4話 ハマダと小田谷
3話の続き。
通学のためにリョーは電車に乗るも、「何か」はその電車に乗ることができなかった。まるで、そこに見えない壁があるかのように阻まれてしまったのだ。
駅を降りると、太陽を覆っていた雲は消え、街に光が差し込んでいた。
通学路を歩いているうちに少しずつ暖かくなった。とはいっても、ブレザーがないと口がガタガタしそうではあるのだが。
電車を降りてからも「何か」のことで頭がいっぱいであった。
もし、なんかの間違いで「何か」が見えてしまったら?
「何か」がものに触れられるようになって、盗みを働いたりしたら?
何しろ俺とそっくりなのだから、「何か」のしたことはすべて俺の行動だと周りから思われてしまってもおかしくない。
大丈夫だろうか・・・
不安ばかりがどんどん押し寄せてくる。
しかし、それらすべて飲み込んでしまおうと思った。これからも、「何か」とともに過ごしてとは限らないし。「何か」はものに触れられないのだからきっと大丈夫だ。
いつの間にか不安要素を取り除こうと必死になっていた。
しばらく歩くと、駅に見えたスーツ姿の大人が減って、制服姿が大部分を占めはじめた。
何十もの革靴のカタカタという音が強く脳に響く。
「何か」との非日常な時間も徐々に消えてしまう気がした。
ずれていた歯車が元通りに動くように、またいつもの通学路を、いつものように空を見ながら歩いていた。
校門を通り抜けると、まっすぐ昇降口へ向かう。
下駄箱を開け、上履きに履き替えると俺をの名前が耳元から聞こえた。
「おはよ」
「うっす」
この眼鏡くんはハマダ。と言っても、レンズを髪が覆いつくしているので眼鏡がチャームポイントとは言い難い。
下駄箱にしまうはずの革靴を、手をブランブランさせて探していた。足元にあるのに。その髪を切れば日常生活の作業効率が10倍は上がるのではないだろうか?
ハマダとは、ゲームの話を通じて仲良くなり今でも話題はアニメとゲームがほとんど。たわいのない話ばかりだが、この会話している時間が結構好きだ。
上履きに履き替えると、俺の教室のある3階へと向かった。
階段を上ろうとしたが生徒ばかりでなかなか進まず、しかも2階に着いたと思ったら朝礼のチャイムが鳴り始めた。
たちまちに生徒が急ぎ始める。しかし、俺とハマダはここで急ぐような仕草を見せない。なぜなら、クラス担任はこのチャイムが終わっても教壇に立っていないことが多いからだ。
その確率は5分5分。ちなみに3回連続ではずれを引いている。今日こそは勝ちたい。
このゆっくりとした歩みが、防波堤のように生徒の波を食い止めていた。この行動を階段の人ごみに対する腹いせだと2人は多分思っている。
やがて、教室の前までたどり着くと、音を立てないようゆっくりとドアを開けた。
・・・はずれ。
「二人遅刻ね。次は気を付けて。」
声には怒りの感情がこもっていなかった。もう立派な遅刻常習犯になってしまったのだろう。
少しだけ心がきゅっとなった。
起床時間を改めるべきか?
・・・ちょっとだけ頑張ってみるか。ちょっとだけ。
ハマダはクラスのど真ん中に、俺は窓際の一番に座った。
ちなみに、席はくじ引きで決める。
この席を当ててから、ゲームの運だけでなく、このように50%を外してしまうようになった。最も、遅刻しなければいいだけの話なのだが。
朝礼連絡が終わり、1時間目の数学の授業が始まるとまた空が暗くなり始めた。教師のお経のような数式の解説が始まる。
授業が始まって20分、
それにしても何だか集中できない。否、集中できないのはいつものことだ。
しかし、どんなに集中できなくてもここまで身に入らないことはない。
内容が難しいから?教師の説明が分かりづらいから?
多分どっちも違う。
横から視線を感じた。ゆっくり顔を向けると、こちらを向いて不思議そうな顔をしている。
彼女は小田谷奏子。ロングヘアーに黒い眼鏡がチャームポイント。性格は穏やかなのだろう。たしか、文芸部に所属している。
「集中できないなら寝ちゃえばいいのに。あの人みたいに。」
そういってハマダのほうを指さす。1時間目なのに髪を海藻のように広げてすやすやと寝ていた。
なんて奴だ。数学は追試になりたくないから頑張ると張り切っていたではないか。教科書すら机の上に出ていなかった。はじめから授業を受ける気はなかったらしい。
「雨、降りそうだね。傘持ってくるの忘れちゃった。」
気が付けば、小田谷は窓の奥を見つめていた。つられて窓の方を見る。町全体を雲が埋め尽くしていた。
「下校までに晴れればいいね。」
とっさにそう返したが、とてもありきたりな返答だったと思った。
小田谷はうん、と軽く頷くと、ハマダと同じように頭を伏せて眠り始めた。
隣から微かな寝息が聞こえてくる。やわらかそうな髪が息を吸って吐くたびに、ゆらゆらと揺れていた。
結局、ノートに授業の板書をとったということだけしか頭に残らなかった。
1時間目が終わり窓を見ると、街を覆っていた雲がぼつぼつと、雨を降らせていた。




