"ションベン"と"単位"は別だろ③
新歓飲みで盛大にやらかした。
俺は頭も良い。運動もできる。そして酒も強い。
少なくとも、その日の夕方まではそう思っていた。
もっとも、よく考えてみれば、自分が酒に強いと判断できるほどの経験があったわけではない。
ただ、俺は昔から身体が丈夫だった。体力もある。高校ではインターハイまで出た。
ならば酒にも強いだろう。
今にして思えば、理工学部に一般入試で合格した人間とは思えない推論である。
だから大学生の飲み会といっても、まあ大したことはないだろうと高を括っていた。
甘かった。
テニスでインターハイに出た経験は、アルコール分解能力に一切寄与しない。
理工学部に一般入試で合格できる程度の知能も、酔っぱらって知能そのものが機能しなくなれば何の意味もない。
そして何より、俺は調子に乗りやすかった。
「アフロ!いい飲みっぷり!」
「新入生いけるぞ!アフロ!オトコオトコォ!」
「うおおおお!任せろぉ!」
ビールを飲む。
先輩が笑う。
俺も笑う。
もう一杯飲む。
もっと笑う。
高校時代、テニスでは常に結果を求められた。
勝てば褒められる。負ければ悔しい。努力しても結果が出なければ意味がない。
ところが、この場所ではビールを飲み干しただけで歓声が上がる。
なんてコストパフォーマンスのいい競技なのだろう。
そう考えた時点で、理工学部に受かった知能はもう残っていなかったのだと思う。
楽しかった。
とにかく、めちゃくちゃ楽しかった。
だから飲んだ。
飲んで。
笑って。
また飲んだ。
そして記憶を失った。
◇
翌朝、目を覚ました時。
俺はびしょびしょのパンツ一丁だった。
ブルーシートの上には空になったペットボトルやゴミ袋が転がり、周囲では何人かの先輩たちが雑魚寝している。
頭が痛い。
喉が渇いた。
そして、なぜ服を着ていないのか分からない。
身体を起こすと、近くにいた先輩と目が合った。
「おはよう、ションベンアフロ」
「……ションベン?」
「覚えてない?」
「何をですか?」
先輩が笑った。
「脱いだ」
「……はい」
まあ、それくらいなら。
「吐いた」
「はい」
よろしくはないが、酒の席なら聞いたことはある。
「尿を漏らした」
「………尿…………はい?」
昨日までの俺の人生が、走馬灯のように頭を駆け巡った。
インターハイ。
一般入試。
理工学部合格。
入学式。
母親の「大学でも頑張ってね」という言葉。
高校時代の彼女。
すべてがションベンの奔流に呑み込まれていった。
終わった。
俺の大学生活は、入学早々終わった。
「……俺、サークル辞めます」
本気だった。
ところが先輩たちは、腹を抱えて笑い始めた。
「なんでだよ!」
「ションベンくらいで辞めんな!」
「俺も去年ゲロで店出禁になったぞ!」
「ゲロくらいで大袈裟な!」
ゲラゲラと笑い声が響く。
隆史先輩が、俺にスポーツドリンクを投げてよこした。
「ほら。飲め」
「……ありがとうございます」
キャップを開け、一気に喉へ流し込む。
死ぬほど美味かった。
「安心しろ」
「何がですか」
「写真も動画も存在しない」
「……撮らなかったんですか?」
「うち、飲み会中は撮影禁止なんだよ」
隆史先輩は当然のように言った。
聞けば、理由はいくつかあるらしい。
まず第一に、炎上対策。
酔っぱらった大学生というものは、平常時なら到底許容できない行動をかなりの確率で取る。
その状態を画像や動画として半永久的に保存し、しかもインターネット上へ流出可能な形で保持する。
リスクとリターンがまるで釣り合っていない。何のために高田大学へ入ったのだ。
ここまでは極めて合理的な話だった。
だが、リプトンにはもう一つ理由があった。
——飲み会の思い出は、頭の中だけに残しておくべき。
写真や動画に撮られているかもしれないと思えば、誰だって多少は身構える。そんなことを気にしながらバカをやっても面白くない。
その場で笑って、忘れる。
忘れた奴は、翌朝みんなに聞けばいい。
「俺、昨日何した?」
そこから始まる答え合わせまで含めて、飲み会なのだという。
頭がいいのか悪いのか、よく分からないサークルだった。
でも、その時の俺には、その文化がものすごくありがたかった。
俺がションベンを漏らした証拠は、この世のどこにも残っていない。
残っているのは、ここにいる連中の記憶だけだ。
……それはそれで最悪だな。
「アフロ」
隆史先輩が言った。
「昨日、めちゃくちゃ楽しそうだったぞ」
「ションベン漏らして?」
「漏らす前な」
「漏らした後は?」
「もっと楽しそうだった」
「最悪じゃないすか」
また笑いが起きた。
俺も、少しだけ笑った。
どうやら大学生活は、まだ終わっていないらしい。
◇
その日は二限から必修の講義があった。
「お前マジで行くの?」
「行きますよ」
「休めよ。顔死んでるぞ」
「出席取るんで」
「昨日ションベン漏らした奴が出席気にしてんじゃねえよ」
何を言っているのだろう。
ションベンを漏らしたからといって、担当教授が出席扱いにしてくれるわけではない。
「ションベンと単位は別でしょ」
先輩は数秒黙った。
「……お前、やっぱ面白いな」
意味が分からなかった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




