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"揺れるアフロ"と"しじみ汁"⑤

テニスサークルは飲みサーも多いと警戒していたが、『リプトン』は飲み会もまともらしい。


未成年と成人で名札の色を変えているみたいだ。


私は一浪したうえで四月に誕生日を迎えているから青の名札だ。


金髪も青の名札。


可愛い顔しておかしな胸の美咲ちゃんも青の名札。


チャラいピアスの男前は……やたらと色の濃い青の名札をつけていた。


飲み会が始まるまでは雑談タイムだ。


適当に空いてる席に座り、雑談に紛れ込む。


今日はチェックシャツがいないし、美咲ちゃんみたいな女子も周りにいる。


なんだか不思議な環境だ。


私は特に自分から話すようなことはないのだが、群れに紛れているだけで情報は入ってくる。


ピアスのチャラ男はサブレ。二十二歳で大学に入ってきたらしい。


金髪の小僧はカズヤ。「東大を目指して浪人したが、一点足らずに落ちた結果の高田大学生」らしい。肩書きが長い。


巨乳の可愛い子は美咲ちゃん。女子校出身でリプトンには4月から来ているらしい。隣に座っている二浪のマサハルは美咲ちゃんのことをずっと見ている。


なんだかチェックシャツを着ている奴はいないのに、チェックシャツの男たちを思い出してしまった。


そうこうしているうちに、後片付けをしていて遅れた先輩たちも合流した。


飲み会が始まってすぐ、先輩たちは


「無理して飲まなくていいからね」


「飲みたい人だけねー」


「ソフトドリンクもあるよ!」


などと言って気をつかっていたにもかかわらず、ほとんどの新入生は自分からレモンサワーやカシオレのピッチャーへ手を伸ばしている。


大学生とはそういうものなのだろう。


ふむ。


そんなことを思っていたら、一部のテーブルが異常な盛り上がりを見せている。


男どもの群れの中心には黒い球体があった。


「ガハハハ!」


<俺たちキウイ♪パパイヤ♪アフロだね♪


変な歌を歌っている野郎どもに合わせてすごい勢いでビールを吸収する黒い球体。


……すごいな。


テニスも飲みも全力と言っていたが、ここまでとは。


「アフロ先輩!お供しますよ!」


黒い球体と一緒にガブガブビールを飲むサブレ。


すでに仲良しだ。


しかしなんだ。


異常にツラの良い男二人が楽しそうに飲んでいる姿は……。


悪くないな。


なんというか、この空間の男たちは、男子というよりも雄《おす》だな。


この、誰が一番馬鹿なのかを競い合っている感じは全然嫌いじゃない。


ふむ。


今日の昼にはノンサー(サークルに入っていない人のこと)の大学生活を覚悟していた私だが……すでに『リプトン』を好きになってしまったようだ。


野郎どもの真ん中でもみくちゃになっている黒い球体には感謝をしなくては。


「恵美子さん」


「ん?」


「入会申請書ありますか?」


「あるけど、今?」


「いいですか?」


「もちろん!」


「ありがとうございます」


「ようこそ!リプトンへ♪」


「よろしくお願いします」


誰とでも寝る小野朝霞は、正式に、今日来たばかりのリプトンに入会した。


……。


ふと、実家の父親が「風呂上がりのビールは最高だ」と、キンキンに冷えたアサヒスーパードライを飲んでいた姿が頭をよぎった。


これまでの新歓では友人Aが横で止めてきたこともあり、酒を飲まずに過ごしてきたが……。


——私も、ビールを飲んでみよう。


それが、すべての間違いだった。


「乾杯!」


「かんぱーい!」


ジョッキをぶつける。


確かアフロはこうやっていたな。


「ごくっごくっ……ぷはー!」


「大丈夫!?小野ちゃん」


「無理しないでね!」


「んまい」


先輩の真似をして喉を鳴らし、勢いよくビールを煽った。


初めて飲むビールだったが意外といける。


いや、普通に美味しい。


「おお!小野ちゃん飲めるじゃん!」


遠くにいたアフロが嬉しそうに笑っている。


「無理しなくていいからね?」


先ほど一緒に風呂に入った恵美子さんが水を差し出してくる。


「大丈夫です」


実際、大丈夫だった。


一杯飲んでも、身体が少し温かくなったくらいである。


なんだ。


酒とはこの程度のものなのか。


二杯目。


まだ大丈夫。


三杯目。


楽しくなってきた。


む。


<アフロ!オトコオトコォ!

