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眠れる森のユニコーン④

眠い。


とにかく眠かった。


テーブルに伏していた。


多分、寝ている。


正確には、寝たり起きたりを繰り返している。


カズヤは少し前から完全に動かなくなった。


私より先に潰れたらしい。


情けない。


人のことは言えない。


目を閉じていると、声だけが聞こえる。


サブレとタカシはまだ話していた。


元気な人たちである。


「覚えてる?記念日の――」


「ネックレスか」


「あのネックレスあげた女なんだけど」


「真帆が取り返せと――」


内容はほとんど頭に入らない。


二人とも笑っている。


昔のバイトの話。


日吉大学の話。


バンドの話。


真帆さんの話も少ししていた気がする。


どれも断片的だった。


「しかし久しぶりだな」


「何年ぶりだろうな」


「三年くらい?」


「そんな経つのか」


「経つだろ。お前、大学入ってから会ってねえじゃん」


「あー、そうだな」


「飲もうって言ってたのにな」


また笑う。


眠い。


もう寝よう。


「今、大学がめちゃくちゃ楽しいんだ」


サブレの声が聞こえた。


少しだけ、いつもと違った。


「へえ」


「特にリプトンが好きだな」


「よかったじゃん」


「うん」


それから少し、間があった。


「だから、タカシには結構感謝している」


「俺?」


「ふっ。お前が俺を偽物の大学生にしたおかげだからな」


「ああ、新歓?」


「そう。あれで大学って面白そうだなって思ったのも、大学入ろうと思ったきっかけの一個だ」


「新歓で先輩に手のひら出させてゲロ吐いたの、伝説になってたぞ」


「覚えてないな」


「嘘つけ。わざとだったろあれ」


「覚えてないな」


こいつも新歓でゲロを吐いていたのか。


タカシが続ける。


「俺は何もしてねえよ。実際、俺自身、新歓だって一人で行けないような奴だったわけだしな」


「まあ、あの時はクソ童貞だったわけだしな」


「若かったなあ」


「それも今じゃ立派な侍だ」


「で、なんなんだよ」


「いや。だからさ」


サブレの声が少し小さくなった。


「俺が言えたことではないし、タカシには悪いと思っているんだが」


「うん」


「俺の同期とは、もし付き合うなら、ちゃんとしてもらうってできるか?」


少し沈黙した。


「小野ちゃんのこと?」


「うむ」


意識が浮かんだ。


目は開けなかった。


人間は雑踏の中でも、自分の名前だけは聞き取れることがあるらしい。


カクテルパーティ効果。


大学の講義で聞いたのだったか、本で読んだのだったかは覚えていない。


なるほど。


確かに聞こえた。


ただし現在、カクテルパーティどころか私は酒を飲みすぎて潰れている。


あまり望ましい実証実験ではない。


「小野ちゃんに気があんの?」


「小野ちゃんだけではないさ」


サブレが続ける。


「真面目に付き合う気があるならいい」


