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男女の友情③

バカが突然暴走した。


そう思っていたが、よく振り返れば、最初から暴走していたようだ。


くだらない噂を聞いて。


はぁ。


また実害が出てしまった。


どんどん胸の奥が冷えていく。


腹が立った、とは少し違う。


「私が本当に誰とでも寝る人だったとして、それってカズヤに何か関係ある?」


カズヤは黙っていた。


「……ないです」


「だよね」


私は別に、そういう噂をされること自体には、それほど腹を立てていない。


原因が何一つ自分にないとも思っていない。


高校時代、褒められた行動ばかりをしていたわけではない。


知らない人間が、


『小野朝霞はヤリマンらしい』


と面白おかしく話していても、それだけなら好きにすればいい。


本人に届かない場所で他人が何を話しているかまで管理しようとは思わない。


私はフェミニストなどではない。


男が女を性的な目で見ること自体を悪だとも思っていない。


人ではなく、穴として見られることにも慣れている。


高校時代から、何度かそういう扱いは受けた。


ただ。


カズヤは、そちら側ではないと思っていた。


私の胸元を見ていることと、それは矛盾しない。


性的な対象になり得ることと、友達であることも、本来なら両立する。


少なくとも私は、そう思っていた。


一緒にテニスをする。


酒を飲む。


漫画やアニメの話をする。


くだらない失敗を笑う。


今日だって、途中までは本当に楽しかった。


もしかしたら、こういう関係がこの先も続くのかもしれないと思っていた。


恋人でもない。


寝るわけでもない。


それでも、たまに二人で酒を飲む。


サブレと真帆さんのような関係とは、随分違う。


あの二人には、私たちにはない長い時間がある。


それでも。


そういう男友達が私にもできるのなら、悪くないと思っていた。


その候補の一人が、カズヤだった。


だった。


……あぁ。


どうやら過去形になったらしい。


「私ね、別にそういう噂されるの、そんなに気にしてないんだ」


「……はい」


「誰と付き合ったとか、誰と寝たとか。それが本当か嘘かも含めて、どうでもいい人たちが面白おかしく話してても、私には関係ないし」


「はい」


「だけどさ」


少し言葉を選んだ。


「リプトンの人にその噂聞かれて、『じゃあ俺もいけるかも』って思われるのは、結構嫌だな」


カズヤの顔が引きつった。


図星らしい。


「……そう思った?」


しばらく黙ってから、カズヤが頷いた。


「……はい」


正直である。


今だけは褒めてやってもいい。


褒めないけれど。


「そっか」


それ以上、何を言えばいいのか少し迷った。


怒鳴る気にはならない。


殴るほどでもない。


カズヤが私を性的な対象として見ていたこと自体が嫌なのでもない。


ただ、噂を聞いて。


誰とでも寝るらしいから。


それなら自分にも順番が回ってくるかもしれない。


そう考えられたことが、思っていたより嫌だった。


「他の知らない男なら、別にいいんだけどね」


「……え?」


「知らない人が私をどう思ってても、本当にどうでもいいから」


グラスを見る。


もうほとんど残っていなかった。


「でも、カズヤは友達だと思ってたから」


言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。


こういうことを口に出すのは得意ではない。


カズヤは何も言わなかった。


「リプトンの人に、噂を聞いてそういう目で見られるのは嫌だよ」


「……ごめん」


「うん」


「本当にごめん」


「うん」


「俺……」


「今日は帰ろう」


遮った。


これ以上話しても、今はあまり意味がない気がした。


会計を済ませた。


カズヤは全額払うと言ったが、断った。


「いいよ、割り勘で」


「いや、今日は俺が――」


「いい」


「でも」


「カズヤ」


「……はい」


割り勘にした。


店を出る。


冬の空気が冷たい。


酒で熱くなった顔にはちょうどよかった。


駅までの道で、カズヤはほとんど喋らなかった。


私も喋らなかった。


普段のカズヤなら、沈黙に耐えられず何か言っただろう。


くだらない話でも始めたかもしれない。


今日は何も言わなかった。


その方がありがたかった。


駅に着いた。


使う路線が違う。


「じゃあ」


「……うん」


「小野ちゃん」


「なに?」


「ごめん」


「……うん」


それだけだった。


またね、とは言わなかった。


別に、もう二度と会わないわけではない。


次の練習へ行けば、普通にいる。


春になれば二年生になる。


これからも同期であることは変わらない。


だからこそ、今ここで無理に元通りにする必要もない気がした。


一人で電車に乗った。


空いていた座席に座り、眼鏡を少し上げる。


疲れた。


怒っているわけではない。


少なくとも、怒りが一番近い感情ではなかった。


ただ、少し残念だった。


カズヤとは、普通に友達になったと思っていた。


そして今日まで、男友達というものについて、私はあまり真面目に考えたことがなかった。


男と女が親しくなれば、恋愛になる。


あるいは、性行為をする。


そうならなければ疎遠になる。


私自身の経験だけを振り返れば、そういう関係の方が多かった。


だから、サブレと真帆さんを見た時、少し驚いたのだと思う。


別れたあとでも、一緒に飯を食う。


恋人ではないのに、親しい。


抱かれなくても、会う理由がある。


こういう関係もあるんだな。


悪くないな。


いや、正直に言おう。


少しだけ……羨ましいな。


そう思った。


私にも、いつかそういう男友達ができるのだろうか。


カズヤも、案外そうなのかもしれないと思っていた。


では、男女がそういう関係になるのは、私が思っているより難しいことなのだろうか。


少なくとも、今日ひとつ候補は減った。







※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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