卒業への第一歩だな③
「今のところ、落ち度はなさそうだな」
「ほんでな、褒めたんだよ」
「おお」
「『小野ちゃんって、メガネ外すと可愛いよな』って」
「メガネをかけていても可愛いだろうが」
「あとは、『彼氏はつくらないのか?』って」
「DV子猿と最近別れたばかりじゃないか」
「一応な」
「まぁ、別れてすぐ彼氏ができるってのもよくある話だしな」
「そう。だから、『小野ちゃんはモテそうだよな』って」
「ちょっとこの会話はイマイチな気がするな」
「あぁ。一瞬、俺たちの温度が下がった気がしたんだ」
ふむ。
まぁ、童貞の先走り汁が漏れ出したような会話だが、許容範囲内だ。
小野ちゃんのブチギレを引き起こす水準ではない。
しかもこいつだって空気を読んだわけだもんな。
まだ軌道は修正できるさ。
「お前も空気が読めるようになったんだな」
「あぁ。ほんでな、俺のとっておきのネタを披露したんだ」
「ほう」
「テキーラを二杯頼んで、『こちらのお客様からです』って」
「それは俺の持ちネタだろう」
「お前がいない時くらい使わせろよ」
「まぁ、いいだろう」
「若干滑ったけど、滑り笑いとしては機能した」
「人のネタを勝手に使って滑ったのか!?」
「これは多分ネタが悪いな」
「くそっ」
「まぁ、ここで一杯目の高アルコールドリンクが投入された」
「ふむ」
「小野ちゃんはテキーラを一口で飲みきり、レモンを齧った」
「さすがだな!」
「なんだかその唇を見ていると、ムラムラしてきちまったんだ」
「お、おう」
「一歩踏み込んで、『初体験はいつ?』って聞いてみたんだ」
「おま、それはお前、セクハラだろ」
「小野ちゃんは笑ってくれたぞ」
「気を使わせたんだよ」
「冷静に振り返れば、俺にもわかるさ。そのくらい」
「そうか。余計なお世話だったな」
「だが、その時の俺は冷静じゃなかったんだ」
「ふむ」
「『初体験はいつだ?』、『年上と付き合ったことはあるのか?』、『ワンナイトの経験は?』」
「お前!あのバーでいきなりAVの入りみたいなインタビューを始めたのか!?」
こいつ。
バカだとは思っていたが、ここまでバカだったのか!?
面白すぎるだろ……。
「あぁ。正直、その時点では相当うまくいってると思っていたんだ」
「それは冷静さが足りなかったな」
「そうなんだよ。小野ちゃんは笑っていたし、お互い猥談を楽しんで、次へ向けての助走をつけている気分だった」
「小野ちゃんはなんて答えていたんだ?」
「それがな……。後になって気づいたんだが、明確な答えが返ってきていなかったんだ」
「お、おう」
「俺の独り相撲だったんだ」
「散々だな、小野ちゃん……」
「すまねえ、小野ちゃん」
「まぁ、そこまで露骨なセクハラをしてしまったのであれば、お前のその落ち込みようも無理はないな」
「ああ」
「大丈夫だ。小野ちゃんは体は小さいが器の大きい女だ。童貞の戯言など、笑って許してくれるさ」
「そうなんだよ。小野ちゃんはまだその時は笑って許してくれていたと思う」
「まだこの先があるのか!?」
寒気がした。
こんなバカが世の中にいるのかと思うと冷や汗をかく。
というか、これより先があるのか!?
聞くのが怖くなってきた。
「小野ちゃんは、『そろそろ帰ろうか』などと言いながら準備を始めたんだ」
「そうだな。それが正解だろう」
「その時の俺は焦っていたんだ。何せ今日は童貞卒業式の予定だったわけだからな」
「勝手なセレモニーに、小野ちゃんを巻き込むんじゃない!」
「そして気づいた時には……」
「何をしたんだ?」
「土下座していた」
「え?」
「『俺を漢にしてください』」
「……」
「『筆おろししてください!』」
「……」
ひ、ひど、ひどすぎる。
こいつ、頭がおかしいんじゃないのか。
タカシでもここまでの話は聞いたことがなかったぞ。
「……」
「筆おろししてください、って言ったのか?」
「言いました」
「土下座もしたのか?」
「しました」
「おしゃれなバーで?」
「しました」
だ、だめだっ!
「ハハハハハ!面白すぎるだろ!」
我慢の限界だ。
「ハッ……腹が痛い……お前……土下座で……童貞捨てようとしたのか!?」
「俺は真剣だったんだよ!」
「ハハ……真剣に……土下座で童貞捨てよう……と……するのは……男らしすぎるな!」
「もう忘れてくれ!」
「クゥ……流石にそれは無理があるだろ」
は、腹が痛い。
勢い余ってビールをこぼしちまった。
何を食って生きてくればこんなバカなことができるんだ……はははぁ!
いや、いかん。
こいつのバカ話は面白すぎるが、新歓を控えた今、結構な事件だぞ。
……。
ばっかすぎる!!!
くそっ。
会話が進まないじゃないかこんなの。
卑怯だぞ!
いや、ふぅ。
ちょっと、冷静に話をす、進めないと……。
クゥ———。
よし。
「で、小野ちゃんはどうだったんだ?」
「リプトンの仲間に噂聞いて『じゃあ俺もいけるかも』って思われるのも嫌だって」
「あー」
小野ちゃんが以前話していたな……。
新歓期に入ろうとしていた、文化系のサークルで、同じ高校の先輩とたまたま会ったこと。
出どころはわからないが、『自分が誰とでも寝る』という噂が、新歓に行ったサークル全てに流れていたこと。
それを知ってか知らずか、二十人以上のチェックシャツの童貞から一生LINEが来ていて、通知音がトラウマになったこと。
……。
笑っている場合ではなかったな。
「それは良くないな」
「……はい」
いや、俺も笑ってしまったんだが、小野ちゃんが傷ついているのであれば、よくないな。
「カズヤ、まさにそれだったんだろ?」
「……はい」
「そりゃ小野ちゃんは嫌だな」
「……はい」
「まあ土下座は面白いが」
「そこはもういいだろ!」
「そこは面白い」
「分けるなよ!」
「そこを分けるのが俺だ」
そう。
カズヤはバカやって小野ちゃんを傷つけてしまったみたいだ。
だが、こいつは小野ちゃんが新歓で何をされたのか知らなかったんだ。
知らなかったからいいってわけじゃない。
だが、バカなんだこいつは。
童貞のバカがやらかすなんてのはまぁ、特段珍しいことではない。
最近、ちょっとはまともになったから油断してしまったな。
しかし、このバカを見ていると、自分が落ち込んでいるのがバカみたいに思えてくるな。
最近若干バッドモードに入っていた俺からすると、このバカの存在はありがたい。
「土下座は面白いが、小野ちゃんが嫌がってんのは面白くないな」
「…………」
「そこを分けて考えるところからだ」
「何が?」
「童貞卒業への第一歩だな」
「そっか」
こいつはバカだが素直なバカだ。
まぁ、なんとかなるだろう。
……。
なんとかなるのか?
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