「ん?」


「だがな、ちんちんでチャンバラしたいだけなら」


「あぁ」


「別のコミュニティの子にしてもらえると俺は嬉しい」


「信用ないな」


「貴様は童貞を卒業してからおちんちんチャンバラの味を覚えてしまったからなあ」


「まぁ、お前の言うとおりだけどな」


「……」


「お願い?」


「お願いだな」


何の話をしているのだろう。


いや。


分かる。


私と隆史さんの話だ。


「なんかサブレらしいな」


「そうか?」


「そうだろ」


「そうかな」


「昔から変なところで線引いてるもんな」


「それが俺だ」


「で、小野ちゃんのこと好きなの?」


「好きじゃないわけがないだろ」


「昔からそういうの隠さないよな」


「小野ちゃんはいい女だからな」


「顔も可愛いしな」


「……うむ」


「なんだよ」


「このすけべめ」


心臓が一度、大きく鳴った。


酒のせいだと思う。


「大学で変な噂立てられて、このバカみたいなやつに土下座されて『筆おろししてください』って言われても、なんだかんだ許してくれてな」


「筆おろし?」


「あぁ。土下座して頼んだらしい」


「カズヤって、そんな面白いやつだったのか」


「あぁ。昔のお前に似ているな」


「流石にそこまでバカじゃねーよ」


カズヤは隣で死んでいる。


こいつ、『筆おろし事件』について話しやがったのか。


起きていたら、もう一度殺していたかもしれない。


「でも、雑に扱っていい子ではないんだ」


サブレの声が聞こえる。


表情は見えない。


目を開けていないから。


いつものように笑っているのかもしれない。


「すごくいい子だ」


「まぁ、わかるよ」


「余計なお世話だが、俺は勝手に、いい恋愛して、いい男と付き合って、幸せになってほしいと思っている」


「保護者顔《ほごしゃづら》だな」


「後方彼氏顔《こうほうかれしづら》って奴だな」


眠気が消えていく。


困る。


寝たい。


聞きたくないわけではない。


むしろ、聞きたい。


だから困る。


「別にタカシが悪い男だとは思ってない。お前はしっかり良い男だ」


「おう」


「小野ちゃん自身が遊びでも良いと思ってるなら、本当は俺が口出すことでもないんだがな」


「そりゃなあ」


「ただ、タカシが遊びたいだけだったら、『俺個人としては気を使ってやってほしい』というお願いだ」


「お願い?」


「お願いだな」


「それ、小野ちゃんに言った?」


「言ってないな」


「なんで?」


「ふっ。勝手に人の色恋に口を出すなんてのは傲慢だろう」


「わかってるじゃん」


「残念ながら、俺は傲慢な男だ」


「そうだったな」


少し間があった。


「小野ちゃんはしっかり自分の考えを持っている女だろうな」


「そう見えるな」


「余計なお世話って言われたら俺が泣くのはわかっているはずだ」


「すぐ泣くよな」


「男泣きってやつだな」


「そうなのか」


「聞いたぞ」


「何をだ」


「彼女に振られて泣いていたと」


ブッ!


