"ションベン"と"単位"は別だろ②
入学後、俺はいくつかのテニスサークルの新歓を回った。
高田大学には五十を超えるテニスサークルが存在するらしく、競技志向の強いところから、ラケットよりジョッキを握っている時間の方が長そうなところまで、その実態は千差万別だった。
高校まで散々競技テニスをやった俺としては、大学でも毎日ランキングだのレギュラー争いだのに神経をすり減らすつもりはなかった。
かといって、テニスをする気が一切ない連中と酒だけ飲むのも違う。
高校時代のテニスが嫌いだったわけではない。
むしろ、好きだったからこそインターハイまで行けたのだと思う。
ただ、勝つためのテニスはもう十分だった。
勝つために走る。
勝つために筋力をつける。
勝つために食事を考える。
勝つために何千、何万というボールを打つ。
もちろん、それはそれで充実していた。試合で自分の狙った通りにポイントを取れた瞬間の快感は、今でもよく覚えている。
でも大学では、ポイントを落として笑ったり、変なショットが偶然決まって笑ったり、練習が終わればみんなで銭湯にでも行ったりするようなテニスをしてみたかった。
そんな中で見つけたのが、リプトンテニスクラブだった。
「テニスも飲みも本気」
新歓のチラシには、そんな頭がいいのか悪いのか分からない売り文句が書いてあった。
とりあえず、俺は結構好きだった。
「そこのでかいキミ、もしかしてテニスやってた?」
新歓練習に参加して十分ほど経った頃、三年生の先輩にそう尋ねられた。
「はい。高校まで」
「どれくらい?」
「一応、インハイ出ました」
「団体?」
「個人です」
「ダブルス?」
「シングルスです」
「……マジで?」
なぜか周囲がざわつき始めた。
そこからは早かった。
経験者側のコートに連れていかれ、サークルでも上位らしい先輩と打ち合わされ、気づけばフェンスの外から新入生や先輩たちがこちらを眺めている。
久しぶりに、何のプレッシャーもなく打つテニスは思っていた以上に楽しかった。
ポイントを取られても誰も怒らない。
強打をネットにかけても、「アフロ、髪で空気抵抗受けてんじゃね?」と笑われる。
「関係ねえっすよ!」
「絶対フットワークに影響出てるって!」
「じゃあ切ったらプロ行けます?」
「行ける行ける!」
適当な会話をしながらラリーを続ける。
こういうのでいい。
いや、こういうのがよかった。
「すげえ!新入生にインハイいるぞ!」
「しかもアフロ!」
「アフロなのにめちゃくちゃ上手い!」
アフロは関係ないだろ。
そう思ったが、みんな楽しそうだったので訂正するのはやめておいた。
練習の後半、休憩しながらコートを眺めていると、初心者用のコートで一人の女子が何度も空振りしているのが目に入った。
先輩も一生懸命教えている。
「もっとラケットを下から出して!」
「はい!」
空振り。
「ボールを最後まで見て!」
「はい!」
また空振り。
別に教えている先輩が悪いわけではない。
しかし、初心者に「ラケットを下から」と言ったところで、そもそもどの程度が下なのか分からないし、「ボールを見ろ」と言われて本当にボールだけ見ていたら、今度は身体が動かない。
俺はなんとなく立ち上がった。
「先輩、ちょっと一球いいすか?」
ボールを受け取り、女子のフォア側へ軽く球を出す。
バウンドしてから腰の少し前。
ラケットを振れば、自然と芯に当たりやすい位置へ。
女子が恐る恐るラケットを振った。
パァン、と小気味いい音がした。
ボールがネットを越えて、反対側のコートに落ちる。
「……入った!」
「おお!今の!」
なぜか俺の方が嬉しくなった。
「その感じ!もう一球いこう!せーの、ホイっ!」
次はほんの少しだけ遠くへ出す。
また入った。
「うまいじゃん!」
「え、私、才能あります?」
「あるある。このままいけばフェデラーを超える日がくるかもしれんな」
「本当ですか!?よーし、頑張っちゃうぞー!!」
女子が笑った。
それを見ていた先輩が、妙に感心したような顔をしている。
「アフロ、初心者に教えるの上手いな」
「そうすか?」
「全国行くような奴ってさ、自分ができるから初心者にも『普通に振れば入るだろ』って言っちゃう奴いるんだよ」
「入らないから初心者なんじゃないすか?」
当たり前のことを言ったつもりだった。
先輩は少しだけ目を丸くして、それから笑った。
「アフロー、絶対うち入れよー」
と肩を組んでくる先輩。
「一つだけ質問があります......飲み会ってどんな感じです?」
その日のうちに、リプトンへ入ることをほとんど決めていた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




