"顔"のいいやつが嫌いだ②
イケてる大学生といえば?
そう。
『テニサー』だ。
なぜか知らんが、大学生になった途端、テニスをやりたがる男女が多いらしい。
少なくとも高校時代の俺が描いていた『一軍の大学生活』において、『テニスサークルに入る事』はかなりのウェイトを占めていた。
昼間は男女で爽やかにテニス。
練習が終わればみんなで飯へ行き、時には酒を飲む。
夏には合宿があり、海でバーベキューなんかもするだろう。仲間たちと花火を見に行き、そして恋愛に発展するようなイベントも……。
完璧だろ?
俺はテニスを体育の授業で嗜んだ程度しかやったことがないが、問題はないはずだ。
高田大学には五十を超えるテニスサークルが存在しており、そのどれもが『初心者大歓迎』を謳っている。
初心者大歓迎のサークルには初心者が集まっていくものだろう。
しかし、その幻想は初めて練習会に参加した『クリームレモンテニスクラブ』で淡くも崩れ去った。
初心者歓迎は嘘ではない。実際、初心者の俺にも先輩たちは優しかったし、ラケットの握り方から丁寧に教えてくれた。
ただ、新入生のほとんどが普通に経験者だった。
「和也くん、テニス初めて?」
「まあ……授業でちょっと」
「そっか……、じゃあフォアからやろっか!」
一人の先輩がつきっきりになり、コート半面を使い、玉出しをしてくれる。
「すごーい!上手上手!」
優しい。
めちゃくちゃ優しい。
だからこそ辛かった。
「オラァ!」
「ナイスショットー!」
「センキュー!」
隣のコートでは、他の新入生同士が俺には理解できない速度でラリーを続けている。
先輩が初心者にも打ちやすい高さに出してくれた球を打っているにも関わらず、俺のボールはネットに刺さった。
似合わない金髪だけがやたらと目立った。
違う。
俺が求めているのはこれではない。
◇
二つ目に参加したインカレテニスサークルの『レッドリンクス』は、逆に俺が想像していた大学生活そのものだった。
どうやってうちの大学に入ったのかよく分からないような茶髪にピアスのチャラい男達。
インカレで参加しているテニスラケットよりも別のものを握っている方が似合う、頭は悪そうだが可愛い女達。
『男子は高大、女子はインカレのサークル』とはこのようなものだ。いかに頭が悪そうに見えようと、将来ほとんどがエリート街道を進む高大の男。そいつらをブランド物の如く狩りにくるすけべな女。
歪な構造だが、需要と供給がマッチして成り立っている。
そんなサークルだからこそ、一夏のアバンチュールには大きく期待できる。
ここだ、ここでポジションを確立し、彼女を作ってそのあとは……。
「お前、一年?」
下品な妄想を繰り広げる俺の肩をたたき、声をかけてきたのは茶髪にピアスでやたらと胸の空いたシャツを着た色黒のチャラ男だった。
「あ、そうっす」
なぜか敬語で答えてしまう。
「一般?」
「あ、一般っす。一浪ですけど」
「あー、やっぱり」
「やっぱり?」
チャラ男は俺の髪を見る。
「大学入って染めたっしょ?」
心臓を刺された。
「あ、いや、まあ」
「やっぱり!めっちゃ大学デビューじゃん!」
周囲が笑った。
「いやいや、そんなことないっすよ」
「高校ん時どんな感じだったの?」
「普通っすよ、普通」
「絶対オタクだったでしょ」
「いや、普通だって」
「アニメ見る?」
「面白いのは見るけど」
「ほら!」
また笑いが起こった。
面白いアニメを見るだけでオタク野郎扱いだ。
……。
その日の夜に開催された『カラオケでの飲み会』はひどかった。
『オタク!飲んでなくない?ウォウォウ♪』
などという雑なコールから、
『すーい、すーい、すいすいすい♪カズヤが飲まなきゃ嫌だっちゃ〜♪』
『1・カズヤ♪2・カズヤ♪3・カズヤからの死亡〜♪』
誰もが知っている曲に合わせて酒を煽って盛り上がることもある。
だが……。
全部俺だけじゃないか。
「おー!カズヤ飲めるジャーン!」
「お、おう」
苦しい……。
幸い俺は酒が強かったらしく、飲まされ役のポジションで馴染むことはできた。
しかし、女子たちは飲ませる側の男たちが独占している。
「カズヤオタクの曲歌ってよー!」
「お、おう」
……。
こいつらに悪意があったかどうかは分からない。
知らない奴ら同士が顔を合わせる中、一人が笑いのネタになれば、コミュニケーションを取りやすくなるのも事実だ。
俺だって自分が笑われる側じゃなければ一緒に笑っていたかもしれない。
そうして2つ目のインカレサークル『レッドリンクス』では、
『一浪して大学デビューした金髪のオタク』
という、いじられ役のポジションを獲得した。
いじめられてはいない。いじられ役だ。別に泣いてなんかいない。
◇
三つ目に参加した、「初心者歓迎!テニスも飲みも本気」を謳うリプトンテニスクラブでは、はっきりと手応えを感じた。
(……いける)
先輩たちは、思っていたより普通だ。
もちろん格好いい男もいるし、可愛い女の先輩もいる。
ただ、二つ目のサークルほど全員が全員、チャラチャラしてイケイケな感じではない。
新入生を見て、さらに安心した。
分厚いメガネをかけて、高校時代の運動着を着た頭の堅そうな女。
一年生のはずなのに老けて見える、眉毛が太い短髪の男。
巨乳で可愛いけれど、チャラついている感じではない女。
……これだ!