<うおおおおおお!

<グハハハハ!


あっちの方が楽しそうだ。


友人Aの言う通り、気がつけば私は自分から男どもの群れの中心へ向かっていた。


「アフロ先輩!飲みましょう!」


「お、おう!」


なぜそっちが引いているんだ。


「かんぱーい!」


「乾杯!」


「「ごくっごくっごくっ!ぷはー!うまい!」」


楽しい!


カオスの中心でアフロ先輩と乾杯するとすぐ、バカ野郎の洗礼を受けることになった。


「小野ちゃん飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」


少し離れたところから甲高い声がする。


金髪小僧のカズヤだ。


なるほど。私に飲めと言うことか。


ピコン


どのチェックシャツかは分からんが、ポケットのスマホから通知音が鳴る。


こんなものはいらん!


長方形の板を投げ捨てて、


「まかせろー!うおおおーーー!」


ふん。


私はジョッキを空にした。


「おおおおお!」


周囲から歓声が上がる。


なんだこれ。


楽しいぞ。


<やるなあ小野ちゃん!

<ラケットよりもジョッキが似合う女!

<アフロの弟子!


いつの間にか『誰とでも寝る小野朝霞』は『アフロの弟子の小野ちゃん』になっていた。


……。


悪くない。


「カズヤ!次はお前の番———」


「おいおい♪小野ちゃん♪そんなもんじゃねーだろ♪」


金髪小僧がまた煽ってきた。


この遊びはターン制バトルではなかったのか?


まあいい!


「まかせろー!ごくっごくっ!ぷはーーー!んまい!」


ちょっとお腹がタプタプしてきた。


「おいおい♪小野ちゃん♪そんなもんじゃねーだろ♪」


こいつ……レパートリーが少ないな。


お腹がタプタプだが、まだいけそうだな……。


次のジョッキに手を伸ばそうとしたその時———。


「カズヤ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」


……。


やたらと濃い青の名札を付けたサブレがカズヤの肩を抱き抱えている。


「俺?俺、飲ませる側だからさ!」


「カズヤ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」


「いや、そういうキャラじゃないし!」


「カズヤ♪飲んでなくない♪ウォウウォウ♪」


「分かったよ!」


カズヤが飲む。


ふふふ。


いい気味だ。


「小野ちゃん!」


「はい!」


誰かがジョッキを差し出してくる。


飲む。


「カズヤ!」


「俺!?」


カズヤも飲む。


「サブレ!」


「うえーい!」


こいつも飲む。


「アフロ先輩!」


「グハハハハハハ!望むところだ!」


アフロ先輩も飲む。


ここには男も女もチェックシャツもいない。


全員もれなくただの馬鹿だ。


その中でも私はトップクラスの馬鹿だったみたいだ。


美咲ちゃんが水を持ってきてくれたので、少し休憩をしていたら、サブレやカズヤのいる『カオスの中心地』から少し離れていた。


私を仲間外れにする気か?そうは問屋《とんや》がおろさんぞ。


雄叫びを上げる亡者の群れをかき分けて中心に向かう私の前に、黒い毛玉が現れた。


「小野ちゃん、大丈夫か?」


「大丈夫でsウオロロロロロ!」


<ぎゃあああああああああ

<うおお!小野ちゃんがやりやがった!

<誰か袋を持って来い!いや、雑巾だ!

<であえであえ!

<サブレ!それは飲んじゃダメだ!小野ちゃんのゲロだ!


