして飲み会だ。
新歓期で皆、顔と名前が一致するわけではない。
なので、どこのサークルでも、イベントの前には名札を用意するのだが、大体はガムテープに名前を書いたものを胸に貼り付けるだけだ。
お調子者のやつなんかは自分の顔に貼り付けたり、人の名札を勝手に集めたりすることもあるみたいだが……まあいい。
名札一つとっても『リプトン』の本気が伺える。
未成年には赤い名札、成人には青い名札を渡し、飲み会における諸注意のカードを渡される。
すごい。
四月のうちにいくつかの新歓を回った俺でも、ここまでちゃんとしているサークルは見たことがなかった。
こんな真っ当なサークルで俺がコールなんかやったら浮いちゃうかも知らないな。
みんなそんな酒も飲めないだろうし。
……。
まぁ、俺が引っ張っていってやるかー。
◇
居酒屋に入り、適当な席に座る。
新入生自体は結構いるのだが、五月になって初めて『リプトン』の練習会に参加したのは、俺、小野ちゃん、サブレの三人しかいないらしい。
すでに仲良しグループができていた。
この席は眉毛が太い短髪の男……二浪のマサハルが中心になっているグループらしい。
別に一浪も二浪も珍しくないサークルなのだが、こいつだけなぜか『二浪のマサハル』と呼ばれており、浪人の称号を独占している。
「俺は中村和也!カズヤって呼んでくれ!一浪だからみんなにとっては年上だと思うけど、タメ口でいいぜ!」
マサハルが二浪だからアレだが、現役で大学に入った赤い名札をつけてる奴らはまだ未成年のガキだ。
気さくにタメ口で良いと言った方が好印象だろう。
な?
「文学部の小野朝霞です」
小野ちゃん、下の名前は朝霞っていうのか。
可愛い名前じゃないか。
「商学部のサブレ。俺も新入生だ」
「サブレ?」
「地元でそう呼ばれてた」
「へえ、変わったあだ名だね」
「なんで?」
「鳩サブレーから」
くそ、サブレが喋った途端に話題を持っていかれた……。
取り返さなくては……!
「サブレはテニスやってた?」
くっ、こいつがテニスをやっていたことなど知っているのに、バカなことを聞いちまった。
「中学まではやってたな」
「俺、中学バスケ!小野ちゃんは?」
「運動部は入ったことないかな」
なんとか話題を周りに分散できた。
そこからは割と自然に初対面トークが回っていった。
学部の話。
高校時代の部活の話。
受験勉強の話。
センター試験が何点だったか、志望校は他にどこがあったのか。
インターンがどうとか、英語がどうとかの話になると、二浪のマサハルがやけに饒舌だった。
チラチラと巨乳の美咲ちゃんの胸を横目で見ながら話しているマサハルとは少し仲良くなれそうな気がした。
浪人の話になると、俺、美咲ちゃん、小野ちゃんは一浪で、マサハルは二浪だった。
誰からともなく、
「二浪はおっさんじゃん!アルコール合法ニキじゃん!」
などと雑ないじりが始まった。
一浪だが四月生まれの俺、美咲ちゃん、小野ちゃんも青い名札をつけているから合法なのだが……。
「俺もおっさんだ!二十二歳!今年二十三歳になるぞ!」
さっきまでボケッと話を聞いていたサブレが勢いよく前に出てきた。
名札の青色が俺たちよりもやたらと濃いと思っていたんだが、まさかその濃ゆさに意味があったとは……。
「え、サブレ二十二なの!?」
「うむ」
「マジで!?」
「見えない!」
先輩たちも驚いている。
「じゃあ、俺よりも年上?」
「おっしゃる通りだ!」
「…………」
こいつ、雰囲気的に現役生ではなく、俺と同じ一浪くらいに思っていたが……。
顔が綺麗で肌艶が良いので、四浪おじさんには全く見えない。
ってか、こいつこの顔で四年間浪人生活を送ってきたのか!?
