男女の友情②
5月に初めて会った時と比較すると、カズヤはだいぶ大人になっていた。
黄色かった髪が、かなり黒くなっている。
染め直したというより、単純に生え変わったらしい。
服も以前より多少まともになった。
何より、靴が子供向けの運動靴ではなかった。
成長したものだな。
「カズヤ、今日ちゃんとしてるね」
「いつもちゃんとしてるだろ!」
「そうだっけ」
「そうだよ!」
嘘だと思う。
ただ、大学へ入ったばかりの頃に比べれば、確かに少し垢抜けた。
人間というものは一年足らずでもそれなりに変化するらしい。
私だってそうだ。
春先にはただの「誰とでも寝る小野朝霞」だった。
5月には「新歓でアフロにゲロを吐いた小野朝霞」が追加された。
最近は「彼氏がいても浮気をする小野朝霞」となった。
来年には「子供を三人ほど孕んでいる小野朝霞」になっているかもしれない。
人は成長するものだ。
私の場合は悪い方にだが……。
まったく。
せめてゲロで他の噂を流すことができればよかったかもしれない。
まぁ、別にどうでもいい奴らがくだらん噂に興じているのは私には関係のないことだ。
しかし、最近実害が出てしまったので、気をつけようとは思っている。
まぁ、いつの間にか身に覚えのない子供ができているくらいだ。
カズヤが子供用運動靴を卒業するくらい、別に不思議ではない。
ん?
子供はまだできていなかったか。
まぁいい。
「カズヤと二人で飲むの初めてだね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。いつもサブレとかアフロ先輩とかもいるじゃん」
「まあな」
カズヤは妙に澄ました顔をした。
案内された店は、私が想像していたよりずっと洒落ていた。
照明は暗い。
カウンターの奥には、見慣れたものから見たことのないものまで、酒瓶がずらりと並んでいる。
普段リプトンで使う、二千円で飲み放題の居酒屋とは明らかに違う。
「こういう店知ってるんだ」
「まあな」
少し得意そうである。
席に着き、私はギムレットを頼んだ。
カズヤはメニューをほとんど見ず、
「マティーニ」
と言った。
おお。
ちょっと格好いい。
本人には言わない。
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせた。
最初は普通に楽しかった。
というより、カズヤと二人で話すこと自体は特に苦ではない。
サークルに入ったばかりの頃は、黄色い髪で無駄に声が大きい男、という認識しかなかった。
今も大部分はそのままである。
ただ、半年以上一緒にいれば、それなりに相手のことも分かる。
カズヤは単純だ。
自慢話も多いし、女の子にモテたいという欲望も隠さない。
少し面倒くさい。
ただ、裏表が少ない。
失敗すると分かりやすく落ち込むし、褒めれば分かりやすく喜ぶ。
そして何より、話題には困らない。
「この前さ、サブレが飲みすぎて顔真っ青になってたんだけど」
始まった。
カズヤのトークショーである。
「いきなり俺に『両手を差し出せ』って言ってきたんだよ」
「なんで?」
「俺も分かんねえから、とりあえずこうやって出したの」
カズヤが両手を揃える。
「そしたら」
嫌な予感がする。
「そこにゲロ吐きやがった」
「最悪」
笑った。
「しかも吐いたあと『すまん』って言って普通に寝たからな!」
「サブレ何してるの」
「まだあるぞ。アフロ先輩と並んで立ちションしてた時――」
「なんでそんな話ばっかりなの?」
「面白いからだろ!」
その後、アフロ先輩の大事なところにミツバチが止まった話を聞かされた。
詳しい情景描写は必要なかったと思う。
恵美子さんがまた彼氏に振られて、やけ酒をしながら吐いていた話も聞いた。
こちらは少し心配になった。
「恵美子さん、また振られたの?」
「そうそう。ずっと『話し合いができない男だった』って言ってた」
「……なるほど」
おそらく男性側にも言い分はある。
とはいえ、カズヤの話し方が馬鹿馬鹿しいので、結局笑った。
「めっちゃ笑うじゃん」
「だってしょうもないんだもん」
「まだまだあるぞ」
「全部聞かせるつもり?」
「今日は手持ちのネタを全部捻り出すつもりだ」
「捻り出すって……」
「うんこではないぞ」
「クソッタレめ」
なぜだろう。
別に構わないが。
カズヤはいつも以上によく喋った。
そして、いつも以上に私の反応を気にしているようにも見えた。
私が笑えば、次の話を始める。
妙に張り切っている。
二人で飲むから、多少気を遣っているのだろう。
その程度に考えていた。
「小野ちゃんってさ」
一通り笑ったあと、カズヤが言った。
「んー?」
「眼鏡外したら結構可愛いよな」
私はグラスを置いた。
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「じゃあ眼鏡してる時は?」
「…………」
考えている。
「今考えたでしょ」
「いや、可愛いよ」
「遅いよ」
カズヤが慌てた。
少し面白い。
別に腹は立たなかった。
眼鏡を外した方が顔がいいという話は、自分でも理解している。
「彼氏とか作らないの?」
「んー、今はいらないかな」
頭のおかしい男と別れたばかりだ。
顔面をグーで殴られてな。
あれは希少種だろう。