……。


最悪だ。


どうやら私のノンサーは神によって定められた運命らしい。


「グハハハ!やるなあ小野ちゃん!ナイスファイトだ!」


薄れゆく意識のなかで、ゲロをかけられても笑っている男の巨大なアフロだけが、ゆらゆらと揺れていた。


◇


翌朝目覚めると、見覚えのない天井が視界に飛び込んできた。


今まで感じたことのない激しい倦怠感と頭痛。


……これが、二日酔いか。


呻きながら横を見ると、お風呂で私を笑っていた女の先輩——恵美子《えみこ》さんが寝ていた。


どうやら、嘔吐して潰れた私を自宅へ連れ帰り、介抱してくれたらしい。


私が目を覚ましたことに気づくと、恵美子さんは優しく笑った。


「二日酔い大丈夫?はいこれ、ポカリとしじみの味噌汁」


「……あ、ありがとうございます……」


受け取って啜る。


……う、美味い。


味噌汁って、こんなに身体に染み渡るものだったんだ。


テニス、銭湯、お酒。


初めてだらけの狂乱の一日を終え、大学生になったことを実感していると、ふと昨夜の被害者の顔が浮かんだ。


「あの……あのアフロの先輩は大丈夫でしたか……?」


恐る恐る尋ねると、恵美子さんは吹き出した。


「全然大丈夫!あのアフロも去年の新歓でやらかしてるからね。なんならあいつ、ゲロだけじゃなくてその場でおしっこも漏らしてるから。小野ちゃんなんて可愛いもんよ。『俺の後継者が現れたか』なんて言いながら喜んでたし」


「おしっこ……」


「来年は小野ちゃんが、ゲロの片付けをする番になるかもね」


不吉な未来を予告する恵美子さんに、私は苦笑いするしかなかった。


ピコン


ピコン


ピコン


「あ、小野ちゃんが投げ捨てたスマホもちゃんと拾って充電しておいたよ」


「あ……。ありがとうございます」


「着信すごいね」


「はい……」


「新歓でいっぱい友達できたんだ?」


「人並みには」


私とホテルを行くための順番待ちをしているチェックシャツを『友達……』と呼べるのだろうか。


「でも、女友達が全然できなくて……」


「どんなサークル行ったの?」


「読書とか、サブカルとか……文化系のところをいくつか」


「あー。小野ちゃん可愛いからね。男に囲まれちゃったんだ」


「可愛いって恵美子さんに言われてもアレですが、結論としてはそんな感じです」


「女友達は一人もできなかったの?」


「まぁ……はい」


「そっか」


「……」


「リプトンは楽しかった?」


「楽しかったです」


「ふふ。ちゃんとまたおいで。みんなもう、小野ちゃんのこと大好きみたい」


「……」


この一ヶ月。


LINEで私に「好き」と言ってきた男の数はもう数えていない。


だが、これだけははっきりしている。


直接「好き」って言われたのは初めてだ。


……。


ピコン


ピコン


ピコン


◆


ピコン


———小野ちゃん!大丈夫か?気にせずまたサークル来いよ!


ピコン


———小野ちゃん!飲ませすぎちゃってごめん!来月はバーベキューがあるってさ!


ピコン


———小野ちゃん、家帰れた?アフロのことは大丈夫だからまたおいで♪


ピコン


ピコン


ピコン


……。


◇


四月。


新二年生になった私は、サークル室の机に積まれたチラシを抱えた。


窓の外では満開の桜の下を新入生たちが歩き回り、その隙間を縫うように各サークルの上級生たちが獲物を探している。


去年は、私があそこでチラシを受け取っていた。


数百枚のチラシの中からインドア系のサークルを選び抜いて新歓に参加していたにもかかわらず、気づいたらゲロを吐きかけたアフロのサークルに入っていた私。


そんな私が一年後には勧誘する側になっているのだから、大学生活というのは分からないものである。


今年の新歓ロードも沢山の新入生が歩いている。


去年のカズヤのような大学デビューを目論んで派手な色の頭にしている子。


まだまだ受験の話題から抜け出せていない感じの子。


獲物を狩る目をぎらつかせたチャラい感じの男の子。


素敵な出会いに胸を膨らませてワクワクしながら歩いている子。


やばいサークルに連れて行かれないか警戒している子。


そして……。


チェックシャツを着たヒョロ長いメガネの男の子。


ふむ。


サブレや恵美子さんに声をかけられたらビビって逃げてしまいそうだ。


ふっ。


チェックシャツの事なら専門家の私に任せて欲しい。


年季が違うのだよ。


年季がね。


チラシを一枚抜き取る。


男の進行方向へ歩く。


「ねえ、君」


男がこちらを向いた。


「テニスサークル、興味ない?」







※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




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