眠れる森のユニコーン①
リプトンテニスクラブは、高田大学のテニスサークルである。
ただし、高田大学の学生しか入れないわけではない。
いわゆるインカレサークルというやつで、他大学の学生もそれなりに所属している。
高田大学の男と近隣女子大の女、という構成のインカレサークルも多いらしいが、リプトンはそのあたりも適当だった。
男でも女でもいい。
大学もどこでもいい。
テニスが上手くても下手でもいい。
酒が飲めても飲めなくてもいい。
もしかしたら、偽物の大学生ですら。
来る者は大体受け入れる。
その結果、時々、どういう経緯でここに辿り着いたのかよく分からない人間が混ざっている。
OBの隆史さんも、その一人だった。
日吉大学の卒業生。
当然、もう学生ではない。
それでも昔からの知り合いが何人かいるらしく、仕事が休みの日などに、たまに練習へ顔を出す。
卒業したのに大学のサークルへ来る男。
文章だけにすると、少し警戒した方がよさそうな人物である。
実際に会ってみると、印象は悪くなかった。
後輩には優しい。
テニスもそれなりに上手い。
話も面白い。
学生時代からバンドをやっていたらしく、以前カラオケへ行った時に歌を聞いたが、普通に上手かった。
そして、この春から大きな会社に勤めている。
新卒一年目とはいえ、私たち学生よりは明らかに金を持っていた。
服も良いものを着ている。
顔も悪くない。
少なくとも、大学へ入ってから私に声をかけてきた高田大学の男たちと比較すれば、かなり条件のいい男だと思う。
ただし。
隆史さんは、後輩に分け隔てなく優しい。
一応、そういうことになっている。
実際、男の後輩にも普通に話しかけるし、テニスも教える。
ただ、練習が終わったあと、
「このあと暇?」
と声をかけられている人間を観察すると、多少の男女差は存在するようだった。
私を含めて。
「小野ちゃん、このあと暇?」
その日の練習後。
隆史さんが、エメラルドグリーンのラケットを片付けていた私のところへやってきた。
「暇ですけど」
「飯行かない?」
「いいですよ」
特に断る理由はなかった。
少し離れたところで、カズヤがこちらを見ていた。
目が合った。
すぐに逸らされた。
あれ以来、少し気まずい。
練習で顔を合わせれば話はする。
必要があれば普通に会話もする。
ただ、以前のように何も考えず馬鹿話をするところまでは戻っていなかった。
時間が経てば、そのうち戻るのかもしれない。
戻らないのかもしれない。
今はまだ分からない。
「じゃ、着替えたら行こっか」
「はい」
隆史さんについていった。
◇
連れて行かれた店は高かった。
少なくとも、学生が普段使いする店ではない。
メニューを開いて、最初に値段を見た。
大学生になってから、酒の値段についてはそれなりに学んだ。
二千円あれば飲み放題ができる。
三千円を超えれば少し高い。
五千円を超えると、翌日の昼飯について考える必要が出てくる。
この店では、料理を二、三品頼んだだけでその領域へ到達しそうだった。
「高くないですか?」
「大丈夫だよ。俺が誘ったんだし」
「奢りですか?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ大丈夫です」
遠慮はしない。
相手は社会人だ。
払うと言っている大人がいるのに、無理に割り勘を主張するほど裕福ではない。
隆史さんが笑った。
「小野ちゃん、そういうとこいいね」
「何がですか?」
「普通、一回は『悪いですよ』とか言うじゃん」
「悪いとは思ってますよ」
「思ってんの?」
「はい。でも奢ってもらいます」
「ハハハ、いいよいいよ」
酒を頼んだ。
料理も美味しかった。
隆史さんは話が上手い。
自分の話ばかりをするわけでもないし、こちらに質問を続けて面接のようにするわけでもない。
話題を振って、私が乗れば続ける。
反応が薄ければ変える。
私が話せば、ちゃんと聞く。
なるほど。
こういうところなのだろう。
大学へ入ってから、何人かの男と二人で食事をした。
その中には、こちらが水を飲んだ回数より自分の武勇伝を話した回数の方が多い男もいた。
一時間半の食事で、高校時代の部活のレギュラー争いを三回聞かされたこともある。
同じ話を三回したのではない。
一年生、二年生、三年生で一回ずつである。
丁寧な男だった。
隆史さんには、そういうところがない。
「小野ちゃんって、彼氏いるの?」
やはり来た。
「いないですよ」
「最近別れた?」
「なんで知ってるんですか」
「そのくらいは聞くよ」
「誰からですか?」
「秘密」
「じゃあ別にいいです」
「気にならないの?」
「多少は。でも聞いても多分教えてくれないでしょ」
「頭いいね」
「高田大学なので」
「納得」
笑う。
こういう返しも速い。
それからも何杯か飲んだ。
隆史さんは私の容姿を褒めた。
ただし、カズヤのように、
『眼鏡を外したら結構可愛い』
という褒めているのか微妙な言い方ではない。
服を褒める。
髪を褒める。
笑った顔を褒める。
一つ褒めたら、しばらく別の話をする。
また忘れた頃に褒める。
勉強になる。
何の勉強なのかは分からない。
ただ、かなり女に慣れていることは分かった。
隆史さんは女癖が悪い。
これはリプトンでも有名な話だった。
昔から後輩の女の子に手を出す。
付き合うこともある。
付き合わないこともある。
そのあたりの境界は本人しか知らない。
だから今日誘われた時点で、私もある程度は分かっていた。
この人は多分、私と寝たい。
別にいいか。
そう思ったから来た。
私は別に、男と二人で飯を食うたびに純愛を期待するほど初心ではない。
相手が何を考えているか分かった上で、それでもついていくことはある。
嫌なら帰ればいい。
嫌でなければ、帰らなくてもいい。
それだけの話だ。
そして隆史さんは、今のところ嫌ではなかった。
顔も悪くない。
話も面白い。
酒も飲める。
仕事もちゃんとしている。
私より年上で、女にも慣れている。
高田大学へ入ってから私に近づいてきた男たちと比べれば、かなり上等である。
失礼な比較だとは思う。
もちろん本人たちには言わない。
「もう一杯飲む?」
「飲みます」
何杯目だったかは、もう数えていなかった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