男全てに共通する話ではないことは分かっている。
だが、しばらく男を作るつもりはない。
「モテそうなのにな」
「そうかなぁ」
「男から結構来るだろ?」
一瞬だけ、返答に困った。
来る。
それは事実である。
ただ、最近聞いた話を考えると、必ずしも喜ばしい意味ばかりではないらしい。
「まあ……なくはないけど」
「だよな」
なぜかカズヤが嬉しそうだった。
「なんで嬉しそうなの?」
「別に」
変なの。
カズヤが店員を呼んだ。
「テキーラ二つ」
「飲むの?」
「せっかくだし」
「何が?」
「雰囲気?」
意味が分からない。
塩とレモンを添えたショットグラスが運ばれてきた。
カズヤが一杯を私の前へ滑らせる。
「こちらのお客様からです」
「目の前にいるけど」
「そういうギャグなの!」
笑って受け取った。
「乾杯」
「乾杯」
テキーラを飲む。
喉が熱い。
レモンを齧る。
うまい。
ギムレットのあとにショットを入れる飲み方が正しいのかは知らない。
まあ、学生の飲酒に正解を求める方が間違っている。
そこから、少しずつ会話の方向が変わっていった。
「小野ちゃんって初体験いつ?」
「んー、内緒」
「何歳?」
「だから内緒だよ。カズヤは?」
「俺は泣く子も黙る童貞さ」
「知ってる」
「なんでだよ!」
「自分でよく言ってるじゃん」
「じゃあ小野ちゃんは?」
「内緒だって」
しつこい。
怒るほどではない。
あのバカと飲んでいる時はこんな話ばかりしているのだろう。
「カズヤ」
「なんだい」
「童貞を笑いに変えられるようになったんだね」
「子供用運動靴と一緒につまらないプライドも脱ぎ捨てたのさ」
「大人になったね」
「たけのこもびっくりの成長速度SA!」
「おー」
「たけのこたけのこニョッキッキ!いちニョッキ!」
「……ずるい」
「小野ちゃんの負けー!テキーラ追加!」
「ぐぬぬ」
卑怯なカズヤは『たけのこニョッキゲーム』を挑んできた。
許せん。
しかし、負けは負けだ。
潔く出されたテキーラを飲む。
「クゥーっ!」
レモンを齧る。
カズヤもテキーラを飲んでいる。
「クゥーっ!!」
レモンを齧る。
「成長したね」
「なにが」
「人に飲ませてばっかだったのに」
「サブレにしばかれたからな」
うむ。いい成長だ。
初めて二人で飲むので、間が持つかを心配していたが、杞憂に終わったようだ。
「経験何人?」
「教えない」
「年上と付き合ったことある?」
「秘密」
「ワンナイトとか?」
「ないしょ」
何度か同じような質問をされた。
私は適当に笑ってかわした。
こちらから性的な話を振り返すこともしなかった。
このあたりで、ようやく少し変だと思い始めた。
カズヤは元々すけべである。
私の胸元へ視線が落ちていることも、何度か気づいている。
別に、それ自体はどうでもいい。
男なのだから、そういうこともあるのだろう。
私だって顔のいい男を見れば顔を見る。
程度と場所の問題である。
ただ、今日は随分と粘る。
……。
急に熱が冷めていく。
さっきまで考えていたことが、少し馬鹿らしくなった。
恋人でもなく、寝るわけでもなく、それでも二人でバカな話をしながら酒を飲める男友達。
カズヤも案外、その候補になるのかもしれない。
そう思っていたのだが。
どうやら、私が思っているより難しい話なのかもしれない。
「そろそろ帰ろうか」
私は時計を見た。
終電まではまだ余裕がある。
だが、十分飲んだ。
「え?」
カズヤが露骨に焦った顔をした。
やはり、何か変だ。
「明日もあるし」
「まだ早くね?」
「もう結構飲んだよ」
バッグを手元へ寄せる。
その時、カズヤが立ち上がった。
「小野ちゃん」
「ん?」
妙に真剣な顔をしている。
「お願いがある」
嫌な予感がした。
「なに?」
次の瞬間。
カズヤが床に膝をついた。
「え?」
お洒落なバーである。
照明は暗い。
周囲には他の客もいる。
その床に、高田大学の学生が土下座した。
「お願いします!」
やめてほしい。
ものすごく恥ずかしい。
「俺を男にしてください!」
何を言っている。
「筆おろししてください!!」
店のどこかで、皿の割れる音がした。
多分、私たちとは関係ない。
そう信じたい。
数秒、何も言えなかった。
怒るより先に、周囲の視線が気になった。
「カズヤ」
「はい」
「恥ずかしいよ」
「はい」
「座って」
「はい」
妙に素直になった。
さっきまでの勢いはどこへ行ったのだろう。
席へ戻ったカズヤは、目を合わせない。
私は残っていた酒を一口飲んだ。
そして、考えた。
なぜ突然こんなことになったのか。
いや。
突然ではない。
今日の会話を逆から並べてみる。
二人で飲みに誘われた。
妙に褒められた。
彼氏の有無を聞かれた。
男から声をかけられるか聞かれた。
性的な話題を何度も振られた。
そして土下座。
……。
なるほど。
間違いない。
やつは最初から暴走していた。
ここまで来れば、さすがに分かる。
問題は、なぜ今日なのか。
そして思い当たった。
「一個聞いていい?」
「はい」
「変な噂……聞いた?」
「…………」
カズヤは黙った。
何のことか、と聞き返しもしない。
なるほど。
そういうことか。
……。
バカめ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。