高田大学へ一般入試で入ってきた奴なんて、ほんの数ヶ月前まで参考書と睨み合っていたガリ勉ばかりなのである。
つまり、スタートラインは同じ。
むしろ、すでに髪を染めて、メガネをコンタクトにした俺は半歩先を進んでいる。
これなら……。
ん?
……!?
おかしな奴がいるぞ!?
でかい……。
いや、実際には175cmくらいかな?
デカくはないんだが、デカく見えるのは、顔が小さくて頭身が多いからか?
ウェーブのかかった黒髪に隠れた左耳にはジャラジャラとピアスがついている。
ヘラヘラと人を食ったような表情で女性の先輩と話している男。
……顔が良い。
実際に経験したことはないが、生で芸能人を見たらこんな感じなのだろうか。
俺の高校の一軍連中にも、『クリームレモン』にも、『レッドリンクス』にでさえ、こんなやつはいなかった。
なんなんだこいつは。
女子を一人連れたアフロの先輩が、俺とチャラ男を呼びだした。
「この中にテニス経験者はいるか?」
「テニスは……中学までやっていました」
「おお!そうだ、サブレは経験者だったな!あとで打とう!」
「はい」
このチャラ男はサブレというらしい。
変なあだ名だ。
くそっ。ツラがいいだけでなくテニスもできるとは……。
まぁ、中学までなら大したことはないだろう。
俺だってバスケを中学三年間やっていたが、ドリブルとレイアップができる程度だ。
すぐに追いついてやる。
「俺は未経験です」
「お、金髪君は……カズヤだっけ?未経験か!そしたら小野ちゃんと一緒だな」
「小野ちゃん?」
「小野です」
小柄な女子が小さな声で答える。
……。
分厚いメガネをかけているけど、顔は可愛いな!?
目立たないタイプだから、メガネの奥に見える可愛い顔には気づかれにくいだろう。
俺だからこの子の魅力に気づけたんだ。
そうに違いない。
これは……。
アリだな。
「じゃあ、サブレはAコートで経験者用の練習に参加してくれ」
「はい」
「カズヤと小野ちゃんはあっちだな。Bコートで初心者練習だ」
「はい」
「うす」
チャラ男は去っていったが、小野ちゃんは俺と一緒に練習みたいだ。
よし、少しいいところを見せてやるか。
……。
◇
テニスの練習は楽しかった。
「初心者です」とは言ったものの、『クリームレモン』の練習会ですでにテニスに触れたことはあったから、未経験者グループの中では打てる方だった。
隣のコートで練習しているサブレを見たが、あれは「中学生の時にちょっと……」みたいなレベルではなかった。
高校時代、インターハイに出場したはずのアフロ先輩と対等に打ち合って、女子たちの視線を独占していた。
おかしいだろ!?
あそこだけ『クリームレモン』よりも明らかにテニスのレベルが高いじゃないか!?
まぁいい。
どちらかといえば、このサブレと比較されてしまう経験者たちの方が気の毒だ。
その点、俺が得た『未経験者の中ではできる方』というポジションは、非常に優れていると思う。
最強連中とは比較されないが、雑魚どもの中では一目置かれる最高の立ち位置だ。
『リプトン』でのテニサー生活は早速うまく行きそうだな。
後片付けをしたらいよいよ飲み会だ。
『レッドリンクス』の飲み会でも酒を飲んだが、俺は酒が強いらしい。
コールだってYouTubeで勉強してきた。
『リプトン』はおとなしいサークルだし、コールなんかはないだろうから、俺が教えてやろう。
会場に向かおうと、借りたラケットなどを片付けていたらなぜかサブレと目が合った。
……。
おい!ちょっと待て!
なぜこっちにくる!?
来るな!
などと思っているうちに、サブレが声をかけてきた。
「カズヤ……だったよな」
「ん?」
「カズヤよ。『うんこ』と『うんち』の違いを知ってるか?」
「なんだよいきなり」
「『うんこ』とは、野菜や穀物のみを消化吸収して排出されたものでな」
「ふむ?」
「『うんち』とは、魚や肉などのタンパク質を消化吸収して排出されたものとなるらしい」
「なるほど……」
「つまり人間は『うんち』をしているわけだな」
「知らねえよ!」
ツッコミを入れてしまった。
しかし、サブレというラスボスと早々にタメ口で話せる関係を築いた俺である。
あとは飲み会で確固たる地位を築き上げるだけだ。
クックック。
……。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




