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渾身のモテ講座③

先日のカズヤの発言以来、リプトンのクソ野郎どもは何気ない顔をしながらも、少なくともサークル内では『あの噂』が広がらないように気をつけていた。


『俺、次にこの話してる奴いたら……ぶっ飛ばしてやるよ……』


タカマサ先輩はそう言っていた。


その『あの噂』を、蓮がでかい声で話し始めた時。


場の空気がやばかった。


先輩達だけじゃない。


せっかく遊びに来てくれた新入生たちも、悪い意味で緊張している。


アフロ先輩と目が合った。


限界を感じてたのは、アフロ先輩も一緒みたいだ。


カズヤは……。


遠くの卓で三回目の童貞ラップを披露しているようだ。


仕方がない。


「俺が行きます」


とだけ伝えて、蓮を外に連れ出した。


「先輩!チョモランマってなんすか?」


「これだ!ジョッキにモリモリビールを注いだものだ!」


「先輩のオリジナルですか?」


「昔のバイト先で教わった」


「バイト先ってなんですか?」


「居酒屋でチャーハン作っていた」


「かっけえっす!」


そうなんだよな。


こいつはそんなに悪いやつじゃない。


絶望的に空気が読めないやつなんだ。


はぁ……。


でしゃばっちまった。


「蓮」


「はい!」


「飲むか?」


「はい!」


二杯あるうちのチョモランマの一杯を渡す。


「乾杯」


「乾杯!」


「今日、楽しんでるか?」


「はい!」


「それは何よりだ」


「このサークル、地味だけど可愛い子多いっすね」


「そうなんだよな」


「小野さんの噂ってマジなんすか?」


「知らんな」


「先輩食いましたか!?」


「食わんよ。小野ちゃんは回転寿司のネタじゃないからなぁ」


「回転寿司?どういうことっすか!?」


「食べもんじゃないから食べないよってこと」


「なるほど!深いっす!」


こいつ、どうやって高田に入ったんだ。


こいつのこのバカな感じは嫌いじゃないんだよな。


「他にも新歓行ったのか?」


「行きました!レッドリンクスとか、アクアマリンとか、他にも色々」


「どうだった?」


「いやー楽しかったっす!高田オンリーのサークルはブスばっかでした!」


「入学したてなんてそんなもんだ。原石を見つけるのが大事だ」


「先輩も芋だったんですか!?」


「いや、俺は今が人生で一番芋なんじゃないかな」


「確かに芋みたいな頭してますね!でも似合ってますよ!」


「なんでも似合っちまうんだよな」


「かっけえっす!」


言わなきゃいけない事が言い出せない。


アフロ先輩に


『俺が行きます』


とか言って出てきたのに。


……。


このジョッキが空になったら言おう。


タイムリミットを自分で設けた。


それまではこのバカとの雑談を楽しむとしよう……。


「先輩、彼女いますか?」


「いないな」


「童貞ですか?」


「そう見えるか?」


「見えないっす!」


「目は開いてるみたいだな」


「今まで何人くらいとヤリましたか?」


「ふっ。百から先は数えてないな」


「マジっすか!絶対盛ってるっしょ!」


「どうだかなあ。お前は?」


「俺っすか!童貞では無いんすけど、まだ片手で数えられますね」


「ほーう」


「高二までサッカーやってて、そっからブーストかけたんで、こっからっすよ」


「高二で辞めたのか?」


「なんか生意気だとかいって練習終わりに呼び出されて説教されたんで、先輩ぶん殴ってやめました」


「やるなあ。勝ったのか?」


「いやぁ、数は力っすね。囲まれてボコボコにされました!」


「おお!青春だな」


「まあ、一番ムカつく先輩だけぶん殴れたんでよかったす!」


「一番ムカつく奴ぶん殴れたのならお前の勝ちだ」


「っス!」


ジョッキを見る。


タイムリミットが近づいてきた。


……。


まいったな。


俺はこいつと普通に話せるし、なんなら話が合う。


今こうして二人で話してるのも結構楽しい。


でも、こいつを宴会場に連れて帰ったら、またさっきと同じことをするだろう。


こいつは不純な理由であっても、新歓を楽しみにきた。


それは他の子達も一緒だろう。


俺はこいつを可愛い後輩だと思い始めている。


他の仲間もそれぞれ可愛いと思う一年生がいるだろう。


俺とは仲良くできるという事実は、他の子達がしんどい思いをする事実と矛盾しない。


人間には相性がある。


俺は小心者で、人の顔色を見て生きている。


怖がっている。


怒っている。


喜んでいる。


悲しんでいる。


そういうのがなんとなくわかる。


少なくともそう自認してる。


だが、こいつは絶望的だ。


「先輩」


「ん?」


「チョモランマ無くなっちゃいました」


「おお」


「おかわりとってきます」


「ちょっと待て」


「はい!」


タイムリミットは向こうから告げられた。


残りのビールを飲み干す。


