7話 「何か」の下校
6話の続き。
小田谷はリョーの不審な動きに興味を持つ。
言い訳メーカーのリョーだが、小田谷の数々の鋭い質問には答えきれず、ついに敗北を喫する。
終礼が終わった。
生徒の声で学校中が包まれる。
それは大きな気球のように、たくさんの空気をもって動き、皆がどこかで異常がないかを見守りながらゆっくりと浮遊している。
俺もまた、たくさんの空気の中の一つだ。
たしかに存在するこの教室の空気を感じつつ、教室を掃除した。
「今日は面白い話をありがとう、またなんかあったら教えてね~なんだかおもしろいものが作れそう♪」
そう小田谷は言って、授業中には全く見られなかった元気を見せて教室を出ていった。
今日は文芸部があるらしい。文芸部では文化祭に向けて部誌を作っており、「何か」の話が小田谷にが何かしらのインスピレーションを与えたのだろう。
しかし、あまり口外しないでほしいものである。部誌という形で載せるとしてもだ。
そのまま流用してしまうことはないと思うが。
小田谷が書いた文面を見て笑うのがハマダだけであってほしいものである。
もし発行されたら真っ先に読みに行こう。部誌の完成を楽しみに(?)待つ生徒がここに一人誕生した。
さて、俺も「何か」を連れて帰ることにしよう。
「何か」のほうを見ると、窓の外のグラウンドを見ていた。
同じ目線に立って眺めてみる。
運動部がそれぞれ部活の準備をしている。色とりどりのユニフォームを着て、活発に動いていた。
当たり前の風景だが、「何か」にとってはこれもまた初めてのものである。
教室からの景色に満足し、リュックを背負い教室を出る仕草を見せると、「何か」もしっかりと後をついてきた。
下駄箱から上履きを取り出し、革靴に履き替えた。「何か」も(いつの間に)履いていた上履きを脱いだ。しかし、革靴がない。
そこではっとしたらしい。「何か」はほかの生徒の足元を見て、皆同じ革靴で下校しているのを理解すると、残念そうな顔でこちらを見つめてきた。
そして、「何か」は脱いだ上履きをもう一度はいて一緒に昇降口を出た。
まるで、宿題を忘れて悲しむ小学生のようににうつむいている。
もしかしたらここで革靴を生成するのではないかと期待していたが、「何か」の顔からそれはできないのだと察した。
校門を過ぎた後も、「何か」は上履きをはいたままついてくる。
ずっと足のほうだけを見つめて歩いている。
そんな顔を見てなんだか自分も滅入ってしまいそうだった。
しかし、しばらくすると悲しみも過ぎ去ったのか、今度は空を見上げて歩いていた。
目が合うと、視線で空の色の変化のことを伝えてくる。
今は夕方だから、当然空はオレンジ色に変化する。
...そうか、陽が沈むということも...
しかし、きっと伝えることをせずともいつか理解するのだろう。
朝は陽が昇ると空は青く、夕方になって陽が傾くととオレンジに、月が見える夜になると黒に。
それは生きている中で絶対に変わらないこと。
それを人は嬉しがったり寂しがったりすること。
いつか、そんなことも「何か」は少しずつ理解していくのだろう。
ぼんやりと空を見る「何か」を見て、ノスタルジーな気分に勝手に浸っていた。
「何か」と一緒に上を向いて歩いていると、いつのまにか駅に着いていた。
帰りももちろん電車を利用する。
駅のホームは学生ですこし混み気味である。そこかしこと会話の声が聞こえてくる。
俺は、「何か」を見る。
「何か」もこちらを見ていた。
...どうやら考えていることは同じのようだ。
電車の接近を伝えるアナウンスが駅のホーム全体に響く。
結局、「何か」が電車に乗れなかったはっきりとした原因はわからなかった。しかし、もしかしたらという一つの予想が自分の中にあった。
電車がやってきた。
お互いに顔を合わせる。
「何か」は不安そうな顔でこちらを見ていた。
そんな顔に対し、大丈夫だと顔で伝える。
「何か」に手を差し伸べた。
その手を見て、どういうことかと首を傾げるも、ゆっくりと「何か」も手を差し出した。
そして、「何か」の手を力強く握る。
...驚いた。昨日はなかった手の感触を感じる。
いや、本当は握っていない、触れてすらないかもしれない。
それでもいい、大丈夫。
今はそんなこと気にしなくていい。
電車のドアが開く。
人の出入りを最後尾で待つ。
発車メロディーが鳴り終わる。
人の波に合わせてゆっくり、
ゆっくりと――
俺と「何か」は電車の中に入っていった。
電車は、二人を乗せてゆっくりと発車した。
「何か」は電車の中で泣いていた。
それは車窓があまりにきれいだったのか、それとも電車に乗れたことに対してなのか。
多分わかるし、わからない。
そんなこと、きっとどちらでもいいのだ。
吊り革を電車の揺れに合わせてぶらぶらとさせながら、次の乗り換える駅を待った。