「佐———サブレはさ、なんで今大学入ったの?」
危ない、「佐々木さん」と呼びかけた!
ここで下手に出たらまた『レッドリンクス』の時と一緒じゃないか。
美咲ちゃんも小野ちゃんも俺を見ている。
ここは毅然とした態度で一軍のノリを見せてやらなきゃ。
「フリーターやってたら彼女に振られちまったから」
「なんで?」
「『将来性の無い、顔だけの男なんかとはこれ以上付き合えないわ!』って」
「ひど!ひどいこと言われたな!」
「いやぁ、本当のことだし、おかげで勉強するきっかけになったし、いい女だったぞ」
「その余裕ムカつくな!」
モテる男特有の余裕を見せつけられて非常に気分が悪い。
俺はすでにこいつのことを嫌いになりかけている。
いや、普通にこいつのことは嫌いだ。
なんなら鎌倉銘菓の『鳩サブレー』すら嫌いになりそうだ。
しかし……。
こいつも苦労してんだなぁ。
ってか、フリーターが二年勉強して高田に入るってスゲーな……。
だが、褒めてはやらんぞ。
あくまで『リプトン』でのお前は俺の引き立て役だ。
……。
そのあとは、他のテーブルから突然現れたデリカシーの無いブスがサブレに
「卒業の時、二十六ってこと?就職とかできんの?」
とか言い出して、場が凍った以外に特筆することはなく、平和な飲み会が始まっていった。
◇
飲み会が始まり少し時間が経つと、『テニスも飲みも本気』の『リプトン』が顔を出してきた。
サブレに失礼なことを言って、アフロ先輩に連れていかれた、『ノンデリ女の田村麻衣子』が再び二浪のマサハルテーブルに戻ってきてからは、進路の話やどんな講義を取るかなどというつまらない話が主になった。
相変わらず美咲ちゃんの胸をチラ見しながら熱弁するマサハルを眺めていると、何やらおかしな歌が聞こえてきた。
<俺たちキウイ♪パパイヤ♪アフロだね♪
変な歌を歌っている野郎どもに合わせてすごい勢いでビールを吸収する黒い球体。
!?
なんだあのビールを飲むスピードは!?
『レッドリンクス』は高田大学の中でもチャラいと有名なサークルだったが、その『レッドリンクス』にさえ、こんなイかれた速度で酒を飲む球体は存在しなかった。
むしろ『レッドリンクス』では、俺や他のイジられキャラの先輩が飲まされているだけで、チャラい奴らは女を横に置いてコールを振ってばかりだったじゃないか。
テニスが一番うまくて、180cm以上の長身かつ、アフロでもわかるイケメンの先輩がここではイジラレキャラなのか!?
<アフロが飲む〜ぞ♪アフロが飲む〜ぞ♪アフロが飲む〜ぞ〜♪
<三秒で飲〜むぞ!3・2・1!
「うおおおおお!」
ビールの中瓶を回転させながら一気に飲み干すアフロ先輩。
すげぇ!あのコールって、小さいコップでやるやつじゃなかったのか!?
「アフロ先輩!俺もお供します!」
「おお!サブレ!乾杯しよう!」
「はい!」
「"杯"を"乾かす"と書いて!乾杯!」
「乾杯!」
サブレが自然と狂宴の中心に入っていった。
二人して異常なスピードでビンビールを空にしやがる。
あいつ……おとなしくしていると思ったら、タイミングを見計らってやがったな。
アフロ先輩をどうイジるか……。
ここで一軍としてやっていくには、進路の話をしている場合じゃねえ。
よし。
「アフロ♪飲んでなくない♪うぉううぉう♪」
言ってやった。
さぁ、どう出る!?
「おお!カズヤ!良い度胸だなぁ!」
周りも俺に乗ってくる。
<アフロ♪飲んでなくない♪うぉううぉう♪
「ウオオオオ!まかせろー!」
やった。
俺が場を盛り上げてやった。
「サブレ♪飲んでなくない♪うぉううぉう♪」
あとはサブレさえやっちまえばこっちのもんだ。
<サブレ♪飲んでなくない♪うぉううぉう♪
「はっはっは!ゴクッゴクッ!ぷっはー!ごちそうさまでした!」
<わっしょい!