「先輩のぶんも持ってきますよ!」


「いや、一旦俺の話を聞け」


「はい!」


「今からお前に説教をする」


「マジすか!なんの!?」


「蓮、リプトン入る気はあるのか?」


「今んとこないっスね」


「まぁ、そうだよな」


「でも、サブレ先輩めっちゃ面白いんで、候補になりました!」


こいつはいつだって自分が選ぶ側にいると思ってる。


ふっ。


このメンタルを持っていれば、俺も五十個もサークルを回る羽目にはならなかったんだろうな。


「それは嬉しいんだがな」


「いえいえ」


「入る気の無いサークルで、女の子口説き回る奴のことなんて言うか知ってるか?」


「いや、知らんっすね」


「『新歓荒らし』と言うらしい」


「俺、新歓荒らしっすか!?」


「あぁ。お前は立派な新歓荒らしだ」


「ヤバい奴じゃないっスか」


「あぁ。ちなみに俺は18の時、フリーターにも関わらず、大学生のフリをして新歓に紛れ込み、サークルで一番の美女を持ち帰った」


持ち帰ったは語弊があるが……。


まあいい。


「マジでヤバい奴じゃないっスか!」


こいつにもヤバいやつって言われてしまうくらい、ヤバい奴だったみたいだ。


「あぁ。新歓荒らしの先輩だ」


「むしろかっけえっす!」


「あぁ。新歓荒らしの先輩としての説教だ」


「はい!」


「まず、入る気の無いサークルの新歓に行くことは間違っていない。入る気が無い奴をその気にさせるのも先輩達の仕事の一つだ」


「はい!」


「女の子を口説こうとするのも、まあ良いだろう。若者の特権だ。二十三にもなるとそうはいかん」


「そうなんすか!?」


「うむ。続けるぞ」


「はい」


「ただ、自分が楽しければ良いだろうというのは、いただけないな」


「そんな気は無いですけど」


「そうか。そうなのかもな。仲良くなってわかった。お前はバカだ」


「バカなんすか!ひでえ!」


「入る気の無い新歓に行く時、『もう会わない連中にどう思われてもいい』とか思っていないか?」


「普通そうじゃ無いっスか?」


「だからお前は片手で数えられる程度にしか女を抱けないんだ」


「ええ!?」


「3桁を抱くには、一期一会を大事にすることが重要なんだ」


「一期一会っスか」


「そうだな。お前はたくさんの新歓に行ったと言ったな」


「はい」


「何人の女子と連絡先を交換したんだ?」


「覚えてないけど100は超えてると思いますね」


「そこまでは俺と一緒だな」


「え?」


「『100から先は覚えてない』」


「あぁ!」


「その後、何人と連絡が続いてる?」


「20くらいっスかね」


「その意味がわかるか?」


「どういうことっスか」


「少なくとも、その80人はお前が思ってたほど乗り気じゃなかったということだ」


「……!?」


「そしてここからが重要だ」


「はい」


「お前からしたら、もう行かないサークルも、もう会わない女も、どうでも良いかもしれない」


「……」


「だがな、お前が『どうでも良い』と思ってるものを大切にしてる人たちがいるんだ」


「……!」


「そして、それがサークルというものだ」


「なるほど」


「だから楽しい」


「はい」


「流石にもうわかってるとは思うが、俺は説教をするためにお前を呼び出した」


「はい」


「ただ、お前との会話が楽しくて、なかなか言い出せなかったんだ」


「光栄っス」


「二十三にもなってだらしないな」


「いやいや」


「俺はお前よりも多くの女を抱いてきたと思う」


「はい」


「そんな俺の目には、今日、一年生の女の子達は怯えているように見えた」


「そうみたいっすね」


「小野ちゃんは無礼なことを言われて、ブチギレかけていた」


「マジっスか!?」


「小野ちゃんはああ見えてキレるんだ」


「そうなんすか!?」


「ムカつく奴を殴る練習をしているくらいだ」


「俺、殴られるところだったんスね……」


「あぁ。そして周りの先輩達も危なかった」


「……」


「だから俺がチョモランマしたんだ」


「チョモランマ」


「あぁ。お前が話した小野ちゃんの話な、本人は嫌がってるんだ」


「マジすか!デマなんすか?」


「少なくとも、俺はそう思ってる」


「結構広まってますよ」


「どんな噂だ?」


「最近聞いたのは、『小野朝霞は彼氏がいてもサークルの男と浮気するビッチだ』ってやつですね」


「なるほどな」


「サークルの男って誰のことかわかりますか?今日いましたか?」


「あぁ。なんとなくわかる気がするな」


「はい!?誰なんすか?」


「おそらく俺のことだ」


「……やったんすか!?」


「残念ながら、そんな事実は無い」


「マジっすかぁ」


「あぁ。小野ちゃんの彼氏とたまたま会ったときな」


「はい」


「なんか彼氏が不機嫌そうだったんだよな」


「そうなんすか」


「まぁ、自分の彼女と俺みたいな男前が仲良くしているんだ。不機嫌になるのも無理がなかろう」


「確かに」


「その時は急いでバイバイしたわけだが、時すでに遅しだ」


