"ションベン"と"単位"は別だろ⑤
その年の十二月。
リプトンテニスクラブでは、毎年恒例のクリスマス会が開かれた。
クリスマス会とは名ばかりで、大きな会場を貸し切り、プレゼント交換だの余興だのをやった末に、最後は例によって酒を飲む会である。
ただし、この日だけは一つ大きな行事がある。
代交代。
三年生から二年生へ、サークル運営の中心が引き継がれる日だ。
俺自身、幹事長になろうと思ってこの一年を過ごしてきたわけではなかった。
講義には出る。
テニスがしたいから練習にも行く。
上手い奴がいれば打つ。
初心者がいれば球を出す。
飲み会があれば参加する。
潰れた奴がいれば水を渡す。
別に大したことをしているつもりはない。
俺が楽しいからやっていただけだ。
それでも、いつの間にか先輩たちから、
「次、お前やれよ」
と言われるようになった。
二百人近い人間がいるサークルの幹事長。
面倒そうだとは思った。
でも、それ以上に。
面白そうだとも思った。
だから引き受けた。
「次期幹事長——アフロ!」
名前を呼ばれた瞬間、会場が沸いた。
「うおおおおお!!」
「ションベン幹事長!!」
「カッコイイ!!」
「漏らせーーー!!」
「アフロ先輩最高っす!!」
アホな仲間たちの声に背を押されて、笑いながら前へ出る。
一年半前。
新歓飲みでションベンを漏らして、「俺、サークル辞めます」と本気で言っていた。
その俺が今、二百人近い人間の前に立っている。
人生というものは、よく分からない。
壇上から会場を見渡す。
テニスが上手い奴もいる。
下手な奴もいる。
酒が強い奴もいる。
一滴も飲まない奴もいる。
毎回来る奴もいれば、たまにしか顔を出さない奴もいる。
その中に、小野ちゃんの姿を見つけた。
隣の恵美子と話しながら、楽しそうに笑っている。
春に俺へ盛大にゲロをぶちまけた後、しばらくは少し気まずそうにしていた。
でも、ちゃんと練習に来た。
俺がいつも通り、
「小野ちゃん、球出しするよ!バック打とうぜ!」
と呼んだら、最初は申し訳なさそうな顔をしていたけれど、何球か打つうちに普通に笑うようになった。
そして今も、ここにいる。
ちゃんと残ったんだな。
それだけで、少し嬉しかった。
俺は、自分のことをかなり優秀な人間だと思っている。
勉強もできる。
テニスもできる。
人付き合いだって、たぶんそんなに下手ではない。
それでも酒を飲めば、服くらい脱ぐ。
昔はションベンだって漏らした。
優秀な人間だろうが、美人だろうが、インターハイ選手だろうが、法学部の秀才だろうが、酒の前では案外簡単にバカになる。
それでいいと思う。
バカになれる場所があって。
バカになった自分を笑ってくれる奴がいて。
そして、誰かがバカになりすぎた時には、ちゃんと拾ってやる。
そういうサークルなら、悪くない。
マイクを受け取り、俺は大きく息を吸った。
「えー、この度、幹事長になりました——」
客席から声が飛ぶ。
「ションベンアフロー!!」
「センキュー!!!」
会場が爆笑に包まれた。
俺も笑った。
神谷悠真。
我ながら、かなり格好いい名前だと思う。
高校時代には、名前までイケメンだと言われた。
それが今では、二百人近い人間の前で「ションベンアフロ」と呼ばれている。
……悪くない。
「ってなわけで!一年間!よろしくお願いします!」
拍手と歓声が返ってくる。
これから一年。
テニスもやる。
勉強もやる。
飲み会もやる。
幹事長もやる。
全部ちゃんとやればいい。
明日は一限から必修がある。
今日は少しだけ飲もう。
ションベンと単位は、別なのだから。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