よし!サブレもいじってやった。
サブレとアフロ先輩の二人を弄れる俺は確実に一軍だ。
そうにちがいない。
……。
◇
先ほどラスボスのサブレを手中に収め、多少なりとも酒の入った俺は絶好調。
入学前にYoutubeで学んだ飲み会用コールで同期や先輩を煽っていた。
「小野ちゃん飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」
「まかせろー!うおおおーーー!」
俺のコールで顔を赤くした小野ちゃんが笑いながらジョッキを空にする。
小さな体のどこにこの酒が収納されているのだろうか。
周囲も笑っている。
女の子がいて、酒があって、先輩がいて、みんなで騒いでいる。
その中心に俺がいる。
これだ。
これこそ俺が高校時代に想像していた世界だ。
「おいおい♪小野ちゃん♪そんなもんじゃねーだろ♪」
数少ないレパートリーから2つ目のコールを早くも使う。
「まかせろー!うおおおーーー!」
小野ちゃんは全力だ。止まることを知らない。
よし、このまま小野ちゃんには、果てしない闇の向こうに手を伸ばしてもらおう。
明日のことなんて誰にもわからない。
だが、この飲み会の中心にいる俺は、間違いなく一軍として固定されるだろう。
……。
ふふふ。
一軍男子としてモテまくる大学生活を想像しながら、下半身を膨らませている俺の肩を、何やら硬い物体が固定してきた。
サブレの上腕二頭筋だ。
「カズヤ♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
突然、歌い出すサブレ。
すごい力だ、動けない……。
まずい。
俺がなりたい一軍とは酒を飲ませるものだ。
飲まされるものではない。
自分のコールで盛り立てて、周りの奴らの醜態を見て笑う。
それが一軍のやるべきことだろう。
「俺?俺、飲ませる側だからさ!」
「カズヤ♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
「いや、そういうキャラじゃ無いし!」
「カズヤ♪飲んでなくないウォウウォウ♪」
「話を聞け!クソガァ!」
全く話を聞かないサブレ。それに乗っかってくる周りの連中。
流石にここで飲まないのはノリが悪いと思い、一杯だけジョッキを開けた。
これでどうだ!
ん?
なんだサブレ。
俺のジョッキがどうしたって?
やつは指差しこう言った。
「ちょい残し♪」
「ん?」
「ちょい残し♪」
サブレが歌うと、隣の女子が俺のジョッキにビールを注ぐ。
「まて」
「ちょい残しは♪」
「おい」
「チョモランマ♪」
「チョモランマ!?」
なんだよチョモランマって!
意味がわからない!
そんなのは知らない!
「おい、多いって!」
「大丈夫。俺もチョモランマだ!」
訳のわからないことを言いながらジョッキから泡が溢れ出るほどのビールを嬉しそうに見せつけてくるサブレ。
だから何だってんだよ!
勢いよくサブレがチョモランマを飲み干すと、先ほど潰した同期達が起き上がる。
<ちょい残し♪
「おい」
<ちょい残し♪
「やめろ。寄るな」
<ちょい残しは♪
「こっちへ来るな!」
<チョモランマ♪
「ちくしょーーーー!」
本物の一軍が作り出した、『勝利も敗北も無いまま続く、孤独なレース』に俺は巻き込まれていった。
薄れゆく意識の中で、俺の好きなアニメのキャラたちが言っていた言葉を思い出す。
『呑ませていいのは、呑む覚悟のある奴だけだ!』
……。
『呑ませるからには命をかけろよ?それは脅しの道具じゃねぇって言ってるんだ!』
……。
『呑ませる力を強くしたければ、それ相応のリスクを背負う必要がある……これが制約と誓約』
……。
気がつけば……。
……。
…………。
………………。
下半身を露出した状態で便器を抱いて眠っていた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




