2話 変身
1話の続き。
家の中に現れた「何か」は触れられず言葉も通じない、よくわからない奴だった。それだけで済めばよかったのだが、翌朝、自分そっくりの何かがパジャマの状態で寝ていた。
「おはよう・・・」
「おはよー」
返ってきたあいさつは、朝ご飯を食べている妹のノノ(最近ショートヘアに変えて印象がガラッと変わってしまったが、会話はいつも通り行われており、とりあえず一安心)だけ。
母はまだ寝ているみたいだ。
父の出勤は早い。朝お目にかかるのは、土日とゲーム終わりの徹夜明けぐらいである。
父の目覚めとともに起きた母の作り置きのご飯がテーブルの上においてある。定位置に座ると、ようやく緊張の糸がほぐれてきた。
「今日顔色悪いね。嫌な夢でも見た?」
「いいや...見てない」
「ふぅん、でもリョーの見た夢の話は面白いんだよね~後味が悪い話ってあんまりないじゃん?」
「趣味の悪い奴っ」
「でも学校は、やっぱり友達の話とか音楽とか、勉強の話とかでしょ」
「...そうだな」
「リョーみたいな奇天烈で、奇想天外で、衝撃的な結末を迎えるなんて話は、なかなかお目にかからないんだよね」
「んなもんない方がましだ」
「この前の話は良かったよ~~ピアノが下手すぎて聴衆からペットボトル投げられて、その山が大きくなりすぎて「リサイクル工場」のあだ名がついたやつ。ペットボトルがすべて兄さんに投げられることで、海のごみ問題が少しづつ解決に向かうところは最高だったね!」
「やめてくれ…その夢はもう思い出したくない」
「まーまー、そんなこと言わないでさ。また新作ができたらゆっくり聞かせてよ」
「…できたらな」
「期待してるよ~「リサイクル工場」くん」
「うぃーうぃ」
ごちそうさま、とノノは言うと食器を台所へ運び、さっさと洗い始めた。
「あ、そういえばさー、ノノ」
「ん、何?」
「最近さ、幽霊みた?」
「・・・やっぱり見てんじゃん、もう時間ないからその話はまた今度で~」
すでに食器は洗い終わっていたらしい。学校指定の真っ黒な鞄とトランペットのケースをもってリビングから出ていった。
「何か」について知っている素振りはなかった。いつも通りのノノだった。
朝ご飯が食べ終わるころ、大きなあくびとスタスタと床を鳴らすスリッパの音が聞こえた。どうやら母がリビングに来たようだ。さっきの奇怪なこともだんだん記憶から薄れてきた。
母の顔が見えた。
しかし、その後ろによく知っている顔が見えた。
おはようの「お」まで出かかった口はそのまま硬直し、だんだんと肩から下の力が抜けていった。
あれは、俺だ。
・・・もう一人の俺が起きてきたのだ。
「お、お、お、おはよう…」
「うん、おはよう」
「……」
「...何よ?、なんかついてる?」
「幽霊…… 見える...?」
「はぁ? 寝ぼけてないで、早く食べちゃいなさいよ。」
口をポカーンとさせたまま、フォークで刺した目玉焼きの欠片をゆっくりと口に流し込んだ。目玉焼きは滑らかに喉をすり抜けていった。それから残っていたサラダを平らげ、できるだけ冷静さを装って皿を運び、洗い始めた。
推測するに、どうやら母にはあいつが見えていないしい。何事もなく、部屋に戻りたい、そんな切実な思いがひや汗とともに流れ落ちた。
もう一人の自分は、じっとこちらを見つめ、ガチャガチャと皿の音がするたび視線がゆらゆらと動いた。
いったい何者なのか、何をしに来たのか、聞きたいことはたくさんあったが、いま問いただせば母が不審がるだろう。今はもう一人の自分を睨みつけることしかできなかった。
皿の片づけを済ませると、部屋に戻って制服に着替え始めた。部屋に戻るときも、もう一人の自分はずっとついてきて、着替えるところをじっと眺めていた。
この視線や気配は覚えている。そう、「何か」にそっくりなのである。
しかし、今回は輪郭がはっきりとしている。「何か」という名前でまだ呼べるかはわからかった。
トイレと歯磨きをしている間に、状況を整理する。
今のところは無害な存在である。このまま登校しても問題なさそうか...?母が「何か」に気づかなかったのなら他の人にも見えないのではないか。
ならば「何か」を問題視しすぎることもないのではないか?今日一日「何か」をよく観察して何者なのか突き止める。まずはそこからだ。
用を足し、歯を磨き、部屋に戻るとまた、俺は驚愕した。
「何か」が自分のリュックサックを見つめていた。そんなことはどうでもよかった。
問題は別のところにある。
「何か」は自分と同じ高校の制服を着ていたのだ。制服の丈が同じなだけでない、よく見ると袖のよれ具合や襟についた小さな汚れまで、完璧に再現されていた。しかも、トイレと歯磨きのわずかな時間だけであれほど精度の高い制服のコピーを行い、パジャマから制服の着替えが行われていたのだ。
こいつはドッペルゲンガーか?そっくりという言葉で収まらいほど、似ていて、一言でいうのであれば、
とてつもなく気味が悪かった。
「何か」を気にせず身支度を済ませると、さっさと家を出た。




