眠れる森のユニコーン③
二軒目は、先ほどより遥かに安い店だった。
安心する。
一次会で私の財布は傷んでいないが、それでも安心する。
四人で席につく。
サブレと隆史さんは、座った瞬間から昔話を始めた。
「タカシ、『チョモランマ』にはまだ行くのか?」
「たまにな。やっさんまだいるよ」
「知っている。この間会いに行った」
「誘えよ」
「誘っただろう。この日空いてるか?って」
「誘うときに要件を言わないのは悪い癖だぞ」
「要件次第で空く用事だったのか?」
「いや、デートだった」
「ならばいずれにせよ変わらんだろう」
「そんで?」
「やっさんは心配していたぞ」
「何を?」
「有名企業に就職して調子に乗ってるタカシが変な病気をもらわないかってな」
「俺をなんだと思ってやがる」
「おちんちん侍だな」
「病気は無いな」
「うむ。二度同じ失敗を繰り返すのは愚か者がやることだ」
「ここでその話をするんじゃねえ!」
……病気?
とにかく。
サブレが楽しそうだ。
私たちといるときもいつも楽しそうだし、
それは嘘じゃないと思う。
ただ、おちんちん侍タカシといるサブレは、
どこか、真帆さんといる時に似た雰囲気があった。
それに先ほどまで私をホテルに連れて行こうと下半身に血を溜めていた隆史さんは、
しっかりとおちんちん侍タカシの顔になっていた。
……病気が気になるな。
まあいい。
飲もう。
私は酒を頼んだ。
もう飲まなくてもいい気もする。
ただ、飲み会に来て酒を頼まないという発想がなかった。
悪い習慣が身についている。
向かいに座ったカズヤが、妙に落ち着かない。
何度かこちらを見る。
目が合うと逸らす。
面倒くさい。
「カズヤ」
「はい」
返事だけ異様に速い。
「何?」
「いや……」
「さっきから何」
「……この前、ごめん」
サブレたちの声が遠くなった。
一瞬、何を言おうか迷った。
「うん」
「マジで反省してる」
「分かった」
「いや、でも」
「何回謝るの?」
「……まだちゃんと許してもらってない気がして」
その通りではある。
前回は、許すとも許さないとも言わなかった。
ただ帰った。
「小野ちゃんが嫌だったって言ったのに、俺、自分のことしか考えてなくて」
「うん」
「噂のことも、もう人に言わない」
「うん」
「この前も――」
カズヤが何か言いかけて、やめた。
「何?」
「いや、なんでもない」
変なの。
ただ、前回とは違って、言い訳をしない。
酒のせいだったとか。
噂を聞いたからとか。
童貞だからとか。
そういう話をしない。
ただ謝っている。
私はグラスを持った。
「もういいよ」
カズヤが顔を上げた。
「……いいの?」
「次やらなきゃいいでしょ」
「やらない!」
「声大きい」
「ごめん」
「筆は自分でおろしなよ」
少しだけ笑った。
カズヤも、ようやく少し笑った。
これで元通りなのかは分からない。
多分、すぐには戻らない。
でも、戻らないと決めるほどのことでもない。
友達というものは、案外こうやって壊れたり、直ったりするのかもしれない。
少なくとも。
今日、候補が一人戻った気がした。
「なあサブレ、相変わらずモテてんの?」
隣から聞こえた。
私はカズヤと話しながら、少しだけ耳を向けた。
「サークルではなんもないな」
「サークルでは、って何だよ」
「言葉通りだ」
「変わってねえじゃん」
「タカシは?」
「俺?」
隆史さんが笑った。
「まあ、ぼちぼち」
「やっさんにも聞いたが、相変わらずおちんちん侍なのか?」
「四十万石どころか今は百万石の領主だな」
「加賀藩並みだな。出世したものだ」
「登り竜さ」
くだらない。
さっきまで隆史さんと少し真面目な話をしていたのが馬鹿らしくなる。
「でもお前も人のこと言えねえだろ」
「俺か?」
「そりゃ俺がおちんちん侍なら、お前はマシンガンチンチンだな」
「乱射した覚えはないんだがな」
「そうやって月曜から土曜の女を作ったのか」
「ふっ。日曜日はタカシだったな」
「誤解を招く言い方をするな」
私はグラスを置いた。
聞かなかったことにした。
サブレは自分の昔話をよくする。
隠し事をしないというか、自分の人生を全部ネタにして生きているような男である。
高校時代のサブレは、月曜日から土曜日まで違う女の家に泊まり、日曜日だけ家へ帰っていた時期があるらしい。
本人は笑いながら話す。
それが本当かどうかはわからないけど、半ばフィクションとして聞いてる私がいた。
しかし。
「俺の良いところを見つける天才の真帆」と、「おちんちん侍タカシ」が立て続けに実在すると、途端に話が生々しくなる。
ただ、少し意外ではあった。
確かにいつも「俺はサークル内で変なことをする気はない」とか言っている。
サブレが女に慣れていることくらい、見ればわかる。
それでも、リプトンでは女の子に手を出しているところを見たことがない。
美咲ちゃんがあれだけ分かりやすく胸を押し付けても、普通に相手をして終わる。
だから、こいつのモテ話やゲス話は、本人が面白がって多少盛っているものだと思っていた。
こいつは場を盛り上げるために自分をネタにしたフィクションを繰り広げる男だと。
どうやら。
私がそう思い込もうとしていただけなのかもしれない。
「小野ちゃん、飲んでるか?」
サブレがこちらを見る。
「飲んでる」
「結構酔ってない?」
「大丈夫」
「その『大丈夫』信用できないんだがな」
「なんで?」
「俺、初対面でゲロ吐かれてるからな」
「吐かれたのはアフロ先輩でしょ」
「俺も片付けたから被害者みたいなもんだ」
「被害者ではない」
「じゃあ共犯者か」
「何の?」
「チョモランマ」
分からない。
隆史さんが笑っている。
カズヤも笑った。
私も少し笑った。
酒を飲んだ。
病気の話は忘れよう。
そこから先は、あまりよく覚えていない。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