吹き出すタカシ。


「誰にだ」


「真帆が言ってた」


「おのれ……真帆め」


「真帆もタカシに会いたがってたぞ」


隆史さんが笑った。


「なんか、お前はいつもそうだな」


「何が?」


「真面目な話とふざけた話をごちゃ混ぜにしやがって」


「癖だな。雰囲気の変化に敏感なんだ」


「真帆の時もそうだったじゃん」


真帆さん。


また、自分の名前を呼ばれた時とは違う種類の意識が浮かぶ。


「別れてからずっと好きなくせに」


「いい女を好きになってしまうのは自然の摂理だろう」


「『俺が大好きな相手を幸せにするのは俺じゃなくてもいい』みたいなこと言って格好つけてさ」


「ああ」


「みんなが感心してる時にいきなりうんこの話しやがって」


「それが俺だ」


「まぁ、そういうところがモテるんだろうな」


サブレが笑った。


「わかっているなタカシ」


「2年間ほぼ毎日会ってたからな」


「顔もいいしな」


「それ自分で言うの変わってねえな」


「事実だからしょうがない」


本当にしょうもない。


「とにかく、小野ちゃんみたいないい女は、俺たちみたいな『おちんちんブラザーズ』には勿体無いさ」


「誰が『おちんちんブラザーズ』だ」


「昔合コンでそう呼ばれたことがあったじゃないか」


「あったなあ。真帆と別れて俺の家に住みついてた時のあれか」


「むむ」


「ん?」


「『おちんちんブラブラザーズ』だったか?」


「いや、『おちんちんブラザーズ』が正解だ。ブラブラはしてなかった」


「俺が兄で、お前が弟だった」


「いや、逆だ。俺が兄だ」


「そうだったか?」


「……どっちでもいいか」


「つまりそういうことだ」


「わかったよ」


「いいのか?」


「サブレが大学合格した時、『何かあったら頼れよ』って言っちまったしな」


「まさか本当に頼ることになるとはな」


「お前のお願いに答えられるのも嬉しいし」


「すまんな」


「かまわんよ」


「ふふ」


「もともと、可愛い子だなって思って声かけたくらいのテンションだしな」


「見る目はあるようだが、病気はいただけんな」


……病気。


少し反応してしまった。


「ん?起きたのか?」


くっ。


少し恥ずかしいが寝息を立ててみた。


「.....zZ」


「寝てるな」


「たくさん飲んだのか?」


「一軒目のお会計は4万だ」


「出世したものだな」


「二軒目に来ても結構飲んでたみたいだしな」


なんとか誤魔化せたようだ。


危なかった。


「あぁ。病気の恐怖に怯えながら飲んでいたな」


「もう完治してるって」


「便利なものだな、抗生物質とは」


「病気の話は忘れろ」


「仕方ない。病気の話は忘れてやろう」


「よし」


「本件はこれでチャラだな」


「そこは別に気にしなくていい」


「そうか?」


「まぁ、引退したサークルの女摘み食いしてる男ってのもダサいしな」


「あぁ。それは紳士にあるまじき行為だな」


サブレが笑った。


今宵、獲物を逃したユニコーンもなんだか嬉しそうに笑ってる。


私は……。


◇


二人の会話は、また昔のくだらない話へ戻っていった。


私は目を開けなかった。


開ける理由がなかった。


寝ていると思われている。


なら、そのままでいた方がいい。


……。


他人からどう思われているかなど、どうでもいい。


私はずっと、そう思っていた。


可愛いと思われようが。


地味だと思われようが。


男関係が派手だと思われようが。


真面目な女だと思われようが。


他人の評価で私自身が変わるわけではない。


だから好きにすればいい。


そのはずだった。


なのに。


『すごくいい子だ』


その言葉だけが、酔った頭の中に妙にはっきり残っていた。


少し前、私はサブレが自分をどう見ているのか、なぜか気になったことがある。


テニスが下手。


酒を飲む。


漫画を読む。


小さい。


眼鏡。


アフロ先輩にゲロを吐いた。


多分、その程度だと思っていた。


違ったらしい。


恋愛対象なのかどうかは分からない。


多分、違う。


それについては何も変わっていない。


ただ。


真帆さんについて、このバカは以前、似たようなことを言っていた。


自分と別れたあとでも。


自分以外の男と付き合うことになっても。


真帆さんが幸せなら、それでいい。


随分と格好をつけた理想論を語る男だと思っていた。


ただ、「俺の良いところを見つける天才」と「おちんちん侍」が現実に現れて、


このバカは本気でそう思って生きてるんだとわかった。


そして、


私も、そこにいたらしい。


……。


サブレにとって私は、


自分がどうこうするかとは関係なく、


幸せになってほしいと思う女だったみたいだ。


勝手に変な幻想を抱きやがって。


別に私は自立した女である。


勝手に守ろうとするなんてのは、実に傲慢な考えだ。


誰と付き合うかも。


誰と寝るかも。


誰を好きになるかも。


全部、自分で決める。


頭のおかしい男に殴られたら、今度こそ、殴り返してやる。


バカに心配される筋合いなど、本来どこにもない。


余計なお世話である。


無駄に顔がいいからってなんでも思い通りになると思っていやがる。


思い上がるなよ。


本人に言われていたら、そう返したかもしれない。


でも。


私が聞いていないところで。


私に好かれようともせず。


私から何かを得ようともせず。


勝手にそんなことを言うのは。


……まぁ、今回だけは許してやろう。


バカとユニコーンが、また何かくだらないことで笑っている。


もう内容は頭に入ってこなかった。


眠かったからではない。


多分。











『すごくいい子だ』












くそ……チョモランマめ。







※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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