「なるほど」


「その彼とは、あまり良い別れ方ができなかったみたいだ」


「あの噂はそういうことだったんすね」


「噂なんてそんなものだ」


「……」


「まあ、仕方ないさ。『すけべごと』の噂話はみんな好きだからな。俺も好きだ」


「そうっスよね」


「だが、噂される側がいい気持ちしないってことくらいは流石にわかるよな?」


「まぁ」


「それを人前で本人にデカい声で言うのは違うだろう」


「そうっスね」


「まったく。小野ちゃんが可愛くて浮かれちまったのか」


「そうかもしれんっス。噂のエロ女が普通に可愛くて浮かれました!」


「ふっ。この浮かれポンチめ」


「失敗しても別に会わなければいいし、うまく行ったら儲けもんだなーってくらいしか考えてなかったですね」


「それでは二桁は遠いな」


「そうかもしれんすね」


「良いか。女にモテたかったら、誰にでも良い顔をしろ」


「はい?」


「ブスにも優しくしろ。お前は美女とブスと食事をするとしたら、ブスを無視して美女とばかり話すだろう」


「そりゃ普通そうじゃ無いですか」


「悪手だな。ブスはブスで気分が悪いし、その空気を隣の美女は察するだろう」


「なるほど」


「お前には戦略というものがない」


「ふむふむ」


「ブスにも優しくし、美女にも同じように優しくする。まずはその場を楽しくすることが大事だ」


「おぉ」


「そいつらにとって、お前の存在を良い男のフォルダに捩じ込む」


「おおお!」


「そうすれば、その日に何もなくても、後日何かがあるかもしれない」


「なるほど」


「その女とエッチなことになるかもしれないし、ブスとエッチなことになるかもしれない」


「ブスとエッチなことにはなりたくないっス」


「甘えんな」


「はい」


「ブスを抱き、美女を抱き、その両方を喜ばせることで、次につながるんだ。ブスにも美女の友達はいる」


「おお……」


「相手の『好きな男フォルダ』に入ると、そこで流れは途切れる。だが、誰にも独占されない『良い男フォルダ』に入れば、抱いた女を起点に次の出会いが見つかるのだ」


「険しい道っスね」


「逆も然りだぞ」


「逆?」


「『嫌な男フォルダ』に入ったら絶望だ。もう女は近寄ってこない」


「!?」


「お前はすでにそこに片足を突っ込んでいる」


「……!?」


「なんなら、他の新歓を通してブラックリストが回っているかもしれない」


「マジっスか」


「新歓荒らしなんてのはそんなものだ。18の俺を新歓に紛れ込ませたタカシはその後1年ほど干されたらしい」


「なんてこった」


「軽音サークルに入ったのにバンドを組ませてもらえなかったらしいぞ」


「よく辞めなかったっスね」


「それがタカシだ」


「タカシ……」


「一期一会が重要だということがわかったか?」


「はい」


「不幸なことにお前はバカだ」


「はい」


「しかし、幸いなことに顔がいい」


「はい」


「俺ほどでは無いがな」


「……はい」


「だから、一期一会を大事にしろ。そうすれば、望むものが手に入るはずだ」


「……はい!」


「カズヤわかるか?」


「あの大学デビューっぽい先輩っスよね」


「あぁ。あいつは去年、似合わない金髪で子供用の運動靴を履いてこのサークルを訪れた」


「コーナーで差をつけるタイプの奴っすか!最後に履いてる奴見たの小学生の時っすよ!」


「俺だってそうだ。あいつは最初ちょっと嫌な大学デビューのやつだったんだ」


「そうなんすか」


「あぁ。粋がって周りにマウンティングをし、YouTubeで学んだ付け焼き刃のコールで周りを飲ませ、自分は飲まないような外道だった」


「やべえやつじゃ無いっすか!」


「お前みたいな奴らに大学デビューをいじられて泣きそうになっていたこともある」


「どうしようもない奴っすね!」


「あぁ。どうしようもないやつだ。だが奴は今日、お前にいじられても泣かなかった」


「確かに、『童貞ラップ』めっちゃ面白かったっス!」


「それが成長だ」


「なるほど」


「カズヤにだってできたんだ。お前にもできる」


「さて、説教が長くなって喉が渇いたな」


「……」


「今日のところは頭を冷やせ。素晴らしい教えを熟成させてこい」


「はい」


「みんなには俺から伝えておく。悪い奴じゃない事と、ただのバカだったって事を」


「バカは余計っスよ」


「少なくとも20だな。20人抱いたら戻ってこい。その時は本物のチョモランマを見せてやろう」


「……はい!」


蓮を呼び出した目的を達成するのに、ここまでかかってしまった。


こいつにも思うところはあるだろうが、納得した様子だ。


ふと右を見ると、変なものを見る目で小野ちゃんがこっちを見ている。


小野ちゃんは蓮の荷物を持ってきてくれたみたいだ。


……ん?


ふっ。


どうやら俺の渾身のモテ講座を聞かれていたようだな。



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